ワイン価格2倍に上げた醸造所が見た驚きの結果

実験ありきでデータドリブンなカルチャーがこれだけ組織に浸透していると、リーダーシップのあり方も他の企業とは大きく異なります。ブッキング・ドットコムCEOのタンズは、こう話しています。

「CEOである私が誰かに、『この仕事をしてほしい。事業にプラスになるはずだから』と言ったとしたら、その人は文字どおり私を見て、『オーケー、わかりました。あなたの意見が正しいかどうか、テストして検証しましょう』と言うでしょう」

部下は上司の言うことを、そのまま聞くのではありません。部下は当然のように、上司の言うことが正しいかどうかを実験で検証すると答えます。実験の結果、上司の仮説が棄却されることもありますが、意見よりもデータが尊重される組織なので、それによって上司と部下の間に軋轢が生まれることもありません。

上司は知らないと認めることを恐れてはダメ

一般的な日本企業の管理職から見れば、「上司が部下に指示をしないで何をするのだ?」と思うかもしれません。しかしブッキング・ドットコムでは、「上司は知的な面で人間味を見せるべきで、『知らない』と認めることを恐れてはならない」とされています。リーダーに求められるのは正解を知っていることではなく、実験の結果が自分の意見と異なっていたとしても、それを尊重できる度量を備えていることです。

ハーバード大学の経済学助教から全米最大規模のカジノ運営企業ハラーズ・エンターテインメントのCOOに転身し、その後、同社のCEOを務めたゲイリー・ラブマンは、顧客分析の実験手法を経営に持ち込み、さまざまな課題についてランダム化比較実験による検証を行いました。この事例は、ハーバードビジネススクールのケース教材としても取り上げられています。

彼にとって、カジノほど実験がしやすい環境はありませんでした。膨大なデータが日々集まるからです。

オンラインではなく、実店舗で対面サービスを提供するビジネスで実験を行うのは、コストがかかって大変だろうと思うかもしれません。しかし、ラブマンはこう述べています。

「正直なところ、私が唯一驚いているのは、思っていたより簡単という点だ。学問の世界にいた頃は、取り組むべき充実したデータセットを見つけることが非常に難しかった。今はビジネスにおける事実上すべてのことを測定しているが、それが本当に容易に行なえるので、衝撃を受けているくらいだ。やらない人が多いことをいささか不思議に思っているよ」(アンドリュー・リー『RCT大全』より)

その言葉通り、彼は多数の実験を行っています。

日本企業でも、料金を割引したり、無料のクーポン券を配ったりといった施策を試すことがよくあります。しかし、ハラーズとの大きな違いは、比較対照するコントロール群を作っていないことです。

よって、客数が増えたとしても、それが本当に割引やクーポン券の効果なのかがわかりません。「たまたま夏休みに入った時期だったから客数が増えただけだった」といった可能性もあるでしょう。

大企業以外でもフィールド実験はできる

フィールド実験は大企業だけのものではありませんし、たくさんの店舗を持っていないとできないものでもありません。『その問題、経済学で解決できます。』に、著者の1人である行動経済学者のウリ・グニーズィーと共同研究者のアイェレット・グニーズィーが、2009年にカリフォルニア州のワイン醸造所の経営者に招かれて行ったフィールド実験の例が掲載されているので、紹介しましょう。

その経営者は、「ほかの醸造所の同じようなワインの値段を見たり、直感に頼ったり、去年の値段をもとにしたり、といったやり方」でワインの値段を決めていましたが、より大きな利益を得るために、ウリとアイェレットに値付けをしてもらうことにしたのです。