実際のビジネスの現場ではしばしば「当初の目的を見失って、ITの導入そのものが目的になってしまう」という「手段の目的化」が起こりますが、これは「上位概念の喪失」という典型的な思考停止の状態であることが理解できるでしょう。
「上位概念で考えること」の次の例は、「なぜ?」という問いかけです。「なぜを5回繰り返せ」とか「そもそもの理由(=なぜ)を問うてみる」は、ビジネスの課題の本質を探り出す上でよく語られることです。
汎用的なフレームワークに「5W1H」があります。英語における疑問詞にはWhy、What、Where、When、Who、Howがありますが、この中で「なぜ」(Why)という言葉は、考えるということに対して非常に重要かつ特別な意味を持っています。
それでは「なぜ」他の疑問詞と比べて「なぜ」だけがとりわけ重要なのでしょうか? 「考える」という行為に不可欠な、「なぜ」という言葉について考えてみたいと思います。
先ほど、手段と目的との関係について話をしました。これは情報システムにしろ何にしろ、日常業務における「手段」というのは、上位の目的を考えると(さらによい)別の手段が出てくる可能性があるというのがポイントでした。
この「手段と目的との関係」もまさに「なぜ」という関係になります。なぜという言葉についてあらためて考えてみると、この言葉は「理由」を表現する疑問詞そのものです。
他の「何」「どこ」「いつ」「誰」というのは「なぜ」のような(関係性という)「線」ではなく「点」を表現するものです。
製造現場で「なぜを5回繰り返すと本質に迫れる」ということが言われますが、「なぜ」は「関係性」なので、例えば1つ先の原因→2つ先の原因→……と、1つずつ根本的な原因にさかのぼっていけるということを意味します。ほかの「どこ」「いつ」「誰」などは「関係」ではないので、何度も繰り返すことに意味がありません。つまり「なぜ」ほどの「奥の深さ」がないのです。
以上が「なぜ」という言葉の特別なポイントです。それによって本質に迫ることができるということで、真の目的あるいは原因にたどり着けるのは「なぜ」の力によるものです。
「なぜの特殊性」はもう1つあります。それは「土俵を変える」ことができるという点です。1つの手段を考えたときに、それは与えられた条件と考えて、その中でそれをいかに「うまくやろうか」と考えるのが1つの方向性です。
これに対して、目的つまり「なぜ」を考えると、そもそも別のやり方でもいいじゃないかということまで思考が広がり、やろうとしている手段そのものを別の形に変えてしまおうという発想にまで飛んでいきます。
つまり、「そもそも与えられた問題をもっとよい問題に変えてから最適化する」のが「Why」だということです。
上位概念と下位概念との往復の事例の典型的な例が、ここで述べる具体と抽象との往復です。
ビジネスの現場では、「抽象的でわからない」とか「話が抽象的で実現できる気がしない」といった表現で、「抽象」という言葉は否定的な文脈で使われることが多いと思います。
ところが思考力全般で考えたときに、抽象という概念は不可欠な考え方です。
あらためて具体と抽象というのは何かについて考えてみます。具体というのは直接目に見える個別のものや事象であり、なんらかの実体と直接つながっています。
したがって、思考力の最終的なアウトプットである「結論」あるいは「メッセージ」というのは、具体性がないと意味がありません。単に「職場をよくしましょう」とか「よい商品を出しましょう」という言葉で終わってしまうことがありますが、これでは「抽象的すぎて」次のアクションにつながっていきません。