これはなぜなのか。フジテレビが特に激しく視聴率を落としたのかというとそうでもない。この4年間でどの局も視聴率を下げたが、下がり方はさほど変わらない。
私はこれは、戦略を明確に打ち出せたかどうかによると考えている。
TBSは、2021年に大きなリブランディングを行った。これはロゴを変えるレベルではない。今後自分たちがどう進むべきかを真剣に議論した結果を凝縮した本当の意味でのブランディングだ。「最高の“時”で、明日の世界をつくる。」というブランドステートメントを掲げ、VISION2030では「放送の枠を超えコンテンツを無限に拡げよう」と宣言した。
ブランディングを言葉に集約し、社員のレイヤーごとに伝えていく作業も行ったらしい。経営上層部から末端社員まで「どう変わるか」を意識づけしたのだ。番組作りから営業姿勢まで新しくなった結果が、放送収入ダウンを最低限に押しとどめたのではないか。
他の局も戦略を言葉にしている。
日本テレビは以前から戦略を社員が共有してきた。直近の経営計画では「テレビを超えろ、ボーダーを超えろ。」という勇ましいスローガンを掲げている。戦術レベルでは「OFFからONへ、ONからFANへ、FANからBUZZへ」を打ち出した。目指すものが明解だ。
テレビ東京も昨年「全配信」を宣言し、どの番組もネットでさらに活用し価値を広げると言い始めた。今年はさらに「放送・配信・アニメのトライブリッド戦略」を掲げ、具体的な戦術を示した。その影響か、会社として勢いを感じる。
テレビ朝日は2017年に「テレビ朝日360°」を掲げ、BS・CSにネットとリアルな場を含めた全方位メディアを指針として示した。ただ、それから5年経ちこの言葉も鮮度が落ちている。新しい言葉が必要なタイミングに思える。
さて問題のフジテレビだ。この局だけ「言葉」を持っていない。そもそも、HD体制の上場企業なのに中期経営計画を示していないのが驚きだ。はっきり言うが、フジテレビだけ「経営」が見えてこない。これまでの放送業界はうまくいっていたし、横並びでやってきたので多少の順位差はあっても「経営」は必要なかったかもしれない。
だがどう見てもゆくゆくテレビのメディアパワーを失なうのが目に見えているのに、フジテレビだけ今後どうするかの議論が行われた形跡がない。視聴率でヒットを飛ばせばいいとしか考えてないように見える。'80年代のやり方しか知らない限られた人々の間でトップが次々交替し、誰も責任を問われない。それで済んでいるのは、フジテレビは事実上ガバナンスが効いておらず上皇様のような人物がいまだに権力を保っているからだ。放送業界ではNHKのガバナンスが問題にされがちだが、民放のガバナンスのほうこそ大問題だと思う。
これはローカル局も同じで、キー局と新聞社や地元資本の間で株を持ち合いでやってきて、経営をわかっていない経営者が多い。みなさんどうするのだろうと心配になる。
そんなフジテレビだが、ドラマ「silent」がネットで話題になり、記録を破る配信視聴を獲得している。これは、放送業界全体にとっての大きな光明だ。配信に大きく舵を切るべきだと、たった1つのコンテンツが示してくれた。こういうヒットを出すのは、フジテレビの潜在力の高さの証明だ。
これをスタート地点にどう動くのか、注目したい。ただ、うかうかしていると「silent」に学んだ他局が自分たちなりの動きをするだけかもしれない。フジテレビも真剣な議論の末に自分たちの「言葉」を見つけてもらいたいものだ。
実際、この決算から配信による広告収入を資料に入れて示す局が多い。テレビCMに並ぶような存在に育てていく覚悟がようやく示された感がある。その数字をどう伸ばすか、個別の努力と力を合わせての努力が必要だ。フジテレビも「これからは配信だ!」とはっきり言葉で宣言するときだと思う。
最後に書き添えると、こういう記事には「そらみたことか、テレビはオワコンでネットに代わられるのだ」の類いの意見が出やすい。それは今や違う。TwitterやFacebookも大量の人切りを行ったようにGAFAと呼ばれる巨大ITも大きく揺れている。Netflixが広告付きプランを始めたのも私が思うに苦肉の策。黒船がテレビ局を崩壊させるどころか、新旧メディアが一斉にガタついているのだ。テレビ局は今後身をすり減らしながらも配信に軸足を置いたパラダイムシフトを図るだろうし、それができなければ消えゆくのみだ。その行先を、見守っていきたい。