ちなみに、このときから数年後、私は米国トヨタで勤務する機会があったのですが、現地で垣間見た仕事のひとつに「T3」と呼ばれるものがありました。これは、「Train The Trainer」の略で、意味は「トレーナーを養成するトレーニング機会」。要するに、「教え、教えられる」の海外版も存在するということです。
加えてもう1つ、こうした地理的・空間的な広がりだけではなく、時間的な観点での補足もさせてください。「教え、教えられる」文化という言い回しだと、「経験豊富な先輩社員が、次代を担う若手に知識や技能を伝承する」といった年功序列的な匂いが、とくに日本ではどうしても漂ってしまいます。
一方、変化の激しい現代においては、「年次が上=仕事のことは何でもわかっている」といった図式は、必ずしも成立しません。年次や肩書き、所属や会社に関係なく、私たちは生涯学び続けていかなければならない。こうした時代の変化を踏まえ、現在のトヨタでは「自ら学び、教える」に人材育成の方針を転換しています。
TBPの8つのSTEPの研修講師が先輩社員に代わってからは、具体的な事例を使ったケーススタディ方式で進行していきました。
ここでユニークだったのが、最終的なケースのまとめを、A3サイズの「紙1枚」にまとめて提出する課題です。具体的なイメージとして、拙著『説明0秒! 一発OK! 驚異の「紙1枚!」プレゼン』(日本実業出版社)に掲載した図版をここに引用しましょう。
図版の下半分が、問題解決をテーマにしたA3資料です。各項目は左上から順番に、「問題の明確化」「現状把握」「目標の設定」「真因分析」「対策立案」「実施結果」「今後に向けて」となっています。
資料なのでより端的な表現になっていますが、これは「STEP6:実行」以外の7項目が、1枚のビジネス文書に反映されているのだと理解してください。
ただ、実際にはこの項目以外にも、たとえば「背景」といった要素が「問題の明確化」の前に登場したり、「今後に向けて」と書かれた7つ目の項目が削除されたり、1つ前の「実施結果」と合わせて1項目になったりもします。実態としてはさまざまなバリエーションが存在しますので、この例が絶対不変のテンプレートというわけではありません。
問題解決を目的としたA3資料に関しては、『トヨタ式A3プロセスで仕事改革』(ジョン・シュック 著/成沢俊子 訳/日刊工業新聞社)といった参考文献もありますので、詳しく学びたい方は拙著も組み合わせながら、さらに認識を深めていってください。
今でこそ「紙1枚」を自分の代名詞として仕事をしていますが、当時の私の正直な印象としては、「これが有名な“トヨタのA3”か!」と感激はしつつも、「A3サイズの資料なんて学生時代は一度も見たことがなかったし、つくるのも大変だから、これは研修レポートのときしか使わない代物なんだろうな」と感じていました。
ところが、研修後に配属先で実際に働いてみると、その認識は一変しました。
実際、日常的な資料はさきほどの図版の上部にあるようなA4サイズが大半でしたし、研修で習ったTBPの8STEPに沿ったフォーマットをそのまま使っている人は、実際ほとんどいませんでした。一方で、情報量が多いテーマについては、A4ではなくA3サイズの資料もたしかに存在していたのです。
たとえば、部の年度方針をグループごとに一覧でまとめたA3資料。あるいは、グループ員のスケジュールを2カ月分記載した業務スケジュール。さらには、部署の予算消化の状況をまとめた月次の管理表、等々。
他にも、多くの部署が関わるような大規模プロジェクトの企画書なども、A3で作成されているケースが多々ありました。
いずれのサイズにせよ、あるいはどんな規模の業務にせよ、その共通点は「紙1枚」による可視化にあります。口頭ではなく、「見せて伝える」を根っことした視覚的なコミュニケーションスタイルが、たしかに文化として根づいていたのです。
トヨタには「カイゼン」と並んで有名な用語として「視える化」というキーワードがあります(これで「みえるか」と読みます)。
オフィスワーカーにとっての「視える化」とは、「紙1枚」資料を日々ビジュアル・エイドとして作成し、コミュニケーションを視覚化することだったのです。