混沌の漫画市場に、秩序はもたらされるか。
小学館と集英社、KADOKAWAの出版大手3社は7月28日、出版コンテンツの海賊版サイト「漫画村」の運営者に対し約19.3億円の賠償を求め、東京地方裁判所に提訴した。
漫画村は2016年に開設され、漫画を中心に7万巻超の出版コンテンツを違法に掲載。閉鎖された2018年4月までの1年弱だけで、アクセス数が5億回を上回る、当時最大の海賊版サイトだった。
閲覧回数に応じて広告収入を得る無料サイトとして、2017年11月には月間で6000万円強を売り上げたとの推計もある。2019年にはサイト関係者の4人が、次々と著作権法違反などで逮捕された。サイト運営者は2021年に福岡地裁で有罪判決が確定した。
ただ、今回提訴した3社は刑事責任のみならず、自社コンテンツが「タダ読み」された損害を民事でも追及することで、海賊版の抑止を図る構えだ。
損害賠償額は漫画村のアクセス数から推計した1巻当たりの平均閲覧数と販売価額をかけ合わせて算出。最も請求額が大きいのは『YAWARA!』など7作品が掲載された小学館で約10億円。集英社は『ONE PIECE』など2作品で約4.8億円、KADOKAWAは『ケロロ軍曹』など8作品で約4.5億円を請求する。
3社は「(漫画家から)作品を預かっている出版社にとって、漫画村運営者の民事的責任を明らかにすることは、現実的な回収可能性をおいても避けることのできない責務」とコメントした。
漫画村は、アクセスのほとんどが日本からだったが、「日本と国交がなく、著作権が保護されていない国で運営しているため、違法ではない」と主張。連絡窓口も設けられていなかったことから、権利者が削除要請をできないまま、タダ読みされた被害額が3200億円に上ったとされている。
2018年に入り、国会で海賊版についての議論が加速。政府から海賊版サイトに対する緊急対策案が発表され、悪質サイトの閲覧防止措置も検討された結果、漫画村は閉鎖に追い込まれた。
出版科学研究所によると、2021年の漫画市場は6759億円で過去最高を更新。正規ルートの電子コミックが社会に定着し、活況を呈している。しかし、海賊版による被害額は1兆0019億円と、正規市場をはるかに上回る規模に膨張した。
背景には巣ごもり需要だけでなく、漫画村が残した影響が透ける。まず、世界中の悪徳業者に「日本人向けに漫画の海賊版サイトを作れば、膨大なアクセスを集められる」と知らしめることとなった点だ。
海賊版対策を取りまとめる業界団体・ABJの伊東敦氏は「漫画村の運営者は日本に住んでいたが、現在はほとんどのサイト運営者が海外在住」と危機感を募らせる。
ユーザーにとって敷居の低いモデルを生み出した点も大きい。漫画村以前の海賊版サイトは、コンテンツをダウンロードする形式が主流だった。一方、漫画村はよりスマートフォンで利用しやすいストリーミング形式を採用。この「漫画村モデル」が普及することで、ユーザーの裾野は急拡大。「漫画村は海賊版サイトの終焉ではなく、跋扈(ばっこ)の始まりだった」(伊東氏)。
現場の出版関係者も、悲痛な訴えを上げる。「海賊版によって著者の利益が失われ、『漫画家って儲からないよね』と志望者が減ってしまえば、大ヒット漫画の芽を摘むことになる。将来、損をするのは読者だ」(漫画雑誌の元編集長)。