私は大勢の中で目立つには、相手の心理を先読みしながらどうしたらどんな気持ちになり、どういう行動につながるかを推測し、そのうえで自分にスポットライトが当たるように仕掛けをしていくことが大切だと思っています。誰もが考えつくような方法では、せっかく相手の心理を読めたとしてもその他大勢からは抜け出すことはできません。人がやらないことをするから相手の印象に残るのです。とはいえ、起業当初は余分な資金がないので、お金がかかる仕掛けは打ち出せません。
では、どうすればお金をかけずに目立ち、相手の心を動かせるのでしょうか。
私がケインをすごいと思ったのは、そのしたたかさでした。
例えば、どこのマッチメーカーも、ケインが手紙に同封した切手を使わず、マッチ箱と一緒に返送してきました。つまりケインのマーケティング費用は、最初の手紙の郵送代だけ。ケインは最初から「小さな子どもが少ないお小遣いから買った返信用切手を大人は使わない」と読んでいました。
10歳の子どもながら、大人はこう考えるだろうと心情を先読みすることで、必要最低限の費用で大規模マーケティングをやってのけたのです。手紙の宛先を、明らかに子どもが書いたとわかるように拙い字にしたのもおそらくケインの狙い、いわばマーケティング的な仕掛けだったと思います。企業には毎日たくさんの郵便物が届きますが、差出人が子どもというケースはごく少ないので、それだけでとても目立ったと思います。
大きな企業になれば、社長が自分宛の郵便物を全部チェックすることはありません。秘書がまず開封し、社長に見せるか見せないかを判断し、仕分けします。そのときに明らかに子どもが書いたかわいらしい文字ならパッと目につくでしょうし、無下に廃棄したりはしないでしょう。そこまでケインは読んでいたのです。
このようにたった1通の手紙でも、相手に深く印象付けることができます。
では、こうしたマーケティングを現代に応用すると、具体的にどんな方法が考えられるでしょうか。私が実際に試したことがあり、効果的だった方法を紹介します。
あなたは自分宛に届いたダイレクトメール(DM)をどれくらい開封していますか。もしかしたら、大部分を読まずにゴミ箱に直行させていませんか。
マーケティングの世界には「センミツ」という用語があります。漢字で書くと千三つ。1000人にDMを出すと、およそ3件の反響があることを示しています。一般的に、DMのレスポンス率はおよそこれくらいだといわれています。
起業当初は「知名度を上げる」と言ってもテレビCMには資金力がなく手を出せません。おそらく多くの起業家がまず思い浮かべるのがDMでしょう。コストゼロとまではいきませんが、うまく1000分の3に選ばれれば、かなり費用対効果の高い宣伝手段となります。
ではどうすればいいのでしょうか。
当時、私が手掛けていたサービスのターゲットは年配の経営者でした。社長に山のようにたくさんのDMが届くのはケインの時代から変わりません。たくさんある郵便物の中からどう際立たせるか。そこで私が考えたのは、切手と消印にこだわることでした。
切手は、当社が扱っていたサービスのメインターゲットである年配の社長に好まれそうな、石原裕次郎さんの記念切手が定番でした。ケインほどではありませんが、なかなかしたたかだと思いませんか(笑)。この切手は大ぶりなのも良かった。封書に貼ったときに目立ちますから。送る相手の年齢や趣味嗜好に合わせたものを選ぶのがポイントです。
消印は、東京・渋谷の渋谷郵便局で「風景印」を押してもらっていました。通常、ハガキや封筒の切手の下に消印が押されますよね。その消印に「風景印」という特別なものがあるのです。各郵便局にゆかりのある風景や名所が描かれていて、渋谷郵便局の場合は当時忠犬ハチ公の像、神宮橋などの絵柄でした。「風景印」は朱色のスタンプで押してくれ、かつ大きくて目立つことがポイントでした。