これは組織のマネジメントに限らず、会話においても同じく大切です。受容とは、相手が何を言っても受け止めて、自分の価値観や考え方とは関係なく、丸ごと認めて理解すること。そうすることで発言の心理的ハードルを下げ、会話の心理的安全性を高めることが、聞く技術なのです。
ここで1つ、すぐに使える便利な聞き方を紹介しましょう。
それは、「そうだよね」「そうですよね」「そっか」といった一言を返すこと。これは受容・共感・自己一致でいうと、受容を示す便利なフレーズです。
例えば上司と部下の面談で、部下が「どうしても自分で仕事を抱えるクセがあって……。よくないとわかっているんですが」などと告白したら、まず一言めは「そうだよね」と返します。「どこに原因があるのかな」とか「自分だったらこうする」などと話したくなるかもしれませんが、その前に「そうだよね」と受容する。これだけで相手の心理的なハードルはずいぶん下がります。
雑談の場面で、例えば同僚から「あのクライアント、あまり好きじゃないんだよね」といったネガティブな反応があっても、まずは「そっか」と一言入れる。「なんで?」と深掘りしたり、「そういうのは仕事ではよくないよ」と意見したり、「こういうところが嫌だよね」と話を合わせたりしたくなるかもしれません。でも、まずは受容です。
何を言おうかとあれこれ考えるまでもなく「そうか」でいいのです。
私もカウンセリングの技術を身につけるまでは、教えたり、意見したり、反論したりしてしまうタイプでした。まっさらな状態で素直に聞くということは、意識しないとなかなかできないことなのです。
しかし、誰が相手でも、どんな話でも、まず「そうだね」と受容するようになったら、相手がさらによどみなく話してくれるし、言い合いになることもないし、本音が出てきて関係が深まることも多々ありました。
「そうですよね」「そうか」は、「なるほど」とも「そうなんですか?」とも違います。自分の解釈も感情も一切挟まない、素直に聞ける便利なフレーズです。
不思議なもので、実際に使ってみると会話がスムーズになるだけでなく、相手に対するいらだちや不満や疑問も薄らいでいって、自分の気持ちもらくになります。相手の印象も変わっていきます。
フラットに、素直に聞く。これが聞く技術の本質です。
受容・共感・自己一致。
これはアメリカの心理学者カール・ロジャーズが提唱した傾聴の3原則に基づいています。カウンセリングでは相手の心を開き、信頼関係を築くために不可欠なプロセスです。
難しそうに感じたかもしれません。でも安心してください。巧みな話術を身につけるより、少し聞き方を変えるほうが、はるかに効果があります。
聞く努力は、いつでも、誰にでもできます。
会話を盛り上げるのが得意ではなかったり、話術に自信がなかったりしても大丈夫。
面白い話のネタがあるとか、冗談がうまいとか、気の利いた返しができるといったことは、それほど重要ではありません。
豊富な知識や経験、うんちくは聞き手にとってかえって邪魔なくらいです。
他人の話を聞いたり、あるいは読んだりしているとき、頭には言いたいことや自分の考えがどんどんわいてきます。あなたの頭の中が言いたいことでいっぱいだとしたら、受容・共感・自己一致で聞く力が何倍にも大きくなるでしょう。
アメリカの経営コンサルタント、スティーブン・R・コヴィー氏は世界的ベストセラー『7つの習慣』の中でこう語っています。
「人が話をしているとき、ほとんどの人は、理解しようと聞いているのではなく、答えようとして聞いている」
話をうまく聞けない人は、たいてい頑張って話しすぎています。