ティム・クックが語ったジョブズから誘われた日

ルーベンシュタイン:友人たちは、考え直すべきだと言いませんでしたか?

クック:頭がおかしいと思われました。たいていの人はこう考えます。『世界でもナンバーワンのパーソナルコンピュータメーカーにいるのに、なぜやめようとするんだ? 将来は約束されたようなものなのに』と。きちんと腰を落ち着けて、エンジニアリング解析のようにこれはプラス、これはマイナスと判断したうえでの結論ではないわけですからね。そうした分析が導き出す答えは、たいてい『現状維持』です。ところが私の頭のなかで鳴り響いていたのはこんな言葉でした。『西を目指すんだ、ティム。君はまだ若い、西を目指せ』とね。

ルーベンシュタイン:あとから考えれば、それこそあなたがプロフェッショナルとして自らの人生に下したベストの判断でした。少なくとも私はそう思います。

クック:おそらく人生におけるベストの判断だったのでしょう。そこに『プロフェッショナル』という言葉を付け加えるべきかどうか、確信はありませんが。

うまくいかないなら、会社でなく自分に問題がある

ルーベンシュタイン:アップルに入り、スティーブと働き始めるわけですが、思ったよりやりやすったですか? やりにくかったですか? それとも想像していたより困難だけれど、やりがいのある仕事だったでしょうか?

クック:ひと言で言うなら、自由がありました。何か大きな構想があれば、それをスティーブに話すことができます。もし彼がそれに共感すれば、『オーケー』と口にします。あとは自分で取り組めば良いのです。企業のシステムを麻痺させてしまう組織の階層や官僚的体質、あるいは必ずしなければならなかった事前調査などにどっぷりつかっていた私には、企業がこんな形で成り立つなんて信じられませんでした。アップルはその点、まったく異なった会社です。もし自分がその構想に対してうまく事が運べなければ、近くの鏡をのぞき込めば良いんです。うまくいかないのは会社のせいではありません。その鏡に映っている人物に問題があるんです。

ルーベンシュタイン:スティーブの健康状態は、これ以上CEOは続けられないほど悪化していました。彼が取締役会にそう告げると、2011年8月には、あなたがCEOに着任すると発表されましたね。あなたがCEOになったとき、スティーブは『私がやりたいと思っていたのはこういうことで、この目標を達成してほしい』と言ってくるだろうと思っていましたか? あるいは自分が何をすべきか、自分なりの見解を持っていましたか? このふたつのバランスをどう取りましたか? 何しろあなたは、伝説的人物の後を引き継いでいたわけですからね。

クック:物事はそんなふうに、ひとつひとつ順序だててやって来るわけではありません。アップルはとてもオープンな会社です。相手の意見に反対だったとしても、誰もが途中で遮らず、最後まで話を聞こうとします。たとえスティーブが腹の内に抱えていた秘密の考えがあったとしても、私は気にしませんでした。彼はいつも自分の考えは包み隠さず話してくれましたから。そのときの私には、彼が会長に収まり、永遠に会社を担ってくれるのだと思い込んでいました。私たちの関係は変わらずに続いていくのだと。しかし残念ながら、そうはいきませんでした。

iPhoneは世界を一変させるほどの力が備わっていた

ルーベンシュタイン:あなたがたは、人類の歴史のなかで最も成功した消費者製品をお持ちです。すなわちiPhoneですね。

クック:iPhoneは非常によく考え抜かれた奥深い製品で、世界を一変させるほどの力が備わっているという実感がありました。当時、スティーブが行ったプレゼンテーションをもう一度見てもらえば、製品は言うまでもなく、その説明の仕方にも、彼がiPhoneに注ぎ込んだ大いなる情熱が実感できるでしょう。私には、まるで昨日のことのように思い出されます。