このような状況で、大企業のマネジャーを招き入れるのはリスクが高い。なぜか?
「実力がない」からである。
IT企業大手のマネジャー(48歳)が、中堅商社へ転職した例を紹介しよう。このベテランマネジャーも、前職では実績十分であった。にもかかわらず、転職先では、まったく力を発揮できていない。
「いまだに現場ではエクセルを使って計数管理をしている。こんな古いやり方では、とてもマネジメントできない」
とぼやいていた。
社長が予算を確保し、来年にはシステムを導入すると約束したが、その前にこのマネジャーは他社へ移っていった。
「救いようがないな、わが社は……」
大企業からやってきたマネジャーから「お手上げ」と言われると、よほどこたえるのか。希望を失ってしまう社長も多い。
「大企業の敏腕マネジャーを雇っても変わらないなら、うちの組織はもうダメだ」
とこぼす。しかし、私はまったく違う意見だ。
このIT企業大手からやってきたマネジャーと私は話したことがある。その際、「この会社のKSFは何だと思いますか?」と私は質問した。
KSFとはKey Success Factorの略で、日本語では「重要成功要因」と呼ぶ。つまりマネジメントするうえで、最も重要なファクターは何だ? という問いかけをしたのだ。「KPIマネジメント」するうえで基本的な考えなのだが、このマネジャーはあろうことか、
「それは私が考えることですか?」
と突っかかってきた。マネジメントするうえで、KGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)、KSF(Key Success Factor)、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)は、料理人にとっての『レシピ』のようなもの。それが「わからない」というのであれば、もはやプロとは呼べないではないか。
前述したとおり、大企業ではデジタルシフトが進み、最終目標であるKGIさえ入れれば、勝手にKSFやKPIを生成してくれるのだろう。まるで最適なレシピを考案してくれるAIシステムのように。
しかし便利なものを使い続けると、副作用もある。AIが最適なレシピを考案し、システムの言う通りに食材を仕入れて調理、誰もが同等の料理ができあがるようになれば、レシピを創作できない料理人も増えるだろう。
このように、優れた仕組みに恵まれると、以前のような能力開発がされなくなる。それほど能力が高くなくとも、実績を作ることができるようになったからだ。ただ、組織にとってはよくても、このせいで本人の市場価値は上がるどころか下がっていく。
「実力とは、実績と能力を掛け合わせたものです。だから、マネジメントの実績はあっても、マネジメントの能力がないのなら、実力がないと言っても過言ではないです」
私が言うと、社長の表情は明るくなった。
「ビッグデータを取り扱っているわけでもないのに、データ分析など必要ありません。マネジメントなら、エクセルだけで十分にできます」
前述した拙著『新時代の営業「変わること」「変わらないこと」を1冊にまとめてみた』の「変わらないことランキング」7位には、『マネジメントの基本』が入った。
どんなにテクノロジーが進化したとしても、マネジメントの基本がわかっていなければ成果を出すことなどできない。
プロ野球の監督として語り継がれる名将は、広岡達朗、野村克也、星野仙一など、当時は弱小だった球団をリーグ優勝、日本一に導いた方たちだ。
恵まれた環境でなら結果を出せるが、そうでないならムリ――という方は、それだけ実力がないのである。