ウィル・スミス問題「脱毛症」当事者はどう見たか

脱毛症の当事者ヨガインストラクターの諸星美穂さん(写真:本人提供)

3月27日に行われたアメリカ・アカデミー賞授賞式で、俳優のウィル・スミスが、コメディアンのクリス・ロックの顔を平手打ちした。脱毛症であることを公表していたスミスの妻、ジェイダの髪型を“ジョーク”にしたことが原因だったという。

身体の特徴をジョークにする・しないに注目や議論が集まるが、そもそも私たちは脱毛症や、脱毛症を患う当事者のことをあまり知らないのではないだろうか。

脱毛症の症状は特に女性にとって、身体的なダメージはもちろん、心理的な揺れや機微が多いと当事者の人たちは口を揃えて言う。

今回は脱毛症当事者の一人、ヨガインストラクターの諸星美穂さん(41歳)と、さまざまな理由で髪に症状を持つ当事者と家族のためのコミュニティ「Alopecia Style Project Japan(ASPJ)」の代表理事である土屋光子さん(41歳)に、当事者としての気持ちや行動の変化、「生きやすさや自分らしさ」を手にして前に進むまでの道のりについて話を伺った。

ある日突然髪が抜け始めた「恐怖」

美穂さんはヨガインストラクターとして講師を務めながら、自身のインスタグラムではありのままの頭の姿を公開、発信している。その姿はまるで夜明けの太陽のようにエネルギーに満ちていて、凛とした美しさを感じる。

しかし、一見ポジティブな美穂さんも、はじめから自分を受け入れていたわけではなかった。

ヨガのポーズをする美穂さん(写真:本人提供)

彼女が脱毛症を発症したのは17歳のとき。所属していたハンドボール部の練習が厳しく、ストレスに感じていたことがきっかけだった。

「格闘技のようにぶつかり合い、相手を押しのけ合うディフェンスはとてもハードで、私の性格に向いてなかった。でも、部活をやめたら学校に居づらくなるんじゃないかと勝手に思い込んでいたんですね。自分の心に嘘をついて続けていたら髪が抜け始めちゃって……」

結局、卒業まで続けた部活を引退したら、抜けた髪はすぐに生えてきたが、社会に出てストレスがたまる状況になると、再び脱毛を繰り返すように。

抜けては生えてを繰り返していくうち、どんどん治りにくくなり、20代後半には髪の毛がまったくない状態となった。

「髪が抜けたり戻ったりを繰り返して治療しているときは、もう悲劇のヒロイン状態ですよね。年代的にもいちばん他人の目が気になってセンシティブな時期ですし、やっぱり“あるものがなくなっていく”という変化は恐怖です。誰でもこの状態を受け入れるのには、相当時間がかかるんじゃないかと思います」

美穂さんは、脱毛を繰り返している間、いつもウィッグと帽子をかぶっていたそうだ。前から美穂さんと知り合いだった筆者が彼女に会う際は、確かにいつも帽子をかぶっていた。しかし自然な姿ゆえ、脱毛症当事者とは一切気付いていなかったのが、正直なところだ。

「“髪がない“ことを周りに隠しもしないけど、あえて言うこともなかった。言ったらその人をびっくりさせたり、迷惑かけるような気がしていたんです」

ウィッグをつけた状態の美穂さん(写真:本人提供)

人は本来、さまざまな姿や形や特徴などがあって当然のこと。でも、同じような姿形であることが当たり前のように思えて、少し違うと無意識に反応してしまう。人間は見たことがないものや、未知なるものに対して防衛本能が働くそうで、「“驚く”というのは人間の反応として当然なこと」と、ASPJ代表理事の土屋さんは話す。

美穂さんは言う。

「隠さずにいようとウィッグを外したら、とても驚かれたことがあって。『どう対処していいかわからない』って、言われました。私が気にしなくても、それを見た人が受け入れられないパターンってあるんだなって学びましたね。そこからはあえてウィッグを外さず、ずっとひた隠して過ごしていたんです」