小説「ペスト」、感染症で人が狂う姿が今と似る訳

今も昔も人間の本質的な部分は変わっていません(写真:Ryuji/PIXTA)
作家・高橋源一郎さんと文芸評論家・斎藤美奈子さん。“本読みのプロ”2人の対話を通じて、平成から令和まで約30年の間に刊行された「文学」から「社会」の姿が浮かび上がる。
2011年から2021年までに行った2人の対談をまとめた『この30年の小説、ぜんぶ 読んでしゃべって社会が見えた』を一部抜粋、再構成して3回連載で展開。
第2回となる今回は、2020年、新型コロナウイルス感染拡大の最初期に再注目され、またたく間にベストセラーとなった『ペスト』を紹介。70年以上も前にカミュが描いた感染症と人間のリアルな様は、目下のコロナ禍と見まがうような描写にあふれていると2人は語ります。
第1回:21歳で芥川賞「宇佐見りん」だから描ける独特世界(3月26日配信)

戦後30~40年で繁栄し、30年かけて衰退

[第2回]

カミュ『ペスト』(1947/新潮文庫他)

高橋 源一郎(以下、高橋):ぼくは今「ヒロヒト」という小説を連載しています。つまり昭和をテーマにしているんですが、通常の年表ではなく、自前の年表を作っていたら気がついたことがあります。昭和のほんとうの起点は大逆事件じゃないかって。明治天皇の暗殺を企てたという容疑で幸徳秋水をはじめとするアナキストが検挙され、後に処刑された大逆事件で、これが1910年。関東大震災が1923年、太平洋戦争の終戦が1945年、昭和天皇が亡くなったのが1989年。ざっと80年です。

斎藤 美奈子(以下、斎藤):おおよそ10年、30年ごとに何かが起こってる?

高橋:そう。1989年は昭和天皇崩御の年なんですが、ベルリンの壁が崩壊した東西対立解消の年でもあって、ルーマニアのチャウシェスク独裁政権が崩壊、それから天安門事件もあった。

斎藤:ひとつの時代が、あんな形で一斉に終わるなんて思ってもみませんでしたね。

高橋:そうですね。バブル経済が崩壊するのは1992年頃だから、日本はまだ景気がよかった。1989年12月の株価なんて3万8000円台ですからね。世の中が浮かれてた。当時の日記が残っているんですが、楽しそうなんですよ(笑)。

斎藤:バブル真っ只中。マハラジャ(ディスコの店名)の時代ですから。

高橋:そして、1989年を起点に現在までたどってみると、2001年にアメリカ同時多発テロ、2011年に東日本大震災、2020年に新型コロナウイルス禍。

斎藤:そっか、戦後の2周目が終わろうとしてるんだ。戦争が終わってだいたい30~40年かけて繁栄し、30年かけて衰退している。

高橋:折り返しかよ! ですね。

斎藤:司馬遼太郎史観は、明治維新から日露戦争までが上り坂、その後から下り坂になって太平洋戦争で自滅したっていう話ですよね。半藤一利さんの『昭和史』(2004/平凡社ライブラリー)も40年周期説で、近代のスタートから40年ごとに盛衰を繰り返しているというしね、柄谷行人さんはたしか歴史は60年周期で動くと言っていた。

高橋:サイードは、人間がほんとうに理解できるのは、自分の身体性から考えられることだけだと、言っています。例えば、人間の作るものに「はじまり」があって「終わり」があるのは、人間が生まれて死ぬからだと。もしかしたら偶然なのかもしれませんが、歴史に周期性があるのも、というか、そこに周期性を見いだしてしまうのも、自分の身体性から考えてしまうからなのかもしれない。それにしても、だいたい75年前後で大きな周期が終わるように見えるんですよね。

文学史的にはコロナ禍はすでに見慣れた風景

斎藤:一生と同じぐらいの時間ということね。