「ロシアを信じるな」ロシア通の日本人が断じる訳

ちなみにこれは、約束の金額以上を吹っかけてきたタクシー運転手とのトラブルについて書かれた部分から引用したものだ。それによると、中村氏が「約束が違う」と指摘しても、運転手は「なぜ、あなたは(かかる時間についてだけではなく)距離について言及しなかったのか。不満を口にするならば、乗車するまえに確認すべきであった」と逆に責めてきたのだそうだ。

そういった経験を通じ、中村氏は1つのことに気づいたという。

ロシア人となにか約束をするときには、その内容だけではなく、前提条件について徹底的に確認しておかねばならないということだ。
つまり前提条件によって、合意内容がどう変更されるのか、逆にいえば、あらゆる状況を想像して、条件を詰めておいてから承諾すべきだ。約束そのものよりも、約束が成立する条件がポイントなのである。
そうはいっても、ロシア人はなにかにつけて難癖をつけるかもしれない。「なんでもよいから、まずは適当に約束しておこう」、そしてそのあとに、隠し球のように状況(条件)の変化を言い立てて、自分に有利な結果に導くことを目論んでいるのであろう。(167ページより)

誤解しないでいただきたいのだが、本書はロシア人を非難するために書かれたものではない。先述したように中村氏にはロシア人の友人も多く、ロシア人ならではの「いいところ」も紹介されている。

だが、約束については話が別だということなのだろう。したがって、ロシア人とはなるべく約束をしないのが正しいつきあい方なのだそうだ。なぜなら相手を信頼しても、最終的に期待は裏切られ、悲惨な結末に落胆することになるから。つまり、なにも約束しないほうが、ロシア人とは楽しく過ごせるというわけである。

ロシアはなにが起こるかわからない国

ところで今回のウクライナ情勢について考えるとき、本書で紹介されている「ロシアの知人たちがわたしになんども諭してきた言葉」がどうしても引っかかってしまう。これも日常のトラブルについての記述とともに紹介されているものなのだが、いま報道されている現実と合致する部分がとても多いからだ。

「ロシアは、将来に何が起こるかを推測できない国です。信じられないようなことが突然起こったり、ときには人間の悪意で生活がゆがめられたりします。思いどおりにいかないことが多く、期待は簡単に裏切られてしまいます。だからあなたはずっと、そんなロシアに困惑していくことでしょう」(134ページより)

「ときには人間の悪意で生活がゆがめられたりします」という部分の「人間」を「プーチン」と置き換えると、残念ながら現在の状況そのままになってしまう。ロシア愛国主義を強く打ち出す近年のプーチン政権は、これからどのように進んでいこうとしているのか。

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そのことを考えるにあたり、もう1つ気になることがある。2015年2月に起こった、野党指導者ボリース・ネムツォーフ氏の殺害だ。

ネムツォーフ氏はソ連崩壊後のロシア改革を唱えるリーダーであり、エリツィン元大統領の政権下で副首相を務めた人物。人望も厚く、ポスト・エリツィンの指導者に名前があがるほどだったという。

2000年のプーチン政権発足以降は、言動がロシア保安当局からマークされるようになったため慎重に行動していたようだが、段階的に反プーチンの行動を拡大。2011年12月のロシア連邦下院選挙における票の水増しなどの不正を暴いたため、ロシア保安当局から追い込まれることになる。

かれはクリミア併合を強く非難し、さらに2015年2月には、親ロシア派勢力が牛耳るウクライナ東部にロシアは軍事支援していると声を荒らげた。
かれ自身、ロシア軍侵攻の秘密情報を入手したことをほのめかし、状況は一気に緊迫した。欧米派を自認し、プーチン氏と真っ向から対立するウクライナのポロシェーンコ大統領は、ロシアの干渉を強く非難しており、プーチン政権にとってネムツォーフ氏はウクライナ政権を支援する裏切り者となったのだ。(139ページより)