恨み・怒りは「持つだけ無駄」と言える納得の理由

「拡張─形成理論」という心理学の理論によれば、ポジティブな感情はよい影響をどんどん広げる性質がある。

ポジティブな気分が高まると、視野が広がり、新たな可能性に目を向けやすくなる。心が開放的になり、創造性が高まり、社会性が増す。

すると私たちの心身は成長し、知的にも肉体的にもより高いパフォーマンスが出せるようになる。「正のスパイラル」が生まれ、ものごとがうまくいく確率が高まる。

恩恵を受けるのは自分だけではない。

感謝の心は他者に向かい、周りの人たちの心を明るくする。心の重荷が軽くなり、新たな可能性が見えてくる。ポジティブなサイクルが、自分をも他人をも成長させるのだ。

一方、不平不満をため込むと、「負のスパイラル」が生まれる。

ものごとがうまくいくのではなく、どんどん困難になっていく。ネガティブな気分が高まると、視野が狭まり、新たなアイデアや他者に対して心を開くことができなくなる。心身が縮こまり、使えるリソースがどんどん少なくなる。

その結果、そもそも不満の原因だった状況を変える力さえなくなってしまう。そしてまた不満が増えていく。

このように、動きだしたら止まらない現象を、ジム・コリンズは、「弾み車の法則」と呼ぶ。

「一度回転がつくと、それ以上力を入れなくても、弾み車はどんどん速く回りだす」とコリンズは言う。「2回転、4回転、8回転。弾み車に勢いがつく。16回転、32回転。どんどん動きが速くなる。1000回転、1万回転、10万回転。そして、ブレイクスルーがやってくる。もう止められない速さで、弾み車は勝手に回りつづける」。

要するに、ポジティブな態度はどんどんポジティブな効果を生む。最初の勢いさえつけてしまえば、成果を出すのはどんどん簡単になり、やがてはエフォートレスになるのだ。

交通事故で家族を失ったある人の話

クリス・ウィリアムズは、人生の最優先事項を知っていた。家族だ。彼にとって家族とは、何ものにも代えがたい価値のあるものだった。

ところが2007年のある冬の日、悲劇が起こった。家族を乗せて車を運転していたときに、若者の運転する車が全速力で横から突っ込んできたのだ。ウィリアムズの妻と、お腹にいた赤ちゃんと、9歳の娘と、11歳の息子が亡くなった。

6歳の息子はかろうじて生き延びた。14歳の息子は、そのとき友人の家にいて事故には遭わなかったが、ショックでふさぎ込んでしまった。

そんなことがあったら、打ちのめされるのも無理はない。理不尽な出来事への怒りと悲しみに、普通は圧倒されるだろう。事故の加害者への恨みを何十年も抱きつづけたとしても仕方ない。ところが、ウィリアムズはそうしなかった。

事故の数分後、大破した車の中で、彼の意識は奇妙に明瞭だった。その瞬間、悲劇のど真ん中で、彼は2種類の未来をまざまざと想像した。

ひとつは、その瞬間に生まれた怒りと苦しみを背負いつづける未来だ。その未来を選べば、一生のあいだ、ネガティブな感情にさいなまれるだろう。苦しみは生き残った息子たちにも伝わり、心に癒えない傷を残すことだろう。

もうひとつは、そうした重荷から解き放たれた未来だ。生き残った息子たちの心身の傷が治ったとき、彼らに向き合い、そばにいてやれる父親になる未来だ。そこにあるのは後悔や恨みではなく、意味と目的に満ちた人生だ。

この道を選びとるのは簡単ではない。それでも、選びとる価値のある未来だと思えた。

その瞬間に、彼は許すことを決意した。

怒りや苦しみがなかったわけではない。だが、その苦しみに流されて、加害者への恨みを抱えつづけるべきではないと思った。

エネルギーを過去に向けるのではなく、未来のために、手放すことを選んだのだ。