実際に『アイドルマスター』のチームも、アイドルが大好き!という人ばかりではありません。でも、「かわいい女の子のイラストは好き」とか、「オーディションを題材にしたゲーム性が面白い」「アニメやイベントと連携したコンテンツの作り方に興味がある」など、メンバーそれぞれに、どこかしら「共感」できるポイントがある。みんな、自分の「好き」「面白い」を切り口にすることで、良いアイデアを提案しているのです。
まずは、自分が共感できるポイントを、1つでいいから見つけてみる。仕事の内容にどうしても興味が持てなければ、プロジェクトチームの雰囲気が好き、というのでもいい。入り口は何でもいいので、とにかく自分が「好き」と思えるものを探すことです。
共感の「フック」さえ見つかれば、「自分事化」できるはず。後は、それをどう自分の仕事に落とし込んで、アウトプットに生かしていくか、組み立てを考えればいいのです。
会社員である限り、自分が知らないもの、興味のない仕事を担当する機会は多々訪れます。と言うより、僕は30年間それしかやってきていません。それでも「自分事化」できたのは、「自分が楽しむ」ということを忘れなかったからではないかと思っています。
ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)に入社して最初に担当した仕事は、『エアーコンバット』というアーケードゲームのビジュアル制作(CGデザインを担当)でした。
これは戦闘機を操作するフライトシューティングゲームなのですが、元々戦闘機に興味はありませんでした。もっと言うと、ビジュアル制作に必要不可欠なCGについての知識もほぼゼロだった。
戦闘機のモデリングをするにあたり、写真集を片手に戦闘機の構造を知ることから始まり、同時にプログラミングの勉強もしなければいけませんでした(当時は今のようなCGソフトがなかったのです)。
ビジュアル担当は僕を入れて、なんと3人。たった3人で選択画面から戦闘機、UI(ユーザーインターフェースの略で、ゲームの遷移図のこと)、各リザルト画面に至るまで、すべてを作らなければいけなかった。
しかも、まだ高性能なパソコンがない時代です。若い方には想像がつかないかもしれませんが、今では1分もかからないゲームのコンバーター出力に6時間もかかっていたようなころの話です。
興味もないし、よくわからないうえに途方もなく時間がかかる作業。これはもう、本当に辞めようかなと思いました。
ここで僕を踏みとどまらせたのは、「楽しい」というシンプルな感情でした。ビジュアルは、ディレクターが作りたいと言ったものを100%以上の形で具現化する仕事。僕ができなければ、永遠にゲームは完成しないわけです。
周りに比べて圧倒的に自分の作業スピードが遅いことはわかっていたので、早く一人前にならなきゃと、寝る間も惜しんで技術の習得に打ち込みました。
当時は海外製の1台1000万円もするようなパソコン(CGデータを作成するソフトが入っていたため高価)を使っていたので、家に仕事を持ち帰ることはできなかった。また、会社に泊まることも許された時代だったので、週に3日くらいは会社に泊まり込んで作業をしていました。
不思議なもので、いったん集中し始めると時間が経つのはあっという間。CGは4つの点を結んで面にし、形を作っていくのですが、ちょっとずつ形ができていくのが面白い。粘土細工や工作のような楽しさがあるんですね。できることが増えるにつれ、どんどんのめり込んでいきました。
当時、YF-23というアメリカ空軍向けに試作されたステルス戦闘機を作っていたのですが、プログラマーがテストで動かしてくれたときは、自分が作ったものが「本当に動いてる!」と感動しました。
ドット絵の習得に3カ月、さらに3Dの習得に3カ月。不得意なことを半年もやり続けるのはかなりしんどいものがありましたが、ほかのプログラマーや先輩たちが優しく見守ってくれたこともあり、僕は途中で腐ることなく、なんとか一人前になることができました。
この最初の仕事から、僕のスタンスは変わっていません。どんなにわからない仕事でも、まずやってみる。自分が共感できるフックを見つけて、楽しみながら没頭する。要は、いかにポジティブに仕事を愛せるか。恋愛にたとえるなら、告白されてから相手を好きになる努力をする、ということかもしれません。
こうして楽しみながらのめり込む姿勢を持つことが、仕事においては大事だと思っています。
(構成・渡辺絵里奈)