ところが、運動しすぎて腰痛が出るパターンもあるんです。猫背だったり、反り腰だったり、腰に負担のかかる姿勢で歩くとかえってよくありません。
そう考えると、同じ人が複数の原因を抱えている可能性もあるわけです。例えば、午前中はテレワーク中の悪い姿勢からくる腰痛。午後は妻とケンカしたストレスによる腰痛、夕方はウォーキング中の反り腰による腰痛と、同じ人が1日3パターンの腰痛をきたしてもおかしくない。そもそも、これら全部を「腰痛」という1つの病気として扱うのも無理があります。治療も、ストレスからくる腰痛はこう、歩き方からくる腰痛はこうと、個別に見ていかないと始まりません。本当に腰痛は手強い相手なんです。
平井:リモートワークを切り口に考えても、悪い姿勢で腰痛がひどくなっている人もいれば、オフィス環境や通勤に伴うストレスがなくなって腰痛が改善している人もいるかもしれませんね。松平先生のお話をうかがって思うのは、企業のなかで腰痛対策をするときも、その人の腰痛がどんなタイプなのか見極めるところから始めないといけない、ということです。それをしないまま一律の腰痛対策を行っても、効果が出ない。きっと、働く人たちそれぞれが、自分の腰痛がどこに分類されるのか、自己診断できるようになるのが理想なのでしょう。
松平:そのとおりだと思います。ただ、それが難しいからこそ腰痛に悩む人が減らないともいえる。最近私は、ビッグデータやAIの活用で、誰でも簡単に腰痛のアセスメントができ、その人にあったテーラーメイドの治療に誘導してもらえるアプリができたらと構想しているところです。腰痛治療というと「腰痛のときはボールでマッサージするといい」「動かず安静にしていれば治る」といった、個別性のない短絡的な議論に終始しがちですが、それもアセスメントがないからなんです。「腰痛リテラシー」が高まっていかない。
平井:ここ数年、テクノロジーの活用もあって一気に人々の「睡眠リテラシー」が高まりましたよね。少なくとも私の知る限りでは、睡眠の悩みを持つ人が減っていると感じます。同じように、テクノロジーの活用で腰痛リテラシーを高められる可能性はあると思います。自分の腰痛タイプを見極めて、適切なセルフケアができるようになれば、腰痛を減らしていけるかもしれません。
松平:たしかに。ただ「今、ギックリ腰がつらい」といった、まさに目の前の悩みを抱えている人以外は、なかなか腰のケアに関心を持たないものです。
平井:人々の行動変容を促す方法として、例えば「恐怖訴求」があります。「〇〇しないとこんなにひどいことになるよ」といういわゆる脅しですね。アメリカには、アメリカ歯周病学会による「フロス・オア・ダイ(floss or die)」というキャンペーンによって日々のオーラルケアへの意識を高め、フロス利用者を増やした、という事例があります。
もっとも、恐怖訴求ばかりだと仕方なくの行動になったり気分が暗くなってしまうかもしれません。DeNAはどちらかというと、腰痛に関する新しい知見を提供し、好奇心を刺激するようなポジティブな働きかけを心がけています。例えば、腰痛を防ぐ「正しい姿勢」を伝えるために、「頭の重さは体重の約10%、5キロのボウリング球ぐらいある。だから背骨の上に頭をきちんと乗せないといけない」というポスターをつくったところ、腰痛が改善したという人の声を多数聞くようになりました。
ビジネスパーソンに訴えるなら仕事の成果につなげることも大事です。「腰痛にいいから歩きなさい」「階段をのぼって運動不足を解消しましょう」といってもなかなか聞いてくれませんが、「脳が刺激されて新しい発想やアイデアが湧いてくる、血流がよくなってパフォーマンスが向上する」というと皆やってくれる。向上心の高い人には「シリコンバレーの有名起業家はこんなに熱心にセルフメンテナンスをしている」と見せるのも行動変容に繋がることがわかっています。
松平:先程もお話ししたように、これだけ医療が進化しているのに腰痛というのはまだまだ成長する可能性がある分野です。でも、だからこそ奥深い、仕事のしがいのある分野でもある。私は腰痛のタイプを見極め、個別にソリューションを提供する仕組みを整えていきたいと思います。
平井:DeNAも、健康経営を舞台に、腰痛リテラシーを高める取り組みを続けていくつもりです。
(構成:東雄介)