仕事で「腰痛になる人」「ならない人」の境界線

平井:DeNA社内で腰痛の人を観察すると「歩き方」にも傾向がありました。腰の可動域が少なく、足だけで歩いているように見えるんです。逆に、理想の歩き方はタイガー・ウッズですね。腰から左右に分かれて動いているのがわかる。腰痛の社員にはよく「まず歩き方を変えるといい」と話しています。

平井 孝幸(ひらい たかゆき)/株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)CHO室室長代理。東京大学医学部附属病院22世紀医療センター 研究員。東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、ゴルフ事業で起業。2011年DeNA入社。2015年従業員の健康サポートを始める。2016年健康経営の専門部署CHO室を立ち上げる。2019年同社での取り組みが経済産業省と東京証券取引所から評価され、健康経営銘柄を獲得。翌年も連続して獲得する。2018年DBJ(日本政策投資銀行)健康経営格付アドバイザリーボード、PGA(日本プロゴルフ協会)経営戦略委員会アドバイザー等を歴任(撮影:梅谷秀司)

松平:今の平井さんのお話は興味深いですね。じつは、ギックリ腰などひどい腰痛を経験すると、「もうあの痛みを経験したくない」という恐怖から、腰をかばう動きをすることがあるんです。つまり、おかしな歩き方は腰痛の原因ではなく、腰痛の結果である可能性がある。ただ、それを解決するために「怖がらず、いい歩き方をしよう」と呼びかけるのはいいと思います。

――松平先生がおっしゃった「ストレスと腰痛」、一見関係がなさそうに思えるのですが。

松平:私もその話を初めて聞いたときは「違うだろう」と思いましたよ(笑)。でも実際に、会社の人間関係のストレスや、家庭内のトラブルが、「腰に負担のかかる重たいものを持つ」のと同等以上に腰痛を悪化させるというエビデンスが出ています。

どういうことか。例えば、痛覚過敏のせいです。通常、人間の身体には痛みを緩和するメカニズムが備わっているのですが、ストレスを抱えているとそのメカニズムが不具合をきたし、痛覚過敏の状態になるんです。

また先程申し上げたように「ギックリ腰」などで一度ひどい痛みを経験した人は、それ以降、腰を動かすことが怖くなり、腰をかばうようになります。これを専門的には「恐怖回避思考」といいます。恐怖回避思考にとらわれるとますます痛覚過敏になり、歩き方もおかしくなって、腰痛が再発しやすく、慢性化しやすくなります。

さらに、脳機能とは無関係に心理的ストレスが腰の負担を大きくすることもわかっています。生体力学的な研究結果から、持ち上げ動作の際、ストレスのせいで「心ここにあらず」の状態となって、微妙に姿勢のバランスが崩れるためぎっくり腰リスクを高めるのではないかと推察しています。

平井:職場のストレスチェックの結果と腰痛の相関を見たら、何かわかることがあるかもしれませんね。ただ、そうすると社員も正直に自分の健康状態を答えづらくなるかも……。

――腰痛だといったら「職場に不満があるのか」と責められる?

平井:そう(笑)。「過度なストレスを感じている人には腰痛の傾向がある」なんてこともわかるかもしれません。ワークパフォーマンスを発揮できている人とそうでない人の違いなど、ストレスチェックの結果と腰痛の関係などもわかってきたら、健康経営的には興味深そうです。

腰痛は「動いて治す」時代

松平:腰痛が難しいのは、本当に「多要因」だということです。腰の負担に、ストレスに伴う脳機能の不具合。運動不足も腰痛の原因の1つです。「腰痛のときは安静に」と言われがちですが、近年の私たちの研究ではギックリ腰で痛みがきついときでさえ、安静にしているよりできる範囲で身体を動かしたほうが治りが早いこともわかっています。