2019年の面前DVは4万2569人で、心理虐待の60.2%を占めている。通告児童数全体でも43.3%にあたる。警察庁ではあえて法律の定める4つの分類のほかに、「面前DV」という項目を設けて2012年から統計を取っている。その当時は5431人だったから、わずか7年で約8倍に膨れ上がっていることになる。
児童虐待は、子どもの正常なこころ(精神)の発達を妨げる。そればかりでなく、虐待が脳の発達にも影響を与えることがわかってきた。
小児神経科医で福井大学子どものこころの発達研究センターの友田明美教授が、その研究の第一人者として知られ、過去にはNHKでも特集番組が放送されている。
そこでは、虐待というイメージからさらに広げた「マルトリートメント」(maltreatment/mal=悪い treatment=扱い)という概念を用いている。親(養育者)からの「不適切な養育」あるいは「避けたい子育て」ということになる。それは、知らず知らずのうちに、思わぬことが不適切となることもある。
例えば「心理的・精神的マルトリートメント」について言えば、「バカだ」「クズだ」と蔑むことや、差別したり、脅したり、罵倒を繰り返すことなどで、こころに外傷を与え、侵害する行為にあたる。言葉によるものが多く、「お前なんか生まれてこなければよかった」「なにをやらせてもダメだ」などの発言や面前DVも含まれる。
さらに言えば、体罰も精神的マルトリートメント、もしくは心理的虐待となる。人前での体罰は“自分はダメな人間なんだ”と「屈辱」「恥辱」を与えるからだ。
こうしたマルトリートメントや虐待が子どもの脳を変形させることが、MRI画像の調査研究から報告されている。
公表されている結果を大まかに言えば、体罰(身体的マルトリートメント)を受けた場合、前頭葉が変形している傾向がある。これらの部位が損なわれると、うつ病の傾向が高まり、気分障害、非行を繰り返す素行障害につながる。身体的マルトリートメントが最も影響するのが6~8歳頃とされる。
性的マルトリートメントは、視覚野に影響を与える。後頭葉に位置する視覚野の容積が減少し、とくに、11歳頃までに経験した子が際立つ。見たくない情景の詳細を見ないで済むように脳が適応したと考えられている。
面前DVでも、視覚野が萎縮する。小児期に両親のDVを長時間目撃してくると、視覚野が平均6.1%減少していたとされる。
暴言を体験すると、聴覚野が逆に増大していることもわかった。この場合、「両親からの暴言」のほうが、「1人の親からの暴言」よりも影響が大きく、母親と父親では、母親からの暴言に強く反応しているという。暴言の程度が深刻、頻繁であると脳への影響も大きく、両親のDVも身体的よりも言葉の暴力に接したほうが脳のダメージは大きいとされる。
ハーバード大学での調査によると、幼いころに夫婦喧嘩を見て育ったグループはIQと記憶力の平均点が低い傾向にあったとされる。
こうした事情を、どれだけ多くの日本人が知っているかは別として、児童虐待の相談対応件数の増加は、それだけ社会の関心や認識が変化してきていることの証しであることは、まず間違いない。
そこに加えて、実はもうひとつ裏の社会的事情がある。昨今、いわゆる凶悪事件が減っていることだ。関西のある新聞記者がいう。
「10年前には、大阪府警内に常時10件以上の“帳場”(捜査本部)が立っていたのに、いまは半分もない。それだけ人が余るので、いまは児童虐待に回している」
いわゆる暴力団の表立った抗争事件も減り、経済事犯が多くなった。特別捜査本部の設置も減る。それと入れ替わるように、幼い子どもが命を奪われる事件の報道が全国的にも目立つようになった印象だ。
ただ、それだけ発覚する認知件数が増えたということであって、潜在的には以前から虐待は多かったと見ることもできる。
児童虐待への社会全体の認識や視線が変わりつつあることは、むしろ歓迎すべきことではあるが、いつか増え続けるこの数値を減少へと転じさせなければならない。そのことをもう一度、確かめておく必要がある。