柳川:やるべきことはシンプルで、支えられる側の人に、できるだけ支える側に回っていただき、生産年齢人口でない方々に、生産者になっていただくことです。団塊の世代の中でも、元気でやる気のある方はたくさんいますから、その人たちが、どうやって社会で活躍するのかを考えることが重要になります。
役職定年以降、少なからぬ人がやる気を失ってしまっているのだとすれば、やはりもったいない構造だと思います。パイの分配だけでなく、全体のパイを広げる活動に対しても、高齢者の方々がどのように参加できるかを前向きに考えることが必要です。
一度引退された方々の中でも、満員電車に揺られて職場に行くようなことは厳しいけれど、家でなら仕事ができるという方は多くいらっしゃいます。ですが、そうした方全員に対して、すぐにZoomなどのツールを使ってオンラインで作業をしてくださいと言うのは、難しいところもあります。
それはサービスを使いこなせない側に責任があるのではなく、むしろ不自由なく使えるサービスが提供されていないことに問題があります。これは企業側の努力が足りていないということで、改善が必要です。本来的には、そのような不自由にこそニーズがあり、ビジネスチャンスがあるはずです。
須賀:確かに多くのサービスのUIには改善の余地が残っていますね。
柳川:UIを改善し、高齢者の方々にとっても使いやすいサービスになれば、そうした方々の知恵や経験を引き出すことができます。今は非常にもったいないことに、高齢者の方々の多くが、本来不向きであるはずの、警備の仕事や清掃の仕事といった肉体労働に従事しています。
須賀:そうですね。
柳川:このことは、労働市場においてミスアロケーションが起きているということです。現在は、デジタルスキルは若い人しか使いこなせないので、高齢者の方が肉体労働をしているという状況です。高齢者の方々が、デジタルスキルを使いこなせないことで起きている社会の機会損失は重大な問題です。
ただ、高齢者の方々がデジタルスキルを身に付けたからといって、そうした方々にどんないい仕事が回ってくるのか、という点にはやや不確実性があります。これは、鶏と卵のような話で、デジタルスキルを身に付けたとしてもいい仕事がなければ、そもそもスキルを身に付けようとは思わず、結果としていい仕事もいつまでたっても提供されず、動くだけ損をするようなことにもなってしまいます。そのような行き詰まりがあるとするならば、政府がきちんと介入し、政策的に整備することが必要です。
須賀:政府による介入も重要になるということですね。
柳川:繰り返しになりますが、社会保障の負担やパイの分配を考えることも大事ですが、もう少し前向きに、高齢者の方々がきちんと活躍できる社会構造を作っていくことに目を向けなくてはなりません。デジタルサービスを高齢者の方々が使いこなせず、労働市場への参加が停滞している現状については、サービスを設計する企業側の努力が足りない部分もあると思いますし、そのような企業の改善を阻んでいる社会的な要因があるとするならば、政府の介入も必要です。
少子高齢化は、日本にとって、とてもシリアスな話ですが、同時に多くの国がこれから直面する課題でもあります。エイジングソサエティーをめぐるソリューションを世界に提供することは、日本が間違いなくやるべきことの1つです。
須賀:デジタル化による新たな付加価値と言えば、「デジタルトランフォーメーション(DX)」という言葉に注目が集まっています。一方、個人的には DXが成長戦略であるという主張は本質的でないようにも感じます。DXは、既存の業務の効率化のためには大きく役立ちますが、それが成長につながるかというと別の話ではないでしょうか。デジタルツールを導入すれば、企業が成長するかと言われるとそれほど単純な話ではないと思います。DXと経済成長についてはどのようにお考えでしょうか?