石田:銚子丸では、創業者の堀地速男が「日本全国の港から魚を直接仕入れる」ということを非常に重んじていました。市場仕入れに頼ってばかりいると、珍しい魚はなかなか手に入らないからです。しかしながらこれは全国を足で回って探すわけですから、今までもなかなか困難でした。このこだわりは捨てたくないけれど、生産性は上げなくてはならないというジレンマがありました。
小室:そこにコロナでいよいよ港に訪問できなくなったわけですね。
石田:そうです。そこで、今回初めてオンラインで買い付けを行ってみたところ、今朝あがったばかりの魚を映像で詳細に見せてもらうことができて、その場ですぐ金額交渉して買付を成立できたので、今までにないスピードと新鮮さで店まで届けることができてしまったのです。
小室:珍しい魚を提供したいというこだわりと、生産性をあげたいという課題を同時に解決して、むしろ以前にも勝る鮮度まで実現してしまった。遠隔リテラシーをあげて、今までのやり方を変えること、本当に大事ですね。
小室:コロナ禍の中、「働き方改革に取り組む余裕がない」というのが多くの企業の本音だと思います。かつては超長時間労働だったとお聞きしていますが、なぜ働き方改革に本腰を入れることとなったのでしょうか。
石田:2016年6月に創業者の堀地速男が他界しました。そこから1年かけて策を練り、「新生銚子丸」と銘打って4つの施策を打ち出した、その1つが働き方改革でした。具体的には、「定着率の向上」「採用の強化」の2点を掲げ、本気で取り組みはじたのがそもそものきっかけです。当時はお恥ずかしながら、100人採用しても、100人辞めてしまうような実態があったんです。
小室:なるほど。そういった状態から変えていくのは、非常に難しかったのでは。
石田:正直言って、それまでは「店舗数を増やすこと」のみに投資してきました。人手不足の中で、板前もまったく余裕が持てなくなっていました。
そこでまず、タッチパネルによるセルフオーダーシステムや配達レーンを導入して人手不足に対応することで約1.5倍の効率化が図られ、お客様に握りたてを提供できるとともに、板前に余裕ができ、お客様との会話や丁寧な仕事につながりました。
小室:店舗の労働環境改善に投資し始めたんですね。
石田:並行して取り組んだのは、経営陣の意識改革です。創業者の堀地速男は「お客様の感謝と喜びをいただく」という理念を掲げ、商品、人、空間の良さを最大限まで引き出すよう尽力しました。堀地が「店は劇場、従業員は劇団員、顧客は観衆」と称したのは、「主従」で成り立つ組織ではなく、お客様を喜ばすための「配役」であるべきとの思いがあったからです。
そうした血の通った人間集団、もっと言えば劇団員のつくる大家族的でアットホームな雰囲気がお客様に支持されたとも言えます。そうした良い面は今後も守っていきたい。その一方で誰よりも早く出社し遅くまで働く人を「働き者」として評価する企業風土や「みんなでお店を開けて、みんなで閉めて、みんなで帰る」といった習慣を改めなければなりません。
小室:たしかに先代の時代は働く人の勤勉さや一緒に働く人の一体感などに支えられて伸びてきた企業は多くありましたね。