DV加害者は例外なく、「相手への怒り」を抱えているという。「相手が自分を怒らせた」という怒りだ。更生プログラムに通う人たちも、「怒り」との付き合い方に葛藤している。日常から「怒り」を遠ざけるにはどうしたらよいか。6年以上も更生プログラムに通い、「DV男」から立ち直ろうとする59歳の男性を訪ねた。
DVというと、たたいたり蹴ったりという「身体的暴行」が真っ先に浮かぶ。しかし、それだけがDV ではない。人格否定や無視、監視などの「心理的攻撃」、生活費を渡さないなどの「経済的圧迫」、嫌がっているのに性的行為を強要したり避妊に協力しなかったりする「性的強要」もDVに当たる。つまり、DVとはパートナーとの間で「主従関係」をつくることだ。
東京都に住む山本和彦さん(仮名)は、まもなく60歳になる。妻は小学生からの幼なじみで、中学生の頃に付き合って以来の仲だ。あまりに同じものを共有してきたために、山本さんには、何をしても許されるという「おごり」があったという。
しかし、あのときだけは違った。
きっかけは、2度目の浮気がバレたことだった。妻からは「顔も見たくない。離婚してほしい」と言われた。山本さんは離婚したくない一心で、「別居で勘弁してくれ」と言い、自宅から2駅先のアパートで1人暮らしを始めた。そのときから2年間、妻には一度も会ってもらえない。
「妻とはよくけんかをしたし浮気もしたけど、離婚を突きつけられて、いちばん失いたくない存在だったことに気づかされました」
別居から2年が経った頃、妻から「ステップという団体があるから、そこへ行って努力してください。私も前向きに努力するので」とメールが来た。「ステップ」とは、横浜市にあるNPO法人 女性・人権支援センター「ステップ」のことで、DVや虐待の被害者・加害者が通う場所である。
山本さんは、浮気が原因で妻を怒らせたのだと思っていた。しかし、「DV」とは思ってもいなかった。妻には手を上げたこともない。
戸惑いながら「ステップ」に電話をかけ、「別居中の妻から行けと言われて。でも、自分にDVは関係ないと思うんですけど」と説明した。電話口の担当者は、加害者向けのグループプログラムを見学してはどうか、提案する。いったい、どんなところだろう?
山本さんが見学したのは、「金継ぎの会」と呼ばれる更生プログラムだった。5~10人のグループセッションで、特定のテーマについてディスカッションしたり、パートナーとの近況を報告し合ったりする。1回2時間、全52回のプログラムだ。
しかし、見学に行ってもどこか他人事だった。参加者たちの言葉に触れても、いすの背もたれにすっかり身を預けているだけ。「ひどいよなぁ、なんでそんなことをするんだ」と評論家のように思いもした。それでも、妻には「努力して」と言われている。自分は関係ないが、ここに通わないと後がない。そして、山本さんは全52回のプログラムに参加することになった。
更生プログラムに通い始めた山本さんはどうなったか。「3、4回目で、自分には変化が訪れた」と山本さんは振り返る。プログラムの中で、言葉の暴力や威圧的な態度もDVに含まれると知り、「自分の行為はDVだったかもしれない」という加害者意識が芽生えたからだ。
グループセッションでの「他者の中に自己を見る」という経験も効いた。
「人を傷つけたことに向き合うのって怖いから、やっぱりみんな自分を正当化しようとするんです。反省はしていても、言葉尻に出てくる。『そんなつもりはなかったんだけど、向こうが傷ついちゃって』とか、一生懸命言い訳するんですよね。それを見ていて、ああ、俺もこうなんだろうなぁと自覚するんです」