こうしたブームは2018年以来BL小説を出版している「サタポーン書店」にも好影響を与え、現在では主要書店に約70タイトルのBL小説が並んでいる。このうち20タイトルはテレビドラマ化されているという。
タイのBLファンは熱狂的であると同時に、ドラマの舞台が若者が実際に生活する場面とオーバーラップしていることもあって、ドラマのシーンに手厳しい批評も加えることもあり、それがまた人気に拍車をかけているという。
例えば「2gether」では、サラワットがタインの酔っているところを写真撮影し、それをインスタグラムにアップするというシーンがある。この場面に対して多くのファンが、「納得できない、そんなことはしない」との批判が噴出するなど、ファン間の議論も活発だ。
医学博士でLGBTに関する小説も書いているウタイン・ブーンオラヤ氏は、最近のBLドラマ人気について、「BL小説の多くは著者も読者もティーンエイジャーであり、読者が通う大学などの学園生活が小説の中の世界とマッチすることも人気の背景にある」と分析する。
また、タイのBL現象を研究しているロニマス・ユートリアット教授は、BL小説の書き手の多くが若い女性であることを指摘、「BLに描かれる男子学生は若い女性の理想、願望を象徴した姿を反映しているのではないか。例えばエンジニアリング専攻という理科系で頼りがいがあるようにみえ、外見もかっこよく、人柄、家柄も理想的という人物設定に女性の男性に対する願いを反映していることが人気の秘密だろう」と分析する。
では、こうしたBL人気を支えるタイ社会の同性愛、そして幅広い枠組みであるLGBT(レスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)に対する考え方の根本はどこにあるのだろうか。
タイでは毎年、基本的に21歳に達した男子を対象にした徴兵検査が行われる。タイ国軍は志願する職業軍人と徴兵で選ばれる志願兵で構成され、韓国のような皆兵、つまり例外を除いて原則全員に兵役義務が課せられるわけではなく、適齢期の男子が抽選で兵役に就く制度となっている。
今年は、7月23日からタイ全土で21歳以上の男性の徴兵検査が行われた。タイでは、毎年この徴兵検査がニュースとしてテレビや新聞、ネットニュースなどで流されるが、そこで話題になるのが徴兵検査を受ける女性のようないでたちをした人々だ。
超ミニスカートに大きな胸を強調したボディコン姿で検査を受け、「身体的に兵役には不適合」との「失格証明書」を手にして微笑む姿や、軍服を着た検査官がツーショット撮影した姿、本人が撮影したセルフィー姿がメディアやネットを賑わすのである。容姿や心が女性でも戸籍上男性であれば、徴兵検査を逃れることは罰則対象になるため、毎年正直に抽選会場に登場して話題を振りまくのだ。
このことからもわかるように、タイは性に比較的おおらかな国で、男女の2つの性別のほかに、なんと18種類の性があると言われている。ゲイやレズビアン、バイセクシャルのほかに、「男装した女性が好きなのがトム」「トムが好きな男っぽいトムがトムゲイキング」「トムが好きな女っぽいトムがトムゲイクィーン」などと細分化された性が存在するという。
タイの寛容性が垣間見られるシーンは、タイで人気のオーディション番組「タイランズ・ゴット・タレント」でもあった。アメリカやイギリスで一芸に秀でた人が審査員と観客の前で歌や芸を披露する同番組は、タイでも絶大な人気を得ている。この番組に出演し、その映像がユーチューブで770万回再生されている1人の歌手がいる。
胸までの長い黒髪に長身で面長の女性が見事な歌声で歌いだし、観客も審査員もうっとりとする中、途中からこの女性が地の声で歌いだすのだ。野太い男性の声に観客は立ち上がって拍手喝采で応え、審査員も驚きを隠さない。