――前編では、コロナ後の時代のキーワードとして、「3密」ならぬ「三散」についてお話しいただきました。日常生活から教育、産業、経済、政治まで、いろいろな水準で「分散」「拡散」「逃散」が加速するというお話でした。そういった時代に、人間関係はどのように変化するとお考えでしょうか。
テレビを見ていたら、再開したある学校のことを報道していたんです。そこで先生たちが議論していることがとても面白かった。隣の生徒が消しゴムを落とした場合、それを拾ってあげるべきかどうか。ウイルス感染のことを考えると、拾って手伝ってあげる優しさより、手伝わない優しさを大事にしようと。そういうことを議論しているんです。これは大変な時代になってきたと思いました。
亡くなった西部邁さんが心酔していたスペインの思想家、オルテガ・イ・ガセットの言葉に、「トゥゲザー・アンド・アローン」というものがあります。これは、人々の中に交じりながら、1人でいることを守るという考え方です。『論語』の「和して同ぜず」や、かつての学生運動のスローガンだった「連帯はすれども孤立を恐れず」も同じような意味です。
でも、このコロナ・パンデミックの中でそれが逆転して「アローン・アンド・トゥゲザー」になっていくように僕は思います。つまり、1人でいても一緒だという意識です。
仲間と一緒にお酒を飲んで肩を組んで騒ぎ、ボランティアで一緒に働く。しかし、夜明けに家に帰ったときに「結局俺は1人だなあ」と孤独をかみ締める。これがオルテガのいう「トゥゲザー・アンド・アローン」です。
それに対して、これからは1人で孤独だけれど、オンラインで飲み会をすることで、離れていてもつながっている感覚を持つことができる。そういう「アローン・アンド・トゥゲザー」のような人間関係に変化していくんじゃないでしょうか。
――孤独でいること、1人でいることがデフォルトというのは、結構つらい気もするのですが。
世の中が三散の時代に入っていくと、精神的な生活は本来の「三密」になっていくかもしれません。前に言ったように、本来の「三密」とは仏教用語で、「身密」「口密」「意密」という密教の修行を意味する言葉です。手で印契を結び(身)、口でマントラを唱え(口)、瞑想して仏を念じる(意)。これが三密です。
三密修行は1人ですることが基本であるように、これからは学ぶにしても働くにしても個ですることが基本になる。でも個の学びや仕事を通じて、多くの人々の存在感や共同意識を養っていくのが、これからの時代の三密です。
例えば、オーケストラの人たちが大きなホールで指揮者のもとに集まり、練習を繰り返してコンサートを開くのではなくて、それぞれのパートがそれぞれの家で画面を見ながら、指揮者のもとでトレーニングをする。