プロ野球開幕、セ・パリーグの足並み乱れたなぜ

無観客で行われた巨人対ヤクルトの練習試合。打席は巨人の岡本和真。6月5日、東京ドーム(写真:時事通信)

紆余曲折を経て、ようやく2020年のプロ野球が開幕する。

6月19日のシーズン開幕は1936年のプロ野球設立以来、最も遅い。

近年は143試合でペナントレースが組まれていたが、今季は120試合。いまのところ7月上旬までは無観客試合でオールスター戦、交流戦もない。そして11月21日から日本シリーズが始まるという異例の予定だ。

ここまではセ・パ両リーグは同じスケジュールだが、パ・リーグはペナントレースの全日程終了後の11月14日から1位、2位チームによるクライマックス・シリーズ(CS、日本シリーズ出場チーム決定戦、1位チームが1勝のアドバンテージ。先に3勝したほうが勝ち抜け)を最大4試合行う。セ・リーグは行わないので、セの優勝チームは最大2週間ほど日程が開く。

足並みがそろわなかったセ・パの日程

セ・リーグがCSを中止した理由は天候に左右されないドーム球場が2つしかなく、不確定要素があり、日程消化を優先したからだという。一方、パ・リーグはペナントレース終盤での消化試合をできるだけなくすべく、最後まで興味をもってもらうため、短縮してでもCSを開催することにした。

セとパの優勝チームでは試合数も日程も異なることになる。日本シリーズは同一条件で戦うとは言えない。同じNPB傘下のリーグでありながら、なぜ違う日程を組むのか?

プロ野球を見慣れた人には、珍しくもなんともない風景ではあろう。セ・リーグとパ・リーグは昭和の時代から、違う日程、異なる方針でリーグ運営をしてきた。

しかしながら、今やセントラル・リーグ、パシフィック・リーグは、独立した組織ではない。

2009年1月1日をもって、日本プロ野球組織(NPB)のコミッショナー、セ、パ両リーグの3事務局は、統合された。2リーグ分立以来59年間業務を続けたセ、パ両事務局は廃局となり、両リーグ会長職も廃止された。

セ・パ両リーグは、コミッショナー事務局の運営部だ。そのトップは「運営部長」である。いわば両リーグは一つの組織の異なる部署に過ぎないのだ。

しかし、そうなってからも、セ・パ両リーグはことあるごとに異なる方針を打ち出してきた。

記憶に新しいのは、2011年、東日本大震災後の開幕日をめぐる騒動だ。3月11日に震災が起こり、楽天の本拠地仙台も甚大な損害を受けた。3月15日には12球団の代表者による臨時の実行委員会が開かれ、25日に迫った開幕戦について話し合った。このときセは予定通り開催を主張、パは延期を主張し、議論は平行線をたどった。

日本プロ野球選手会がコミッショナーなどに開催延期を訴えたが、セ・リーグは譲らず。当時の加藤良三コミッショナーが、セ・リーグの意を汲んでパ・リーグを説得しようとした。

選手会の再度の説得や、蓮舫節電啓発担当相(当時)の要請もあって、3月24日になってセ・リーグはパ・リーグと同じ4月12日の開幕に同意した。しかし9日間にわたって続いたセ・パ両リーグの「すったもんだ」は、多くの人に「震災という非常時にプロ野球は何をやっているのか」という印象を与えた。

セ・パの因縁は古くから

セントラル・リーグとパシフィック・リーグは、なぜ足並みがそろわないのか。

その因縁は今から71年前にまでさかのぼる。

1949年2月、プロ野球の実質的な創設者で、職業野球連盟の初代コミッショナーに就任した正力松太郎は「2リーグ構想」を打ち出した。既存チームの中には「観客を奪われる」と反対するチームもあった。正力が公職追放で経営から一時的に外れていた、ひざ元の巨人がその急先鋒だった。これに対し南海や阪急は新加入の毎日や西鉄などとともに新リーグ設立に動く。これがパシフィック・リーグとなる。