チーム内に何かが起きて雰囲気が変わると、部員にいつもと違うところが現れます。話している内容だったり、表情や仕草だったり、食堂で座る場所が変わっている場合もあります。その違いは真剣にチームを観察していれば、必ず気づきます。そういう意味でも私の定位置は、やはりチームから離れた場所になります。チームから離れて全体を見ていないと監督の仕事はできないというのが、私の考えです。
エンジン全開でこちらの部員、あちらの部員と精力的に指示を出している監督もいますが、それはチームがまだ成熟していない証拠です。あるいは、こと細かに指示を出さないと気が済まない監督だと思います。それだと、いつまでも監督が中心で、監督がいないと回らない、進化しないチームになってしまいます。チームが強くなるほど、監督の「見る」仕事は増えていく。それが成熟したチームの理想形です。
今の青学陸上競技部は成熟したチームになりつつあると自信を持って言える段階になりました。しかし、ここまで話してきたように、一足飛びで成熟したチームにはなれません。私は組織の進化には4つのステージがあると考えています。
第1のステージが、監督対部員全員という図式の中央集権の命令型です。育成手法は「ティーチング」になります。ビジネスの世界に「コーチング」という自主性を尊重しながら人材を育成していく手法がありますが、組織が未熟な段階では適しているとは思いません。どのように行動すれば目標に到達できるか、部員にはわからないからです。
だからこそ「ティーチング」なのです。なにもないところに知識を与えていくので、目に見える形で組織は成長していきます。部員の意識が高ければ、成長スピードもかなり速いでしょう。ただ、このステージには限界があります。監督が1から10まで指導していくので、部員が何も考えない人間になってしまう可能性があるからです。監督がいなくなればチームは崩壊します。
第2のステージは、キャプテンや学年長、マネジャーなど数人のスタッフを養成して権限を与えていく指示型です。監督からの指示を部員の代表者として養成したスタッフが部員全員に伝えて動きます。このステージに入ると権限を与えられたスタッフには自覚が生まれて成長していきますが、ほかの部員はまだ積極的に考えようとしないでしょう。
第3のステージは、監督が明確な指示ではなく、方向性だけをスタッフに伝えて、部員と一緒に考えながら進んでいく形です。
私はこのステージ3までを部員たちと一緒に、時間をかけて1つひとつステップアップしてよかったと実感しています。もし、ステージ1、2、3を飛び越えて、いきなり成熟したチームをつくろうとしていたら、青学陸上競技部は自主性と自由を履き違えた組織になっていたと思います。
そしていよいよ、第4のステージです。青学陸上競技部は、組織の進化の最終形であるステージ4に入ったと言えると思います。このステージは、監督はチームのサポーター的な役割を担い、部員全員の自主性とチームの自立を求めていく段階です。もちろんそこには、外部の指導者や内部のマネジャーや私の妻であり、青学陸上競技部の寮母でもある原美穂の「支える力」も必要でした。
そちらについては『フツーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉』をお読みいただくとして、この外と内の「支える力」も巻き込みながら、常に私がいなくても勝てるチームをつくってきました。
これが、世の中にある常勝軍団の姿だと思います。私が考えていた以上に、部員たちが本当に成長してくれました。
監督が常にいなくても、自ら考え、自らを律し、自ら行動するチーム。これがこの文章の冒頭に書いた「学生たち、本当によくやったなぁ」につながるのです。