米国のトランプ前大統領のホワイトハウス復権が決まったことで戦乱が拡大する中東に不安と喜びが交錯している。イスラエルのネタニヤフ首相は狂喜し、サウジアラビアのムハンマド皇太子も歓迎。ガザ戦争の一方の当事者パレスチナ人は「見捨てられる」と意気消沈気味だ。イランは包囲網が再び強まることを警戒しており、ペルシャ湾は波高しだ。
トランプ氏の当選で最初に祝意の電話を掛けたのはイスラエルのネタニヤフ首相だ。首相はこれに先立って「歴史的に最も偉大な大統領の復帰だ。大勝利だ」と浮かれたような声明を発表。その後に直接電話し、イスラエルの安全保障と敵対するイランの脅威について協議したという。
ネタニヤフ氏は現職のバイデン大統領とはガザ戦争や隣国レバノンへの戦線拡大、イランとの交戦をめぐって対立し、冷え切った関係だ。トランプ氏とは1期目の政権時代、深夜に何度も電話で話すなど親しい関係だったが、バイデン氏が前回の選挙で当選した際、祝意を送ったことにトランプ氏が激怒、一時関係が冷却した。
ネタニヤフ氏は汚職容疑で裁判中の刑事被告人の身でもあるが、昨年のイスラム組織ハマスの奇襲攻撃を察知できず、その責任を厳しく問われ、ガザ戦争が終われば首相を辞任せざるを得ない。このため、イスラム組織ハマスとの戦闘を長引かせる一方で、親イラン組織ヒズボラを叩くためとして、レバノン全土を爆撃するなど戦線を拡大している。
イランに対しても、シリアのイラン大使館を爆撃し、ベイルート空爆でヒズボラの指導者ナスララ師を殺害、またテヘランに滞在中だったハマスの指導者を「暗殺」(イラン側発表)した。こうした挑発にイランが弾道ミサイル攻撃を2回行い、イスラエルも反撃、「中東大戦」への緊張が高まった。
イスラエルの攻勢に「待った」を掛けてきたのがバイデン氏だったが、トランプ氏が就任する来年1月20日以降はこうしたタガが外れそうだ。トランプ氏はガザ戦争について「さっさと片付けろ」と発言しており、ネタニヤフ首相に干渉せず、大きなフリーハンドを与えるとみられている。
トランプ氏はイランとの対決についても、「核施設をまず攻撃し、それ以外のことはその後に考えたらいい」と明言し、米国の支援がほしいネタニヤフ氏はトランプ氏の復権を心待ちにしていた。ネタニヤフ氏はトランプ氏当選に合わせるように対立してきた政権内穏健派のガラント国防相を解任。これもトランプ政権発足後に向けた布石と受け取られている。
トランプ氏は中東和平について、歴代米政権が積み上げてきた中立的な調停者の立場を放棄し、完全にイスラエル寄りに政策を転換した。中でも、同氏はテルアビブに置いていた米大使館を係争の聖地エルサレムに移転、同地をイスラエルの永遠の首都として承認した。
エルサレムはイスラム教徒であるパレスチナ人も自分たちの首都と主張してきた歴史があるが、トランプ氏は一気にイスラエル側に傾斜した。イスラエルが占領中のシリア領ゴラン高原もイスラエル領土として承認し、パレスチナ側には「世紀の取引」と称していびつな和平提案を提唱した。
「オスロ合意」で将来のパレスチナ独立国家の予定地とされたパレスチナ自治区ヨルダン川西岸の面積を約30%削り、その代わりに経済援助をするという内容だった。パレスチナ側がこれを拒否し、中東和平交渉は完全にとん挫、絶望感と怒りをためたハマスの奇襲攻撃につながった。