大きな効果は、脱炭素時代の製造コストへの寄与だろう。
粗鋼を作る方法は、大きく二つに分かれる。鉄鉱石を石炭コークスにより還元する、高炉を利用する方法と、主原料の鉄スクラップを電気炉で溶解する方法だ。
電気炉では高品位の製品の製造は難しいが、電気炉の二酸化炭素(CO2)排出量は相対的に少ない。脱炭素を実現するため高炉から電気炉への転換も検討されている。
日本の粗鋼生産量の7割強は高炉利用だが、米国では粗鋼生産量の7割弱が電気炉だ。米国の低廉な電気料金が電気炉の競争力を高めている。
図-3が米国と日本の産業用と家庭用電気料金を示している。米国内の電気料金は州により異なり、カリフォルニア州など日本の電気料金を上回る州もあるが、大半の州の料金は1ドル150円の円安下でも日本を大きく下回っている。
筆者は、エネルギー事情の調査のため今欧州に出張中だ。先週、欧州の水素の専門家から話を聞く機会があった。CO2を削減するため電気の利用が難しい産業では水素の利用が広がると考えられている。その代表が高炉製鉄だが、専門家もまだ将来像を描けていない。
高品位の鉄鋼製品製造には、CO2を排出しない水素利用の還元が利用されるが、なかなか広がらない。水素のコストがまだ高いからだ。
ドイツは太陽光、風力発電などの再生可能エネルギー(再エネ)設備を国内に敷き詰めても、必要な量の水素を水の電気分解により製造する発電量を得ることができない。水素の輸入が検討されているが、水素を輸送するコストも高い。
それよりも、水素が安い地域で粗鋼、あるいはその前の形の銑鉄を製造し輸入すればコストは、ドイツで水素から銑鉄、粗鋼を製造するよりも安くなる。
アフリカ、ブラジルでは既にCO2を排出しない水素を利用し鉄鋼を製造する事業が検討されているが、米国製水素の競争力はさらに高いと見込まれる。
アフリカ、南米で再エネ設備からの電気による水の電気分解を行うより、米国の天然ガスから水素を製造し、発生するCO2を捕捉、貯留するほうが水素を安く製造することが可能だ。米国の天然ガス価格は極めて安い。
脱炭素時代の鉄鋼生産を考えれば、電炉でも高炉でもエネルギー・電力価格が安い米国での生産がもっとも競争力を持ち理に適っている。
脱炭素の時代には米国から銑鉄、粗鋼を輸入し最終製品を日本で製造することも、オプションのひとつとして将来の視野に入ってくる。
ドイツ政府は自国のエネルギー多消費型産業が米国に流出することを懸念しているが、エネルギー、電力価格の高騰により、既にドイツでは製造業の低迷が始まっている。
日本のエネルギー・電力価格を競争力のあるレベルにし、維持するためには、原子力発電所の再稼働がまず必要になる。日本からの産業流出を心配する時代だ。