〈なぜ、日本製鉄はUSスチールを買収するのか〉米国鉄鋼市場だけではないエネルギー価格という側面

2024.10.09 Wedge ONLINE

 日本製鉄のUSスチール(USS)買収提案がニュースで取り上げられる時に、USSビルの映像が流れることがある。

日本製鉄のUSスチールは、日本の鉄鋼生産を大きく変え得る(AP/アフロ)

 筆者が米国で働いていた時の勤務場所は、ペンシルバニア州、ピッツバーグのUSSビルの28階にあった。64階建てのUSSビルは、シカゴとニューヨークの間にある、もっとも高いビルだ。上層階にはUSSとその関係会社が入居しており、取引先でもあったので、時々エレベーターを乗り換えお邪魔していた。

 米国企業の人材流動性は高いと思われているが、USS、ゼネラル・モーターズ(GM)、ゼネラル・エレクトリック(GE)などの歴史ある大企業では、幹部の大半は生え抜きで占められていた。USSも例外ではなかった。

 筆者が時々会っていた幹部は、部屋に出身大学のペナントを掲げ、社会人になってからUSS以外の会社で働いていないことを誇りに思っているようだった。

 最近は米国の重厚長大企業でも外部から最高経営責任者(CEO)を招くことも増えている。USSのデビッド・ブリッドCEOもキャタピラーでの32年の勤務後USSに移籍している。米国の伝統ある企業の風土も変わったのかもしれない。

 日本製鉄のUSS買収提案も脱炭素時代の日本の鉄鋼生産を大きく変える可能性を持つ。カギはエネルギー価格だ。

鉄は産業のコメ

 ピッツバーグにUSSの本社があるのには理由がある。ラストベルト(錆びついた地帯)と呼ばれる、かつて鉄鋼業が栄えた地域だった。錆びついた地帯の中でもピッツバーグは産業転換に成功し、今は医療と教育が街を支えている。産業転換後には米国で最も住みやすい街に選出されたこともある。

 ピッツバーグは2本の川が合流し、ミシシッピ川の支流にあたるオハイオ川になる地点だ。かつて、ピッツバーグを舞台にした邦題「スリーリバーズ」と呼ばれるブルース・ウィリス主演の映画があった。スリーリバーズが地域を象徴している。

 米国では、鉄鉱石、石炭などのバルク物と呼ばれる貨物を輸送するには、艀(はしけ)が輸送コストの面から鉄道よりも有利だ。そのため、川を利用し鉄鉱石、石炭を輸送するため、輸送に便利な川沿いに製鉄所が建設された。今も、ピッツバーグ近郊の川沿いには製鉄所の跡がある。

 日本製鉄はUSSの買収を昨年12月に提案した。今年4月にはUSS株主も買収に同意した。企業間で合意がなされても、米鉄鋼労働組合(USW)は反対し、バイデン大統領、ハリス副大統領もトランプ前大統領も反対の立場だ。

 買収反対の立場が鉄鋼産業で働く人たちと多くの有権者の気持ちを掴むとの大統領選候補者の読みだろう。

 かつて「鉄は国家なり」とも呼ばれた。米国を象徴する鉄鋼企業が外資に買われることへの反発もあるだろう。

 「鉄は産業のコメ」でもある。鉄がなければ、自動車も、ビルも、橋も作れない。日本も第二次世界大戦直後傾斜生産政策を採用し、鉄と当時のエネルギーの中心だった石炭に生産資源を集中した。

 米国内に反対の声はあるが、買収によりUSSと日本製鉄の米国事業は脱炭素の時代に発展するのではないか。私たちが脱炭素の時代に心配しなければいけないのは日本国内の鉄鋼産業の将来だ。

日本製鉄のUSS買収の経緯

 日本製鉄がUSS買収を発表したのは、23年12月だった。それからの経緯を簡単に以下にまとめた。

23年12月18日 日本製鉄とUSSは、日本製鉄がUSSを141億ドル(負債を含めると149億ドル〈約2兆2000億円〉)で買収することで合意したと発表した。一株の購入価格は12月15日の価格39.33ドルを約40%上回る55ドルだった。この報道によりUSSの株価は49.59ドルに高騰した。