加えて、トランプは自分が大統領に返り咲いたら、体外受精について政府か保険会社が費用を負担すると表明したが、支持基盤の1つであるキリスト教右派から批判を浴びた。彼らは、体外受精の過程で、人間とみなす受精卵が破棄されることに否定的な考えを示しているからだ。
とはいうものの、キリスト教右派がトランプに投票しないというシナリオは考えられない。トランプは目下、キリスト教右派からの非難に対処するよりも、9月10日の討論会で新たな票を獲得することに注力しており、討論会で生殖に関するテーマが出た場合、体外受精の費用負担を「売り」にするだろう。
ただ、キリスト教右派の他に、体外受精の負担を政府が行うという議論に対して、共和党内の「小さな政府」を支持する党員も反対するだろう。
こうしてみてくると、人工妊娠中絶の問題は、ハリスが討論会で得点を稼げる争点である。
逆にトランプは経済および移民問題でハリスに対して、アドバンテージがある。米紙ワシントン・ポスト、ABCニュースおよび調査会社イプソスの全国共同世論調査(8月9~13日実施)によれば、ハリスに対してトランプは信頼度において、経済で9ポイント、移民問題で10ポイントの差をつけている。
トランプは討論会で、富裕層と大企業を対象に減税措置を行うと約束するだろう。法人税率を現在の21%から15%まで引き下げると言う。化石燃料を「掘って、掘って、掘りまくれ」と語気を強めて語り、関連の雇用を創出し、エネルギーコストを引き下げると強調する。また、選挙集会の度に支持者に訴えているように、ハリスの父親はマルクス主義の経済学者だと批判することも忘れないだろう。
一方、ハリスは討論会で年収40万ドル(約5800万円、1ドル=145円で換算、以下同様)未満の世帯に対して増税しないと約束し、代わりに高所得世帯と大企業の税率を引き上げると述べる。トランプとは対照的に、ハリスは法人税率を現在の21%から28%に引き上げる。
また、ハリスは食料品価格の高騰や住宅価格など生活に直結した問題に着目し、食料品を扱う企業による便乗値上げの規制、初めて持ち家を購入する際の頭金支援(最大2万5000ドル、約362万円)および、新しく子供が生まれた家庭へ6000ドル(約87万円)の税控除などの経済政策を強調して、中流階級に向けたメッセージを発信する。
さらに、ハリスは、保守派のシンクタンク「ヘリテージ財団」の「プロジェクト2025」は、トランプの元側近等が中心となって作成した第2次トランプ政権の青写真であり、富裕層に減税を行い、中流階級に増税をすると警告を発して、ここでも中流階級重視の討論をする。
移民問題ではトランプは、米国内における不法移民による「移民犯罪」に言及し、バイデンとハリスの責任だと責める。また、ベネズエラは犯罪者を米国に送っているので、自国内での犯罪率が低下したと議論して、バイデンとハリスの移民政策が機能していないと批判する。
その上で、バイデンとハリスによってメキシコとの「国境の壁」建設は邪魔されたと非難して、壁の完成の必要性を強く訴える。
対してハリスは、西部カリフォルニア州での司法長官時代に、メキシコとの国境を越えて不法に米国に入国した麻薬の密輸組織や人身売買の組織のメンバーを起訴した経験を全面的に押し出して、国境問題にタフな「大統領ハリス」を演出する。
さらに、今年、超党派で合意にこぎ着けた「国境管理強化法案」を、トランプが共和党議員に圧力をかけて葬った事実を非難し、国境の状況が改善しない責任は、実はトランプにあるという議論を展開する。