米国では大統領選挙におけるテレビ討論会は、一大イベントである。民主・共和両陣営共に支持者が集まって視聴する「ディベート・ウォッチ・パーティー」なるものが、全米のそこここでのレストランやバー、支持者の自宅などで開かれる。筆者が大統領選挙運動におけるコミュニケーションを研究するためにオバマ陣営に参加したとき、そのパーティーの1つに出席した。
パーティー会場では、大統領候補同士の討論会から気がそれないように、工夫されたビンゴゲームが行われた。バラク・オバマ候補(当時)が、選挙戦で訴えてきたキーワードが印刷されたカードが配布された。例えば、「変化」「希望」「前進」「オバマケアー(手ごろな医療保険)」「ドリーマー(親に連れられて不法に米国に入国し、長期滞在が許可された子供)」などの文字が印刷されており、オバマがテレビ画面でこれらのキーワードに言及すると、そのキーワードの文字を押して穴をあける。
会場は「リーチ!」や「ビンゴ!」と叫ぶ支持者で盛り上がった。伝統的な米大統領選挙の「お祭り」と、選挙における一体感を醸成するものであると、筆者は興味深く観察していた。
現在、ハリス陣営は激戦州7州を中心に、ディベート・ウォッチ・パーティーを企画し、支持者にメールを送り、パーティーのホスト役を募集している。仮にハリス陣営がビンゴゲームを行うなら、「自由」「検察官」「重罪犯」「中流階級」「未来」「過去」「プロジェクト2025」などのキーワードがカードに印刷されるだろう。
以下では、カマラ・ハリス副大統領とドナルド・トランプ前大統領(以下、初出以外敬称および官職名略)の間で、どのような政策論争が交わされるのか、政策別に両氏の討論の展開を予想してみる。その上で、勝敗を決める要因について述べる。
その前に、今回のテレビ討論会のルールの1つである「マイク消音」に関して、ハリス陣営とトランプ陣営の間で熱い議論が交わされたので、そこからみていこう。
米有力紙ワシントン・ポストによれば、ハリス陣営はトランプが討論をしている最中も含めてマイクは常時「オン」、トランプ陣営はハリスが討論をしているときは、トランプのマイクは「オフ」を要求した。
6月27日に行われたジョー・バイデン大統領とトランプのテレビ討論会では、バイデン陣営はバイデンが発言をしているとき、トランプが介入をしないようにマイクを「オフ」にするように提案したのに対して、今回、ハリス陣営は逆の立場をとったのだ。一体、どのような狙いがハリス陣営とトランプ陣営にあったのだろうか。
ハリス陣営はハリスが討論をしているとき、トランプが発言をして妨害をすれば、有権者に対して「トランプは大統領らしくない」という印象を与えることができる。2020年米大統領選挙における副大統領候補同士のテレビ討論会において、マイク・ペンス副大統領(当時)がハリスの発言の最中に割り込むと、ハリスがペンスに顔を向けて「今、私が発言しています」と言い返す場面があった。この場面が繰り返し放送され、ペンスは副大統領らしく振る舞わなかったという印象を有権者に与えてしまった。
トランプはマイクの消音に関して、「どちらでもよい」と述べたが、トランプ陣営はトランプが90分間、政策論争に徹することができるとは考えていないだろう。必ずハリスに対する誹謗中傷が飛び出すとみているのだ。
故に、トランプを大統領らしく見せるために、ハリスが議論している間はマイクをオフにした状態にする必要がある。ハリスが意見を述べているとき、例えば「違う!違う!違う!(Wrong!Wrong! Wrong!)」というような内容を否定するトランプの言葉をマイクが拾えば、選挙の勝敗の鍵を握る無党派層や郊外に住む女性有権者は、大統領らしく振る舞うことができないトランプに対して、好印象を確実に持たないだろう。裏返せば、ハリス陣営はマイクを常時「オン」にして、ハリスの発言中の彼女に対するトランプのルールを無視する否定的な言葉を有権者に聞かせたいのだ。