成績が振るわない、メンバーが互いに無関心でいっさい協力し合わない、仕事を作業と思っており楽しそうに働いていない、離職者が多く人の入れ替わりが激しい……。これらは日本の多くの職場で見られる光景です。こうした環境に疲弊し、働くことに希望を見出だせない人が増えています。
この絶望的な状況を変えられる唯一の方法が「チームづくり」です。チームづくりがうまくいけば、すべてが劇的に変わります。部下も会社もあなた自身もラクにする、チームづくりのノウハウを指南します。
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部下に仕事を教えようとしたところ「また仕事が増えるのか……」とでも言いたげに、嫌そうにされてしまう。他部署に作業を頼めば「仕事を増やさないでください」と突き返される。
組織で働いてると、そんな気分の悪くなるやりとりが起きたりするものです。では、どうすれば、指導したりお願いしたりできるようになるのでしょうか。
中学校の教員で、陸上で何人も全国大会に送りだし、日本一に輝いた選手が13人と、ものすごい実績を持つ原田隆史先生は、指導やお願いをする際に大事なのは、相手の心のコップの向きだと言います。心のコップの向きとは、教わる側が、教える側のアドバイスや指導を受け入れる気持ちがあるかどうかを表しています。
指導することは、コップに水を注ぐイメージです。コップが上を向いていれば、言っていることを受け入れるので、どんどん水が溜まっていきます。ところが、コップが下を向いていると、どれだけ水を注いでもこぼれ落ちてまったく溜まっていきません。
相手の心のコップが下を向いているにもかかわらず、水を注ぎ続けるような指導をしていませんか? というのが原田先生の問いです。
このように問われると、私はドキッとしてしまいます。部下に対して、もっとこうしてほしい、ああしてほしいと指示を出していたとき、部下の心のコップは上を向いていただろうか……。そう思い返しみると、私はそんなことに気を配っていませんでした。当然部下は私のアドバイスを聞き流し、対して私は「なぜ言われたとおりにやらないんだ!」と部下に詰め寄るハメに……。
心のコップが下を向いているなら、指導やお願いをしてはいけません。心のコップを上に向けることに注力すべきなのです。
このメカニズムを学術的に証明したのが、元マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「組織の成功循環モデル」です。組織は結果を出さなくてはなりません。しかし、結果だけを追うとかえって結果が出ない。なので、結果ではなく関係性の改善から着手すべきだ、というのがこのモデルの主張です。以下の図をご覧ください。
「関係の質」「思考の質」「行動の質」「結果の質」という4つからなるこの図には、グッドサイクルとバッドサイクルがあります。バッドサイクルは結果の質から始めます。しかし、いきなり結果を求めると対立が起き、メンバー間で押しつけや命令が横行するようになり、関係の質が低下します。
関係の質が悪化すると、仕事がつまらないと感じるようになり、思考の質が低下してメンバーは考えることをやめます。受け身なので自発的に行動しなくなり、行動の質が下がる。行動の質が低下すれば、結果の質まで下がるという悪循環が起きるというわけです。
それに対して、グッドサイクルは関係の質を高めることから始めます。関係の質を高めるとは、相互理解を深め、お互いを尊重し、一緒に考えることです。
ここから始めると、仕事は押しつけられたものでなく、面白いものだと感じるようになり、思考の質が向上します。自分で考え、自発的に行動するようになるので行動の質が上がります。それにより結果の質が上がり、達成感が得られて関係の質が高まります。
関係の質を大事にせずに結果の質だけを求めると、逆に結果が出なくなるというのがこの理論の面白いところです。関係の質とは、まさに心のコップと同じことです。
皆さんは、結果の質と関係の質、どちらを優先しているでしょうか? 過去の上司を思い浮かべてください。尊敬している上司もいれば、あまり尊敬できない上司もいると思います。関係の質が低い上司から仕事を依頼されるのと、高い上司から依頼されるのとでは、同じ内容・同じ言い回しだったとしても受け取り方が違うのではないでしょうか。仕事は「何を」するかよりも、「誰と」するかのほうが大事なのです。
じつは、この「組織の成功循環モデル」には注意すべき点があります。関係の質を重視するあまり、「仲良しクラブ」になる危険性があるのです。リーダーが真っ先に結果の質を求めてしまうと、チームがバッドサイクルに入るというのはそのとおりですが、だからといって関係の質を重視してしまうと、リーダーは部下に迎合し、ご機嫌とりになりかねません。
では、どうすればいいのか。
私は、チームづくりの現場をいくつも見るなかで、結果の質と関係の質の間にもう1つ重要な「質」がひそんでいると考えるようになりました。それが「目標の質」です。この目標の質を組織の成功循環モデルに組みこむことで、「仲良しクラブ」に陥る危険を取り除けると考えています。では、目標の質を入れた組織の成功循環モデルを見てみましょう。
スタートは、目標の質からです。最初に関係性を高めようとすると部下に迎合する形になりがちですが、目標を掲げることで、「目標ベースのコミュニケーション」をとることになります。ここで、関係性ベースのコミュニケーションと、目標ベースのコミュニケーションの違いを整理しておきましょう。
・関係性ベースのコミュニケーション
メンバー間の関係性が常に優先される。結果として「言い方が気にくわない」「相性が合わない」「Aさんだけ贔屓されてる」等、些末な問題で関係性がこじれやすい。
・目標ベースのコミュニケーション
目標が大事で関係性は二の次。目標が達成できるか/できないかが重要なので、言い方・相性などは問題にならない。結果として関係性は安定しやすい。
部下は大変な仕事を振られると、愚痴・不満を言うものですが、ここで関係性ベースのコミュニケーションをとってしまうと、結果としてチームは弱体化します。
ですが、目標ベースのコミュニケーションであればそうなりません。同じ目標のために協力することで、関係の質が向上し、思考の質、行動の質が高まり、結果の質が上がるのです。関係の質を向上させるには、関係性ベースのコミュニケーションではなく、目標ベースのコミュニケーションが不可欠なのです。