目標ベースのコミュニケーションの重要性を裏づける論文があります。オーストラリアのニューサウスウェールズ大学で、組織行動学を研究するウィル・フェルプスのおこなった実験で、「腐ったリンゴの実験」というものです。フェルプスによると、チームに悪影響を与える人間は3つのタイプがあるそうです。
(1)性格の悪い人(攻撃的・反抗的)
(2)怠け者(労力を惜しむ)
(3)周りを暗くする人(愚痴・不満をいつも言う)
実験では、3つのタイプがチームのパフォーマンスをどの程度下げるのか見るために、ニックという男性が投入されました。ニックは、マーケティング戦略を立てる5~10人規模のチームに「腐ったリンゴ」として送りこまれ、3つのタイプを演じたのです。
タイプ(1)「性格の悪い人」では、会議の場で常に攻撃的で反抗的な態度をとります。そんな人がいたら、意思決定にも影響があり、生産性は低くなりそうです。
タイプ(2)「怠け者」は、受けた仕事に対してこっそり手を抜き、1時間で終わる仕事をだらだらと倍の時間をかけたりします。これも生産性が落ちそうです。
タイプ(3)「周りを暗くする人」は、愚痴や不満を吐き、周りを暗くします。周囲の人のモチベーションが落ちて生産性に影響しそうです。
では、一番生産性を落としたのはどのタイプだと思いますか? じつは、驚いたことにどのタイプを送りこんでも、ほとんどの組織が、全体の生産性を約40%落としました。5人の組織で1人がまったく仕事をしなかったとしても、生産性は5分の1、つまり20%ほどしか落ちません。10人の組織なら10%ほどでしょう。ところが、腐ったリンゴが1人いるだけで、組織の生産性が約60%に低下してしまったのです。これはいったい、どういうことなのでしょうか。
腐ったリンゴの実験は、私たちに様々な示唆を与えてくれます。会議で反抗的な態度をとる、少し手を抜く、愚痴を言うといった行動は、日頃多くの人が何気なくやっていることではないでしょうか。あなたの部下も、今まさに、あなたの目の前でブスッとしたり、手を抜いたり、不満を漏らしたりしているかもしれません。
そういう人物が組織に1人いるだけで、組織全体の生産性が40%落ちるとしたら、驚くべき事実です。腐ったリンゴの実験をおこなった際、実験の企画者は、腐ったリンゴ役は上司に叱られたり、態度を咎められたりするだろうと想定していたらしいのですが、実際にはそういった叱責や改善を促すアクションはほとんど見られなかったそうです。それどころか、逆に腐ったリンゴが増えたらしいのです。これがこの実験の恐ろしいところです。
・会議で反抗的な態度をとっていると、会議が終わる頃には、同じような態度をとる人が2、3人増える
・怠ける人がいると、周囲も一緒に怠けだす
・不満や愚痴を言う人がいると、周囲も同じように誰かのせいにして不平不満をまき散らす人になる
つまり、腐ったリンゴ1人が生産性を落としているのではなく、同調する腐ったリンゴが増えて、結果的に組織全体の生産性を落としているのです。何気ない言動が組織の生産性に大打撃を与えるというのは大変恐ろしいことです。
この実験は続きがあります。じつは、ここからがさらに面白いのです。腐ったリンゴはやはり周囲に影響し、パフォーマンスを下げることがわかったのですが、なんとニックの攻撃が通じないチームがあったのです。
それは、ある1種類のタイプの人間の存在でした。腐ったリンゴを送りこんでもそのタイプの人物がいると、生産性がまったく落ちないのです。それは、どんなタイプの人物だと思いますか? 態度を指摘し、怒り、改めさせるような人でしょうか? それとも、同調して飲みに行ったりして仲良くなろうとするタイプでしょうか? それは、次のような意外なタイプの人物でした。
ニコニコ話を聞き、それでもブレずに目標に向かう人。
腐ったリンゴを無効化する人は、ニコニコと話を聞きます。目くじらを立てて指摘したりはしません。しかし、目標がブレることもないのです。
「じゃあ、どうしようか」
「ところで、どうしたら目標が達成できると思う?」
そんなふうに大変穏やかに接しながら、目標に向かい続けます。実験を担当した研究員たちは、最初その存在があまりに地味なので、なぜ腐ったリンゴが無効化されるのかわかりませんでした。
やがて研究が進むにつれて、無効化する人物が「心理的安全性」を高めることがわかってきました。なお、心理的安全性とは、「攻撃される心配がない」という状態のことです。
じつは腐ったリンゴは、組織内の攻撃性を高めていたのです。組織内の攻撃性が高まると、組織のメンバーは仕事よりも「自分を守ること」を優先するようになります。すると、弱みを指摘しても言い逃れなどの防衛策に奔走してしまい、問題が解決しない状態になるのです。
そんな中、腐ったリンゴを無効化する人物は、ニコニコと話を聞きながら、ブレずに目標に向かうことで、この組織には攻撃性がないことを示し、自分を守るよりも仕事に向かえる状態をつくりあげたのです。
いかがでしょうか? とても興味深い実験です。整理すると、関係の質を高めるには、やはり目標の質が大事であり、部下が愚痴を言ったり、反抗的な態度をとったりしても、ニコニコ話を聞き、それでもブレずに目標に向かうことが大事だということになります。