私の実家にはリリーという名前の、黒色のラブラドール・レトリーバーがいます。今は4歳で、人間の歳でいうと、だいたい30歳前後になります。私は、「大」という形容詞がいくつあっても足りないくらい、大の犬好きです。
しかし現在、仕事の関係上、地元から遠く離れて生活しているため、実家へ戻るのは月に一度程度です。大好きなリリーにも月に一度しか会えません。しかし、月一度の帰省時に必ず行っていることがあります。それはリリーのシャンプーです。リリーも楽しみにしているようで、私が実家に帰って姿を見せると、ジャンプをして体全体を使って喜びを表現し、みずからシャンプーをする場所に移動し、しっぽを振りながらお座りをして待っています。本当に可愛い犬です。
先日も実家に帰省し、いつものようにリリーのシャンプーをしました。しかし、私はシャンプーをしながら無意識に愚痴をこぼし始めました。帰省前に仕事でちょっとしたトラブルがあり、「職場でこんなことを言われた」「どうして自分があれこれしなければならないのか」など、ブツブツと独り言のように愚痴を言い始めました。
不思議なことに、愚痴をこぼし始めると止まらず、当初の仕事のトラブルのこととはまったく関係のない、嫌な過去の出来事なども思い出し、リリーの体全体をシャンプーする手の動きも雑になり、気持ちはあまり穏やかではありませんでした。
気が付けば私は無言になり、リリーのシャンプーを終えていました。きれいな水で泡を流し終え、タオルで顔をワサワサっと拭いてあげると、じっと私を見つめるリリーの優しい顔がありました。すると、リリーは急に私の顔をペロリとなめました。
その瞬間、私は、自分が愚痴を言っている間、リリーは動きもせずただずっと聞いてくれていたことに気が付きました。愚痴を言い、雑な手つきでシャンプーする私をそのまま受け止めるかのように、リリーは私の愚痴が終わるまでずっと座って私を見つめてくれていたのです。そして、ペロリと顔をなめてくれたリリーの動作は、私に「全部そのままでいいよ」「大丈夫」と言ってくれているかのようでした。まさに「全肯定」された気持ちがして、ざわざわした気持ちが少しずつ穏やかになり、落ち着きを取り戻していく感覚を覚えました。
すると、それまで気に留めていなかった風を感じ、その風で揺れる木々の葉のこすれる音などが聞こえ、まわりの景色が目に入ってくるようになったのです。心のざわつきは目や感覚を曇らせてしまうことを改めて感じました。