昨年秋のある日――1通の封書が届きました。うん? 何だろう……と手にとってみると、それは「坂東事務所内 歌舞伎役者 坂東亀三郎さん」からの招待状でした。
書面には、坂東彦三郎さんが初代坂東楽善、亀三郎さんが九代目坂東彦三郎、亀寿さんが三代目坂東亀蔵、そして亀三郎さんのご長男・坂東侑汰(ゆうた)君が、六代目坂東亀三郎として初舞台を披露する旨、さらにこれにともない「歌舞伎座・團菊祭(だんぎくさい)五月大歌舞伎」で開催する『襲名を祝う会』に出席してほしい、との旨が記されていました。日程は2017年1月28日だそうです。
「え! マジ? 僕が!?」とMAX大興奮。舞台好きな僕でありますが、歌舞伎は数えるくらいしか観たことがありません。にもかかわらず、歌舞伎役者の襲名を祝う会にお呼ばれされるなんて、キャー! ありえない! いったいどんなSTYLEの会なのだろうと興味津々ながら、変な緊張感もあり、どうしよ~どうしよ~とドキドキソワソワワクワクしてしまいました。僕、行ってもいいものかしらん?
さて、このお手紙をくださった坂東亀三郎さんと僕が知り合ったきっかけは、いま大ブレイクNOW! の歌舞伎役者・尾上松也君とのクリエイション。僕が、松也君主催の自主公演『挑む 』のポスター・パンフレットのアートディレクションをクリエイトしたのです。その松也君との出会いを作ってくれたのは、仲良しの若手フォトグラファー・網中健太君でした。
健太君からメールが届いたとき、僕は台北に長期滞在していました。SHISEIDOコスメティックブランド『Za』(アジア各国で販売しているスキンケア&メイキャップブランド、メンズスキンケアブランド)のクリエイションのためです。その日、仕事の合間の休憩タイムにマッサージを受けてリラックスしていると、彼からメールが送られてきました。
「CUEさん、僕が親しくしている尾上松也という歌舞伎役者がいるのですが、彼は4年ほど自主公演を続けていて、僕がそのビジュアル撮影を担当しています。それで、この公演をもっと盛り上げたく、CUEさんにポスターやパンフレットのアートディレクションをしていただきたいと思いまして」え! 網ちゃん、歌舞伎役者を撮影しているなんて、ギョエ~~~、すごい!
やっぱり舞台LOVE❤な僕としては、歌舞伎役者は国宝級的なスター★です。次元が違います! 日本の伝統文化を何百年も舞い、演じ、伝えてきた「選ばれし人々」という感じ。おそれ多いです。そんな歌舞伎役者のビジュアルクリエイションのオファーなんて……大大大興奮しちゃいます。ははーって感じです。
ただ正直、歌舞伎界のことはよくわかりません。演出家・野田秀樹さんが今は亡き十八代目中村勘三郎さんと新しい歌舞伎をクリエイトしたのをきっかけに、勘三郎さんの公演を何度か観に行ったことはありますが、それでも決して歌舞伎に詳しいとは言えず、実は松也君のことも知りませんでした。
その後台湾から帰国し、メールを送ってくれた網中健太君とミーティングをすることにしました。聞けば松也君の自主公演『挑む』は今年5年目を迎えるそうで、この機にイメージをガラリと変えてみたい、とのこと。う~む、なんて素晴らしきオファーでしょう。歌舞伎役者をクリエイションできるなんて、光栄です。
「ガラリと変える」ということで、まずはこれまでのポスター・パンフレットを拝見。なるほど、メッセージがわかりやすく、親しみのある雰囲気のクリエイションです。しかし……公演タイトルである『挑む』という言葉の印象と、ビジュアルに、少しズレがあるように感じます。僕はこの公演のコンセプトを、「歌舞伎に挑まんとする若き者」と捉えました。そのコンセプトに照らして従来のクリエイションを眺めると、若人らしい勢いやPower、そして意気込みのようなものがあまり感じられなかったのです。
何百年もの伝統と歴史がある、歌舞伎。当然、膨大な作品が存在しますから、ある役者がそのすべてを演じることはできません。そこで松也君たちは、自ら作品を選び、自主公演を企画し、限られた日程で稽古を重ね、本番で演じるということを行なっているわけですが、それは並大抵の努力ではないはず。まさに、己に“挑んで”いるのです。その強い意志、「やってやるぞ!」という意気込みを、日本らしく「シンプルで雅な」ビジュアルで表現したいと思いました。街でこのポスターをふと目にした人が、一目で「歌舞伎の公演だ」と理解する、そんなわかりやすいものにしたいと考えたのです。
網中君からオファーをいただくまで松也君のことを知らなかったものの、彼の歌舞伎に対する熱い姿勢に触れて、もっと多くの方に松也君や仲間たちのことを知ってほしい、そう思いました。松也君たちを「シンプルに」売っていきたい。彼らの顔、顔を売っていきたい。たくさんの人々に、知ってもらいたいと考えたのです。
そして後日、松也君ご本人にプレゼンすることに。松也君と関係者の皆さんを前に、僕は熱い思いを伝えます。「松也さんの、見得を切った強く男前で真剣マジな一瞬の表情を、ポスター1面どアップで撮影したいです! 一門の家紋が入った羽織を毅然と着用して、日本を感じさせる白・黒・赤・金のカラーのみを使い、大胆で力強いビジュアルをクリエイトさせてください!」
プレゼンを聞き終えた松也君たちは、この企画をたいへん喜んでくださり、一発OKとなりました。次はいよいよ、撮影です。