僕にとって、ミシンはディテールマシーン。洋服を創るというより、彫刻を創るように、ドローイングをするように使っています。縫う、つまり糸の線を積み重ねることで、オリジナルなディテールと質感が生まれ、面白い表情が表れるのです。
縦横にシンプルに縫い上げた糸が、細い針金のようにテキスタイル上を走り、コスチュームに不思議な立体感が生じてオリジナリティーを持つ。しかもセレクトする生地によって様々な変化を見せるので、飽きるということがありません。
たとえばフェルトなら温かみはあるが強い質感に。シースルーのように柔らかで透き通る素材なら、脱皮しようとするカゲロウのように、美しく軽やかな質感になります。
それらのコスチュームの見え方が、「人」に着られることでどのように変化するのか? さらにはその「人」が、コスチュームを身につけることでどう見えるのか?
僕はそれを見てみたいのです。衣装が人に着られるという「瞬間」、つまり「時」を、写真や映像に収めてみたいのです。コンセプチュアルなコスチュームを制作し、モデルに着せ、写真を、映像を、舞台をクリエイションする……このように、いつでも「人」を想像しながら創作に臨んでいるのです。
「着ることができるファブリック」を初めて発表したのは、東北沢にあるGallery YORIでの展覧会でした。閑静な住宅街の中の、壁一面に大きなミラーがあるコンパクトでユニークなスペースです。この場所での展覧会を打診されたとき、僕はちょうど絵画作品を発表していたところだったのですが、スペースを考えると絵画の展示は難しそう。では何にしようかと思案した結果、思いついたのです。「そうだ! 『着る』展覧会にTRYしてみよう!」と。
こうして実現された「Closet」展。コンセプトは“スペース全体を1つの試着室に見立てる”。床には真っ赤な絨毯を敷き、大きな白い衣装ダンスを用意して、僕がソーイングしたドレスやパンツなどのコスチュームを収納しました。来場者は、それらの中から気に入ったものを自由に手に取り、試着することができます。そしてその様子を、周囲の人々が見られる、というものにしました。
このイベントでとくに印象深かったのは、人々の「着てみたい!」という欲望♥です。たとえば真っ赤なワンピースを、「女性サイズだから絶対に着られないよ?」と周りから言われるのも構わずにピチピチパツンパツンで着用した男性や、制作者の僕も思いつかなかったユニークな組み合わせでコスチュームを着てみせた女性、などなど。
「『着る』っていう行為は、その人のインスピレーションによって自由に、そして無限に広がっていくんだな」
そう、自由なのです!
ちなみに僕の創るコスチュームは、体型を選びません。どなたが着ても似合うので、見るのがとても楽しみなのです。100歳で永眠した祖母にも、モデルとして登場してもらったことがありました。
さて、この展覧会「Closet」は、正の字のように末尾の「t」の字を増やしていくことを目的として継続的に実施しています。今年の1月で7回目「Closettttttt」展になりました。もちろん、タンスの引き出しの中身は毎回変わります。7回目のモデルビジュアルには、人気モデル・萬波ユカさんを起用し、魅力的なクローゼットガールになっていただきました。
その後、あるご縁から、京都にあるテキスタイル専門の「Gallery Gallery」より展覧会の話をいただきます。京都の現代アートギャラリーが複数集まっての合同企画で、東京からのクリエイターは僕だけでした。
THE 京都――古くから文化が栄え、毎年、世界中から大勢の人が訪れる美の古都です。せっかくそのような土地での展示チャンスをいただいたのですから、前々から制作したいと考えていた「大作」をプレゼンすることにしました。
THE 着物――日本の美を歴史とともに飾ってきた、着物。春夏秋冬、四季折々……多彩な絵柄と色彩がまことに雅であります。僕はこの着物をたくさん集めて1つのビッグコスチュームを創り、空間いっぱいにインスタレーション展示したいと考えました。そうすることで「日本の伝統美を現代に再構築できる」と思ったのです。この展覧会のタイトルは、『衣殖』としました。
展覧会の準備は、膨大な量の着物を集めることからスタート。知人を頼り、京都の方からたくさん譲っていただきました。次に、集めた着物を反物に戻します。これがもっとも大変な工程でした。着物から糸を抜くのですが、いずれも古い物のため、非常にデリケートな作業なのです。とても1人ではできず、大勢の学生に手伝ってもらって、何とか終わらせることができました。
こうして糸を外した生地を並べ合わせ、柄や色の配置を考えてディテールをソーイングしていきます。縫うことで、バラバラだった絵柄が交差し、1つの絵画のようなコスチュームへと生まれ変わりました。
この作品は、京都、銀座、そして海を渡って台湾でも発表することに。さらには女優・壇れいさんの写真集『Ray』でも、ご本人に着ていただきました。
昨年9月には、知り合いの雅楽師とコラボレートした展覧会も行ないました。彼らとは何度か一緒に“創る”試みをしてきましたが、これまでは、彼らの衣装はあくまで「伝統的な」装束でした。
ところが今回、僕は「彼らにオリジナルコスチュームを着て演奏してもらいたい!」という衝動に駆られてしまったのです。でも、雅楽師の伝統装束は非常にユニークな美しさがあって、真っ向勝負ではどんなことをしても敵わない。そう思った僕は、自分なりの品位と現代的なPOPさを融合させることにしました。
雅楽の篳篥(ひちりき)・笙(しょう)・龍笛(りゅうてき)……奏者の男女(男性2名・女性1名)のバランスを考えて、コスチュームのカラートーンは表を蛍光ピンク・イエロー・グリーン、裏をそれぞれパープル・ブラック・シルバーとしました。会場となるホワイトキューブの空間には、メインの壁面に、細かく縫い合わせた大きな幕を展示しました。奏者の3人は、この巨大な幕をバックに、優雅な音楽を奏でてくれました。
2回限定のこのパフォーマンスはたいへんな人気を博し、お客様が会場に入りきれないほどの盛況ぶり。本当に素晴らしいパフォーマンスで、クリエイターとして携われたことを今でも誇りに思っています。楽器を奏でる方とは、これからもいろんな形で一緒にクリエイションしたい! 今とくに気になるのは、琴奏者の方とのコラボレーションです。ずーっと前から温めているアイデアがあるのです。