そうはいっても、ビジネス書や実用書のような、やや専門性のある分野の作家がフツーの人になったのは、比較的最近のことだ。70年代以前の出版界では、原稿は大先生から押しいただくものであった。そのころには、まだビジネス書という分野はなかったため、ビジネス書は法経書というくくりであったり、経営書という位置づけにあった。このころの作家は、前にも触れたが、大学教授や有名シンクタンクの「先生」ばかりだったのである。
出版社は大先生の原稿をいただき、本にさせていただく立場である。「こんな原稿じゃ読者がついてきてくれませんよ」などとは、口が裂けてもいえなかった。こうした作家主導の出版が、企画主導の出版に変わっていく先鞭(せんべん)をつけたのは、この連載で何度も紹介している、光文社のカッパブックスをつくった神吉晴夫氏である。
今日のビジネス書の編集スタイルは、カッパブックスの成功から始まっている。ビジネス書の出版というのは、80年代以降、大先生の専売特許からフツーの人の表現手段へと進化したのである。しかし、いまや出版の市場規模は、神吉氏の時代から半減してしまった。斜陽産業となった出版界では、企画主導から再び作家の名前に頼る傾向に拍車がかかっている。最近の出版界は、むしろ神吉氏以前の時代へ先祖がえりしているように見える。このような状況下では、フツーの人が作家デビューするハードルは高くなる一方だ。
本を出せば、必ず読者をつかめそうな人でも、チャンスに恵まれないことのほうが多い。実力があればいつか世間は認めるものだという譬(たと)えに「嚢中(のうちゅう)の錐(きり)は自ずから頭角を現す」ということわざがあるが、袋の皮は厚くなるばかりで、錐も頭角を出しようがないというのが現状である。