CHANGE(変化)という英語は、GがCに変わることでCHANCE(チャンス)という単語に変わる。CHANGEのGをよくよく見ると、Gの右下には小さなTが隠れていることがわかる。このTとは、THREAT(脅威)のTだ。つまり、変わることに対する脅えであるTを除くことによって、そこにはCHANCE(チャンス)が生まれるのである。小さなTを除く勇気によって、変化をチャンスにすることができるのだ。
人には、本質的に変化を嫌う保守的な傾向がある。「変わる」とは、未経験の世界に踏み込むことであり、未知の領域に人は恐怖を感じる。未知の世界にはチャンスもあるが、リスクもあるからだ。未知の領域にあるチャンスを見る人は変化を恐れないが、リスクにばかり注目する人は変化を恐れ現状維持に走ることになる。そこには成長も発展もあり得ない。
変化を恐れ、そのために自滅する有名な例え話に「ゆでガエル症候群」がある。水の中にいるカエルは、徐々に水温を上げると「まだ大丈夫なんじゃないか、外に出るのはもう少し待ったほうがよいのではないか」と変化に目をそむけ現状維持を選び、結果として外に飛び出すタイミングを逸してゆで上がってしまうということだ。未知の領域に踏み込むことにリスクがあるのは否定できないが、その場に留まることにも、もっと大きなリスクがあることをトップは心得ておくべきである。
変わることを妨げる要因のもうひとつは、過去の成功である。英語には“Revenge of Success(成功の復讐)”という言葉がある。「将来の成功を妨げる最大の敵は過去の成功である」という格言の通り、人は過去の成功体験から得た手法を繰り返し使おうとする。実績があるからだ。しかし、過去に成功した手法が将来も通用するとは限らない。過去と現在及び将来では、市場の状況を含む経営を取り巻く環境が大きく異なってくる。状況が変わった中で、同じ手法が通用すると考えるのは愚の骨頂だが、人は往々にして愚かな選択をするものである。
過去の成功にこだわれば未来を失うことになるのだが、過去の成功を捨てることは難しい。
だが、過去の成功体験を躊躇なく捨てて、今日なお成長を続けている企業もある。たとえば、孫正義氏率いるソフトバンクもそのひとつといえよう。外形的に見れば、ソフトバンクは創業から間もないころはソフト制作会社だった。その後、ソフトの総合商社へ移行し、外形的にはパソコン雑誌の出版社だった時代もある。やがてインターネットの登場とともに情報通信会社へと変わり、いまは携帯電話会社である。会社の本質的な幹は変わっていないが、ビジネスの主力は、過去の成功体験にこだわらず積極的に変わり続けている。そして、これからも変わり続けるだろう。
激変する産業社会の中でも、最大の激変業界であるITの世界で、変化を恐れる「ゆでガエル」では、到底生き残ることはできない。まして、勝ち続けるためには、あえて成功体験を「捨てる勇気」が求められるのである。Learn(学ぶ)と同時にUnlearn(不要となった過去の学びを捨てる)ことができなければならない。
変化をチャンスと捉えるマインド、過去の成功体験にこだわらず変わる勇気、トップの心構えとしては、これである程度の準備は整ったといえよう。しかし、これだけでは目まぐるしく変わる現代社会の中では、変化の渦に飲み込まれかねない。変化の奴隷とならずに、変化の渦中にあっても主体性を失わないためには、もうひとつ肝心要の必要条件がある。それは「理念」と「信条」である。
会社は何のためにあるのか、何をするために経営するのかという会社の根本を支える理念や信条が、変化に対応する最大の力となるのだ。理念・信条という軸を持たないまま変化に対応しようとすれば、混乱と崩壊を招く。理念・信条とは、会社は何のためにあるのかという、会社を経営するうえでの大きな目的、いわば大義や志のことである。それに対し、変化とは目的を果たすための手段に過ぎない。目的が定かでないまま、変化という手段だけが拡大して先行していけば、社員も不安に陥り空中分解することは必至だ。
理念・信条を見失ったまま、環境の変化に対応するため徒に業域、業容を拡大したのが、昭和の時代に日本を代表する企業と言われたカネボウであり、日本の航空業界でナショナル・フラッグ・キャリアであった旧日本航空であり、流通業界のカリスマ故中内功氏がつくったダイエーである。
一方、不変の理念を柱に、セラミックメーカーからさまざまな業種に変化対応したのが、日本航空を立て直した稲盛和夫氏が率いる京セラであり、繊維メーカーからカーボン素材という新しいジャンルでトップを走る東レであり、写真用フイルムのトップメーカーから化粧品、医療分野等に活路を見出している富士フイルムである。理念・信条は社会や事業環境が変わっても、決して変わることのない不変のものなのだ。
不変の理念・信条が変化に対応する大きな力の一本目の柱であるなら、二本目の柱は「普遍の原理原則」である。激しい変化の渦に飲み込まれず、変化をさらなる飛躍の好機とするには、「不変」と「普遍」の二本柱が必要なのである。松尾芭蕉の言葉に「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」というものがある。不易とは「原理原則」のことだ。
時代が変われば自ら変わらなければならないが、徒に変化を追うばかりでは、原理原則が失われてしまう。それでは本末転倒だ。大本である原理原則が成り立たないのに、企業もビジネスも成り立つ道理はない。会社が勝ち残るためには「変わる勇気」が必要であるとともに「変えない勇気」も、また必要なのである。それが、変化をビジネスチャンスとするための最大の力となるのだ。
次回に続く