経営とは、選択と集中が原則である。なぜなら、いかなる大企業といえども「我が社の経営資源は無尽蔵にあります」ということはないからだ。「ヒト・モノ・カネ・時間・情報」などの経営資源には限りがある。限られた経営資源を最適配分するのが、トップの腕のみせどころであることはいうまでもない。そして、経営資源の最適配分を行ううえで、肝心なのが「捨てる力」である。どこにどれだけ経営資源を配分するかの前に、何をやらないかを決めること、即ち、「捨象」や「廃棄」が大事なのだ。
「一利を興すは一害を除くに如かず。一事をふやすは一事をへらすに如かず」(耶律楚材・モンゴル帝国チンギス・カンの側近)という。優先順位ではなく、劣後順位を決めてきちんと実行。選択と集中の肝は捨象である。
ピーター・ドラッカーも、優先順位を決めるためにやらなくてはならないことは「なすべきでないことの決定」であると指摘している。
しかし、同時にそれが難しい決定であることも付け加えている。優先順位を決める場合、優先順位の下位にあるものは、先送り、後回しにすることになるが、劣後順位を決定するということは、劣後順位の上位にあるもの(最も重要度の低いもの)は、それを思い切って捨てるということを意味する。「メリハリ」のない経営はダメ経営なのだ。
一度捨てられたものは、ほとんど復活の見込みはない。いざ捨てるとなると、本当にそれでよいか不安や迷いが生じるものだ。したがって、劣後順位を決めるのには「捨てる勇気」が必要となる。捨てる勇気がない、すなわち劣後順位を決めずにいるということは、あまり企業の業績に対する貢献度の高くないことに貴重な経営資源を無駄使いするか、その案件を先送りすることとなる。先送りのたなざらしであっても、存在する以上は管理コストが生じる。それでは、限られた経営資源をいたずらに費消することとなり、選択と集中は単なるお題目に終わってしまう。
劣後順位の決定でも、戦略レベルの大きな決定はトップしか決断できない。トップが捨てる決断をしなければ、社員は現場レベルの小さな劣後順位の決定さえなかなか決めることができない。経営は常に「隗より始めよ」なのである。トップに「捨てる力」がない会社は、現場にも不要不急の案件がいつまでも宙ぶらりんになったまま存在し、現場の足手まといとなり、本来やるべきことに社員の力が集中できない。そこには本末転倒が生じる。これでは、望ましい結果が出るほうが不思議といえる。
強い会社を創るためには、トップには「捨てる力」が必要なのである。
劣後順位を決めるにあたっては、上のマトリックスを使うとよい。縦軸はその仕事の緊急度、すなわち、すぐにやらなければいけないことか、時間的にはまだ余裕があることなのかということである。横軸は、その仕事が会社の業績に対して与える重要度である。今すぐにやらなければ、会社の存続にかかわるというような仕事は、当然、緊急度も高く劣後順位を決める重要度も高い。
我が社の持てる経営資源をすべて投入してでもやるべき仕事が、Aランクの仕事である。優先順位トップの仕事といえよう。問答無用で実行するべき仕事である。“〇〇までに”と納期の決まっている大口の注文は、何を差し置いても果たさなければならない。Bランクの仕事は、例えば法制度が変わって対応を余儀なくされているが、施行までには若干の衆知期間が設けられているというような、重要度は高いが緊急度は低い仕事である。必ずやらなければならないことだが、時間的に余裕があるためBランクに位置づけられる。企業理念の策定などもBに置いてよいだろう。
Cランクに位置するのは、近くまで来たからと、突然来社されたお客さまへの対応など、放っておくことはできないが、それほど重要度の高くないことだ。Cランクの仕事は、とりあえず着手・着目しておくべきことに相当する仕事だ。そして、緊急度も低ければ、重要度も低いというDランクの仕事が、劣後順位の上位に位置する「捨てるべき仕事」である。何を捨てるべきで、何を優先するべきかに迷ったときには、このマトリックスに当てはめてみれば、仕分け作業が可能なはずだ。
ただし、一度仕分けしたからといって、放置すれば時間の経過をともに劣化が進むということを忘れてはならない。特にBは、時間の経過とともに状況が変わる。法制度などの制度変更では、締め切りが近づき(BからAへ移行)待ったなしとなる。技術革新などにより、パラダイムシフトが起こった場合には、導入を計画していた設備がDの捨てるべきことに移ってしまうこともある。経営でチェックは欠かすことのできないプロセスだが、劣後順位の決定でもときおりチェックして、“状況の変化に応じて変更する”必要がある。