私の部下に優秀な部長がいた。あるとき彼が新規事業のプランを取締役会へ上げてきた。計画書には、この事業が成功間違いなしの有望なものであることが、さまざまなデータを駆使して説明されていた。立案者である部長は自信満々である。しかし、私はすぐには賛成しなかった。
計画に対する検証が甘すぎるという点もさることながら、最も気に入らなかったのは、立案者の部長が実行責任者ではなかったことだ。計画立案者と実行責任者が異なることは珍しいことではないが、彼の計画に対する検証の甘さは、彼自身が実行責任者ではないことにあると私は見たのである。
立案者が、計画だけして後は高みの見物では、現場で動く人間は本腰を据えて本気でやろうという気持ちにはならない。人は理論によって説得されるが、感情が伴わなければ動かないものだ。現場の行動を促す要素のない計画では、新規事業の失敗は火を見るよりも明らかだ。計画するだけの無責任プランを許すことはできない。
そこで私は新規事業の計画を承認する条件に、その部長が実行責任者を務め、自ら実行責任と結果責任を負うことを命じた。立案者の部長は、自ら発案した事業プランであるから、いまさら撤回するわけにもいかず、新規事業の責任者として現場に降りて行った。現場に降りた以上、部長自身が現場に働きかけ、現場に動いてもらわなければ計画の達成の目途は立たない。根は優秀な人間であるから、彼はそこから現場の社員が主体的、積極的に動き出すような仕組みを真剣に考え始めた。
新規事業で増収した時の社員に対する利益の還元、チームワークの機能性を上げるための情報共有システム、マイナス情報を速やかに把握するための「即報告すれば罪不問」など、現場が動きやすいよういくつかの施策をいち早く取り入れた。彼は、こうして現場と一体になることで、自身の立案した新規事業を無事に日の目が見られる段階にまで成長させることができたのである。
計画、行動、見直し、この一連の流れがPLAN(計画)、DO(行動)、CHECK(チェック)、通称PDCといわれるものだ。よく言われることだが、たいていの会社はP(計画)とD(行動)まではやっているが、C(チェック)がきちんとできている会社は意外に少ない。チェックのないPDCは、その場でくるくると回転するだけの「二十日鼠(はつかねずみ)のPDCサイクル」である。
正しいPDCサイクルとは、PDCが一回転するたびにレベルアップしていくサイクルである。私はこれを「昇り龍のPDCサイクル」といっている。 正しい計画とは、この昇り龍のPDCサイクルが回り続ける計画でなければならない。では、昇り龍のPDCサイクルとは、どういうことか。
PDCの一回転目でのチェック(評価と見直し)した結果は、改善となって二回転目のスタートである計画に反映される。PDCの二回転目のチェックは、三回転目の計画に反映される。昇り龍のPDCサイクルのPLAN(計画)は、一回転ごとにレベルアップすることが前提なのである。この計画のレベルアップを繰り返すことによって、PDCは「昇り龍のPDCサイクル」となるのだ。
PDCを「PDCA」と呼ぶ人もいる。Aはアクション、すなわち改善のことだ。私はPDCのC(チェック)の中にA(改善)が含まれていると考えている。ほとんどの会社のPDCAは「(P)パソコンと(D)電話で話をして(C)チェックはせずに(A)後はよろしく」で終っている。見事(?)なまでの「二十日鼠のサイクル」である。
ある経営者が老舗の商社の経営再建に挑んだ。まだ若い経営者だったが、再建に取り組んだのは光学器械の専門商社である。会社更生法が適用された商社には管財人が入り、管財人から経営再建を依頼されたのだ。少年時代、天文観測や撮影が趣味だった経営者にとっては、この光学機械の専門商社は思い入れのある会社だった。
彼は自分の会社では、社員を巻き込んだ全員経営で業績を上げていた。経営の根本である理念・目標・戦略以外の戦術に関しては、現場に最大限の権限を与え、部署ごとの計画や目標管理は社員に任せていた。彼は商社の再建でも、自分の会社と同じやり方を行うことにした。目標は二年以内の黒字転換である。
現場はその目標を達成するために、各部署で計画を立てた。会社としてのチェックは四半期ごとに行った。最初の三ヵ月では、四半期目標に対する達成率は40%、このままでは年度の目標達成は著しく困難である。だが、再建を担当する若い経営者は40%できたことに注目した。達成率わずか40%とはいえ、昨年まではやっていなかった、自分たちの手で計画し実行した結果である。数字は大幅に足りないが、これも成果の一部だ。
「これだけできたのだから、次の四半期は達成率を倍にしよう」。経営者の言葉に鼓舞され、社員たちはどうすれば40%を80%にできるか、何かやっていないこと、できるのにやらなかったことはないか、各自で徹底的に業務を洗い直した。評価と見直しを徹底して、改善点を探したのである。そして、その改善点を次の四半期の計画に反映した。
第2四半期の達成率は60%だった。まだ足りない。改善はさらに進んだ。第3四半期は100%、第4四半期はついに118%になった。年度の達成率としては74.5%にまで上げてきた。社員もPDCサイクルを続けているうちに、改善が板についてくる。すると計画の精度も高くなる。達成率はPDCサイクルを重ねるごとに上がっていった。結果、再建会社の黒字化を一年半後に見事達成することができた。
彼は、その成果を現場の力だと社員を賞賛していた。社員が評価、学習、反省、改善を重ねて練り上げた計画は、社員にとっても我が子同然、「自分の計画」である。自分自身で苦心を重ねて作った計画は、だれしも何とかして計画通りの結果を出そうと力を尽くすものだ。自然と達成率も上がる。これも「昇り龍のPDCサイクル」が回り続ける計画の効果である。
読者の会社(部門)にも、是非昇り龍のPDCサイクルを回して欲しいものである。
次回に続く