個人に夢があるように、会社にも夢がある。夢のある会社は夢のある社員がつくる。
夢をかなえるための方法論は、基本的に個人も会社も変わりなく、夢を目標にすることである。公式も<目標=夢+時限設定+行動計画>がそのままあてはまる。ただし、会社という集団の夢をかなえるための方法論では、そのプロセスに要素がもうひとつ加わる。それは夢を社長だけの夢とせず、社員と共有することである。社員と夢を共有することができる力、それがトップの夢をかなえる力である。
全社員が夢を共有している組織は強い。夢や、その夢を実現するための目標を共有している組織は、社員全員のベクトルが一致している。ベクトルが一致しているということは、個々の社員の力が一定方向に集中しているということだ。ベクトルの一致した組織には強い突破力が備わる。さらに社長と社員が夢を共有している会社は、逆境になっても強い復元力を発揮する。会社の夢が自分の夢という社員は、ピンチになっても簡単にギブアップなどしない。夢をあきらめないことで、組織はタフになる。
また、会社の夢が自分の夢という社員は、苦労もまた自分の夢のためと思えるので、心に負担を覚えることなく、むしろ苦労を楽しむことさえできる。全員が夢を共有することは、会社の夢を実現するうえで大きな力となり、強い推進力となるのである。夢が社長個人だけの夢に終わったケースと、社員全員が共有する夢にしたケースを見てみよう。
2つとも自動車づくりに一生をかけた経営者のケースだ。前者はヘンリー・フォード、フォード自動車の創設者である。後者は本田宗一郎、ホンダの創設者だ。両者とも歴史に名を残した名経営者であるが、夢の共有という点では対照的でもあった。
フォードの夢はだれもが自動車を利用する社会の実現であり、そのために安価で品質の安定した自動車を大量生産することであった。ベルトコンベアの単純流れ作業、いわゆるフォードシステムを生産現場に導入したのも、平均的な労働者が誰でも手に入れることのできる安価な大衆車をつくるというフォード自身の夢を追求した結果である。恐らくフォードの工場に働くほとんどの労働者は、フォードの夢のことなど知らぬまま、指示された単純作業をこなすだけだっただろう。
一方、ホンダでは全く趣が異なっていた。工場内では朝から社長の本田宗一郎がミカン箱の上に乗って、世界一の自動車をつくるという自身の夢を社員に向かって声高に語っていた。ホンダがはじめて世界最高峰のオートバイレースに参加するときも、社長の壮大な夢に社員が共鳴した。社長の夢とは、世界最高峰のレースで優勝するというものだった。この時ホンダの業績は最悪だったにもかかわらずである。
大衆車をつくるために現場の人間に期待せず、徹底的にシステムを追求したフォードは、その後T型フォードという大衆車によって、アメリカをモータリゼーション社会に変えた。社員と夢を共有した本田宗一郎は、実際に二輪の世界最高峰レースで優勝し、四輪の世界でも世界最高峰のF1レースで何度も優勝を果たしている。
仕事はチームでやるものである。一人の力より複数の力のほうが強い。夢の実現をよろこぶにしても、一人でよろこぶよりも大勢のほうがよろこびは大きい。ただし、複数の力は同じ方向に結集していなければ、エネルギーが相殺されてしまい、かえって力を減衰させてしまう。そのために夢の共有が必要なのである。では、夢の共有のためにトップは何をすればよいか。それは熱っぽく自分の言葉で夢を語ることである。そのとき注意しなければいけないのは、わかりやすさだ。「世界一の自動車をつくる」「世界最高峰のレースで優勝する」というのは、誰が聞いてもわかりやすい。
ボーイング社は世界で最初にジェット旅客機をつくった会社である。ボーイング社はB29に見られるように、軍用機、それも爆撃機のメーカーだった。空軍の注文は安定している。経営的には、ボーイング社は無理して旅客機をつくる理由はなかった。にもかかわらずジェット旅客機に取り組んだのは、世界初のジェット旅客機をつくりたいというトップの夢からである。
トップの夢は会社の夢でもある。トップは会社の夢を製造現場の社員たちの夢とするべく、スローガンを掲げた。「世界初のジェット旅客機をつくる」がそれだ。世界初のジェット旅客機をつくるという夢は、製造現場の社員にもよくわかり、そのフロンティア・スピリットは社員の心にも響いた。トップの夢が社員の夢となったとき、世界の空のジェット時代が始まったのである。
「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし」(吉田松陰)
夢がなければ、人は生きていても死んでいるのと同じだ。組織も同様である。生きた組織をつくろうと思うのなら、組織に夢を持たせることだ。今日の日本人、日本企業には果たして夢はあるだろうか。時あたかも国政選挙の最中であるが、いま日本に最も必要なのは、国民すべてが共有できる夢であると思えてならない。夢なき国家は亡びる。
次回に続く