大正政略恋物語

遠野まさみ

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薔薇の求婚

(12)

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「そんなことはない。君がいなければ成しえなかったことがある。小芝屋の主人も、君は私を盛り立ててくれると言っていた」

「き、……っ、きょう、よう、も……、ない、……で、すし……っ、で、でも……、わた、し……っ、だ、だんな、さま、……っ、の、お、おやく、に……、たち、……たい、……です……っ」

「役に立つどうのではなく、一緒に生きて欲しい。夫婦なのだから」

 夫婦なのだから。

 主従関係ではなく対等なのだというその言葉は、楓に新しい観念を与えた。

「わたし……、が、だん、……なさま、と……」

「そう。そうして最期まで一緒に生きて欲しい。死がふたりを分かつまで」

 健斗はそう言って、袂から何かを取り出し、楓の手にそれを載せた。

「……?」

「君の為に探した。似合うと思う」

 綺麗な木箱だ。開けてみなさい、と言う健斗に促されて、おそるおそるふたを開ける。息をのんだ楓に、健斗が満足げな笑みを浮かべた。

 箱に入っていたものは、薔薇の意匠のかんざしだった。弧を描いて薔薇の花模様がちりばめられた、多分、特別に作られたもの。

「だん、……な、さま……、これは……」

「英吉利なら母の婚約指輪を用意したりするんだがな」

 そう言って照れくさそうに健斗は笑った。

 男性から女性に贈られるかんざしには特別な意味合いがある。英吉利育ちの健斗がそれを知っているとは思わなかった。木箱をぎゅっと抱き締め、更に涙がこぼれるのをこらえる。

「着物が出来てきたら、このかんざしを合わせて、一緒に出掛けよう」

 先の約束があることの、なんと欣幸たることか。堪えていた涙が、やはり零れてしまう。

「はい……。ありがとうございます、大切にいたします……」

 幸せなど自分の人生に有りえないと思っていた。偶然のめぐりあわせに感謝する。楓が泣き止むまで、健斗はやさしく背を撫でていてくれた……。
 



 
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