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二章

21話  やたら絡まれるようになる。

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     二章


過剰すぎる研修からベッティーナが解放されたのは、リナルドの屋敷へとやってきて、約一月後。

ペラペラによる書庫封鎖事件が起こってから、一週間ほど後のことだった。

 もちろん、研修の時間がすべてなくなったわけじゃない。
ただ、これまでが詰め込まれすぎていたから、大きな自由が与えられたようにすら感じる。

 その時間を活かしてベッティーナがやってきていたのは、もちろん書庫だ。

 何冊もの本が蔵書されているそこは、ベッティーナにとって夢のような場所であった。ついつい読み切れもしないのに何冊も本を引っ張り出してしまう。

 さまざまな大きさの本を積んだから、机の上がごちゃついていたが、そんな光景すらも悪くは思わない。
むしろそんな中でアイデアノートを開いていると、それだけで創作への意欲も増してくる。

 ……が、なぜいまだに書き出すことができていないかと言えば……

「本を読まれるのなら、それに集中なされては?」

 ベッティーナは少し顔をあげて目の前の席にいる彼――リナルド・シルヴェリ第二王子に、雑な視線をやる。

「別に君を見ていたわけじゃないさ。少し休憩していただけのことだよ」

 そう安く請け合った彼は、机の上にひじをべったりとつけ、そのうえにあごを置いて目を瞑る。

まるで興味がなさそうに振る舞っているが、ついさっきまではらんらんとした様子でこちらを見ていたのは感じていたから、実にわざとらしい。

 ベッティーナは試しにしばらく、そんな彼をじっと見つめてみる。

しかしこう改めて見てみれば、人生は不平等だと思わざるをえない。

こんなに気を抜いていても、リナルドの美しさは褪せないのだ。
窓から入る日をまとって、きらきら光を帯びる白い髪は絹みたいに柔らかそうで、長く綺麗に上向いたまつ毛も、健康的な血色で艶感のある肌も決して崩れはしない。

その完璧具合は、行き過ぎている。ベッティーナが半ば引き気味でいたら、ぱちりと藍色の瞳がのぞいた。

やっぱり、こちらを見ていたのだ。

「……それは卑怯じゃないかな、ベッティーノくん」
「散々べとべと見てきた人の言うことじゃありませんよ」
「おいおい、そこまで粘着質じゃなかったと思うんだけどなぁ」

リナルドは爽やかな笑顔を浮かべて髪をかきあげるが、実際には十分しつこい。

しつこすぎて、この間などはその顔を夢にさえ見てしまって、鳥肌とともに目覚める羽目になったほどだ。

たぶんリナルドには、遠慮するという感覚がごっそり抜け落ちている。
そのやんごとなき身分と暴力的なまでの美しさゆえに彼は、これまで他人に拒まれたことがないのだろう。

自分の向ける関心が全ての人に受け入れられると当然に思っている。


逆に、徹底的に他人から拒まれ、世間と切り離されて生きてきたのがベッティーナだ。ほとんど誰にも侵入されたことのない近距離にいきなり踏み込まれれば、拒絶反応も生まれる。

そもそも、この男は危険な存在なのだ。

「だいたい、君は人質でもあるんだ。僕が君を見守るのは、様子を見守る意味もあるからさ。要するに仕事のうちだよ」
「安心してください。逃げ出すつもりなど、毛頭ありません」

「その心配をしているわけじゃないさ。君がこの屋敷で快適に過ごして、心を開いてくれるというのも含めて、僕の仕事なんだよ」
「……もっと生産的な仕事をなされては?」

それに、仕事が本当の理由ではないのは明らかだった。

ベッティーナに注がれるリナルドの視線には、純粋なる興味がらんらんと踊っている。


持たれたきっかけは、間違いなく書庫封鎖事件だろう。

不本意とはいえ、同じ問題の解決に取り組んだことで、勝手に親近感を覚えられたのかもしれない。

最近では、書庫にいる時間だけではなく、剣の稽古や朝食まで一緒に行うこともあった。食事中は喋らないという礼儀正しさを見せるくせに、なぜか絶対に目の前の席に陣取るのだ。

とにかく頼んでも望んでもいないのに、なぜか一緒にやりたがる。

もしかすると、単なる仲間意識以上の感情をもたれたということも……なんて考えてしまうくらいには、過剰な気がする。

男色の噂が絶えない王子だ。

諸事情で男に扮しているベッティーナも、その恋愛対象になっている可能性は十二分にある。
ぞっと身の毛がよだってベッティーナは肩をさすった。

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