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一章

20話 遺志

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 そんななか、ベッティーナは背中の後ろでプルソンを払う。状況を察したのか、彼は文句も言わずにすぐ消えてくれたが……

リナルドの呼んだ精霊には、どう映っただろうか。
悪魔を呼び寄せたと思われなかったろうか。不安な思いで精霊らの様子を窺っていると、

「……なんだ、急に止まったな。転んだのか?」リナルドが目を丸くしながら歩み寄ってきた。
「さぁ……」

 ベッティーナはなにも知らないふりを決めて、すっとぼける。

リナルドはしばらく戸惑っていたようだが、精霊に命じて司書長を拘束させ、逃走劇の片がついた。

光の輪により腕と足首を拘束された司書長は、ただその場で首を落としてうなだれていた。プルソンの与えた恐怖からか、いまだ正気を取り戻していない。

そんな情けない元上司の姿に、

「……司書長。あなたがそんな人とは思いませんでしたよ」

 ロメロは顔をしかめて、こう吐き捨てていた。

 その後、少しだけ落ち着きを取り戻した司書長は自らの罪を自白する。


 リナルドの推理したとおりだった。
屋敷の書庫から市井書庫へ移管する予定だった本の中に貴重なものがあり、それを売れば一生働かずとも生活に困らないで済むから……というのがその犯行の理由だったらしい。

 ロメロに辞表を書かせ、屋敷から消せばすべては闇に葬られる。

そう考えたようだったが、ロメロがこの街に残っていて、ベッティーナたちが見つけたのが想定外だったようだ。

 そこからリナルドは司書長の部屋へと踏み入り、本の回収へと移る。

 その隙にベッティーナは、ひそやかにその場を後にした。もともと司書長の犯した罪を暴くためにこんなことをしていたわけではない。

 人だけではなく、悪霊が絡んでいたから、こんな話に首を突っ込んだのだ。

 夕暮れが迫る中、一人、屋敷内の書庫へとやってくる。

 試しに扉を開いてみれば、前は中から瘴気が流れ込んできたが、それがない。
 軽く引くと、扉は軋みながら開いた。

 もう紙や本が宙を舞うこともない。ペラペラは、前と同じ椅子の上にいた。一冊の本を開いて、そこで丸まっているところまで同じだ。

違うところといえば、どうやら消えかかっているらしく、随分と弱弱しく見える点だろうか。

『あなたは、本が盗まれたことが許せなかったのね』

一応、誰かに聞かれている可能性を考慮し、念話を使って話しかける。

『……あなたは、この前の。このたびは、感謝申し上げます』

 今度は冷静な状態だったからか、まともに返事があった。

しっかり会話もできるのだから、もともとはかなり思念の強い悪霊だったのだろう。

『ですが、違いますよ。たしかに本を盗むのは悪ですが、それが理由で力が暴発してしまったわけではございません』
『じゃあなんだって言うの?』

 それは意外な返事だった。

 実際に消える前に霊障は収まっているわけだし、その理由で間違いないと思っていたためだ。

 見当もつかず、眉を寄せるベッティーナ。その前でペラペラは、足から先が徐々に霊子となって消えていく。

 これが霊体の使命だ。どんな悪霊も精霊も、最後にはこうして消えていく定めにある。

 彼の場合は、魔力が尽きたことだけではなく、すがすがしい様子をしているからその魂が満足したことも理由なのだろう。

 こうなったらベッティーナにできるのは、そのわけを聞き届けることだけだ。

『私はただ、かの勤勉な創作者を守りたかったのです』
『それって、ロメロのこと……?』
『そのとおりでございます。あの者は、創作に対して本気で向き合っていた。本に対して、誠実な人間だった。はじめは、まだ作品を書ける彼が羨ましくて妬ましかった。でも、彼の姿を見ているうちに、それが変わっていった。いつのまにか彼に夢をたくしていたんだ。だから、彼のような才能が理不尽に追放されることが許せなかったのです』

 分からないものだ、とそれを聞いて改めて思う。

 その発生理由も、願望も、悪霊だからと一括りになんかできない。
たしかに未練が彼を悪霊たらしめたのかもしれないが、今の彼の望みはそのあたりにいる精霊よりもよほど綺麗な物だろう。

『だから、彼をここへ引き戻してくれたあなたには感謝を申し上げたい。それから彼のことを――』

そこまで喋って、ペラペラは口を閉ざす。

いや、口から下がすべて消えてしまったという方が正しい。もう顔の一部を残すのみとなっていた。

と、扉の開く音がして風が吹き込んでくる。

「……帰ってこられたんですね、俺。たった二日なのに、もっと長い間ここに来ていなかった気分です」
「ははっ。今日からまたよろしく頼むよ、ロメロ君」

どうやら、司書長の部屋の捜索が終わったらしい。

リナルドとロメロが、書庫の確認をするために入ってきたようだ。二人は会話を交わしながら、こちらへと歩いてくる。


その姿を目にしたからなのかどうか、ペラペラの目元がふっと細められる。そのすぐあとに、ふっと。

使い終わったろうそくの灯のように、消えてしまった。

ベッティーナは目を瞑り、その魂の消失を悼む。

一方で少しほっともしていた。最後にペラペラは、ロメロの姿を見ることができたのだ。
これで未練なく、この世をされるに違いない。

「これは驚いた、ベッティーノくんじゃないか。どこかに行ったのかと思ったら、先に書庫に来てたのか。よっぽど本が好きなんだな」
「……はい、まぁそんなところです」
「なるほど、じゃあこれからはロメロと仲良くするといい。彼が次の司書長だからね」

 リナルドのそれは、余計な計らいだった。

 ロメロとお互いに、妙に形式ばった礼を交わす。この時点では面倒くさい感情の方が勝っていたが、考えてみれば彼と親しくしておくのは悪くない。

 いつか作家になるというのは、ベッティーナの夢でもあるのだ。

「……あの作品は、『騎士団が明日を征く』はどういうところから構想したのですか」

だから、こんなことを尋ねてみる。

「えっと、あの作品は騎士団に所属している友人に事情を尋ねたりして――」

そこから、ロメロによる熱弁が始まった。

その内容は、ペラペラも認めるだけの創作への情熱が十二分に伝わってくる。

ペラペラは、もうこの世にいない。


けれど彼の遺志は、彼が守りたかったものは、ロメロの中でたしかに生きているようだ。

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