上 下
22 / 59
二章

22話 一応メリットの方が多い。

しおりを挟む
「ん、寒いのかい? ロメロに言って、毛布を持ってこさせようか」
「いえ、お構いなくどうぞ」

誰のせいだと思ってるんだか。

視線にさらされることに、そもそも慣れていないのもある。ベッティーナは、気疲れからため息をつく。

それから一度手元の本へと目を戻し、けれど集中しきれずに、ちらりとリナルドの方を見た。

 もちろん、その整いすぎて彫刻みたいに堀の深い顔を拝みたかったわけではない。

その態度の裏を探りたかったのだけど、常に小さな花がついたみたいに微笑みが浮かぶ顔からは、なにも伺えない。

ベッティーナが懸念していたのは、好意を寄せられている可能性よりもさらに最悪のパターンだ。

 それは、悪霊が見えていることが、操っていたことが露見してはいるのではないか、というもの。

「はは。君の方が僕を見てるんじゃないか? いいよ、存分に見てくれて」
「ご自分が大層好きなようですね」
「まぁ、嫌いではないかな。自分が嫌いだとしんどいからね」

どうしようもなく内容のない会話をしつつ、疑心はぬぐえない。
本のページをほとんどめくれないでいるうちに、昼下がりの時間は実りなく過ぎていく。

「リナルド様、またここにいらっしゃったのですか。随分と彼がお気に入りのようでございますね」

 やがて、執事・フラヴィオがリナルドの迎えへとやってきた。

 ぱりっと真新しさすら感じる燕尾服に身を包む彼は、やはりベッティーナには興味を示さない。いよいよ一瞥さえもせずに手袋を外しながら横手を通り抜けて、リナルドに話しかける。

 その割に、言葉だけはベッティーナを刺しに来ている気がしたから、もしかすると王子の時間を奪われてという嫉妬心ゆえなのかもしれない。

まったく見当はずれなのだが。

「はは、フラヴィオにそう見えるならそうなのかもしれないな。手出しはしないでくれよ」
「ありえないお話をされないでください。それよりも、三の刻より行商人とのお打合せの時間でございます。お急ぎください」
「あぁ、そうだったね。商業街道の整備についてだったっけ?」

 フラヴィオに促され、リナルドは立ちあがる。そのままなにやら打ち合わせを交わしながら、書庫の外へと向かっていく。

その一歩ごとに、心が解放されていく気がしていた。
出ていったことを確認しようと目で追っていたら、最後に彼はこちらを振り返る。

 ……謎のウインクをお見舞いされ、構えていなかったベッティーナはまともに受け取ってしまった。

 果たしてそれにどういう意味があるのかは全く分からない。見る人が見れば心がときめくのかもしれないが、ベッティーナの心はただ黒くすさんでいく。

 それに追い打ちをかけたのは、フラヴィオの睨みつける視線だ。こちらを射殺さんばかりの迫力で、視線の矢が飛ばされていた。

 随分と嫌われたものだ。

人に好かれて生きた経験がほとんどないので、そちらの方がむしろ慣れてはいる。

が、望まずリナルドに近づかれた結果として嫉妬心を買っているのだから、少し理不尽にも感じた。
 

――そしてリナルドから興味を向けられたことによる実害は、それだけにとどまらなかった。


「またこれね」

 と呆れ半分につぶやいてしまうのは、その日の夜、いつまで経っても自分の場所にはならない居室の前でのこと。

 扉には、『思いあがるな』とか『野蛮なアウローラの陰気な王子』とか、好き放題に書かれた紙が複数枚貼り付けてあったのだ。

(……私だけじゃなくて、あなたも相当陰気だと思うけどね)

 誰の仕業であるか特定するのは鑑定魔法さえ使えれば容易だ。

けれど魔法の類はしばらくの間使わないよう、自分の中で決めたばかりだった。『悪霊を使っている』という疑いをリナルドに持たれていたとして、それを完全に晴らすためである。

これくらいのことで魔法を使って、リナルドの精霊にどこからか見られていたら、今度こそ一貫の終わり。完全にばれてしまう。

そうなったら、どんな処遇を受けるのかは考えるだけで恐ろしい。

だが逆に彼の関心が向けられている間、いっさいその素振りを見せなければ、疑いは消え、リナルドのベッティーナへの興味も失せるかもしれない。



要するに、メリットだらけなのだ。

だからプルソンにはしばらく召喚しないことを、言いつけてある。

(プルソンは不満に思うかもしれないけれどね)

まぁそれも一応、大量の酒をやったから問題はないはずである。俗物が大好きな彼は、むしろ喜んでさえいた。


そんな相棒の様子を思い返しながらベッティーナは、扉に貼られたその悪口を全て引き剥がす。

これくらいの嫌がらせで、心が折れるはずもない。なんなら犯人の特定をしようとすら思わないほどだ。

部屋に戻ったベッティーナは、その紙をハサミで刻む。

余白部分をメモ用紙へと変えて、

「アイデアが浮かんだらメモしようかしら」

こうひとりごちるのであった。

 ……が。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

処理中です...