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二章
22話 一応メリットの方が多い。
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「ん、寒いのかい? ロメロに言って、毛布を持ってこさせようか」
「いえ、お構いなくどうぞ」
誰のせいだと思ってるんだか。
視線にさらされることに、そもそも慣れていないのもある。ベッティーナは、気疲れからため息をつく。
それから一度手元の本へと目を戻し、けれど集中しきれずに、ちらりとリナルドの方を見た。
もちろん、その整いすぎて彫刻みたいに堀の深い顔を拝みたかったわけではない。
その態度の裏を探りたかったのだけど、常に小さな花がついたみたいに微笑みが浮かぶ顔からは、なにも伺えない。
ベッティーナが懸念していたのは、好意を寄せられている可能性よりもさらに最悪のパターンだ。
それは、悪霊が見えていることが、操っていたことが露見してはいるのではないか、というもの。
「はは。君の方が僕を見てるんじゃないか? いいよ、存分に見てくれて」
「ご自分が大層好きなようですね」
「まぁ、嫌いではないかな。自分が嫌いだとしんどいからね」
どうしようもなく内容のない会話をしつつ、疑心はぬぐえない。
本のページをほとんどめくれないでいるうちに、昼下がりの時間は実りなく過ぎていく。
「リナルド様、またここにいらっしゃったのですか。随分と彼がお気に入りのようでございますね」
やがて、執事・フラヴィオがリナルドの迎えへとやってきた。
ぱりっと真新しさすら感じる燕尾服に身を包む彼は、やはりベッティーナには興味を示さない。いよいよ一瞥さえもせずに手袋を外しながら横手を通り抜けて、リナルドに話しかける。
その割に、言葉だけはベッティーナを刺しに来ている気がしたから、もしかすると王子の時間を奪われてという嫉妬心ゆえなのかもしれない。
まったく見当はずれなのだが。
「はは、フラヴィオにそう見えるならそうなのかもしれないな。手出しはしないでくれよ」
「ありえないお話をされないでください。それよりも、三の刻より行商人とのお打合せの時間でございます。お急ぎください」
「あぁ、そうだったね。商業街道の整備についてだったっけ?」
フラヴィオに促され、リナルドは立ちあがる。そのままなにやら打ち合わせを交わしながら、書庫の外へと向かっていく。
その一歩ごとに、心が解放されていく気がしていた。
出ていったことを確認しようと目で追っていたら、最後に彼はこちらを振り返る。
……謎のウインクをお見舞いされ、構えていなかったベッティーナはまともに受け取ってしまった。
果たしてそれにどういう意味があるのかは全く分からない。見る人が見れば心がときめくのかもしれないが、ベッティーナの心はただ黒くすさんでいく。
それに追い打ちをかけたのは、フラヴィオの睨みつける視線だ。こちらを射殺さんばかりの迫力で、視線の矢が飛ばされていた。
随分と嫌われたものだ。
人に好かれて生きた経験がほとんどないので、そちらの方がむしろ慣れてはいる。
が、望まずリナルドに近づかれた結果として嫉妬心を買っているのだから、少し理不尽にも感じた。
――そしてリナルドから興味を向けられたことによる実害は、それだけにとどまらなかった。
「またこれね」
と呆れ半分につぶやいてしまうのは、その日の夜、いつまで経っても自分の場所にはならない居室の前でのこと。
扉には、『思いあがるな』とか『野蛮なアウローラの陰気な王子』とか、好き放題に書かれた紙が複数枚貼り付けてあったのだ。
(……私だけじゃなくて、あなたも相当陰気だと思うけどね)
誰の仕業であるか特定するのは鑑定魔法さえ使えれば容易だ。
けれど魔法の類はしばらくの間使わないよう、自分の中で決めたばかりだった。『悪霊を使っている』という疑いをリナルドに持たれていたとして、それを完全に晴らすためである。
これくらいのことで魔法を使って、リナルドの精霊にどこからか見られていたら、今度こそ一貫の終わり。完全にばれてしまう。
そうなったら、どんな処遇を受けるのかは考えるだけで恐ろしい。
だが逆に彼の関心が向けられている間、いっさいその素振りを見せなければ、疑いは消え、リナルドのベッティーナへの興味も失せるかもしれない。
要するに、メリットだらけなのだ。
だからプルソンにはしばらく召喚しないことを、言いつけてある。
(プルソンは不満に思うかもしれないけれどね)
まぁそれも一応、大量の酒をやったから問題はないはずである。俗物が大好きな彼は、むしろ喜んでさえいた。
そんな相棒の様子を思い返しながらベッティーナは、扉に貼られたその悪口を全て引き剥がす。
これくらいの嫌がらせで、心が折れるはずもない。なんなら犯人の特定をしようとすら思わないほどだ。
部屋に戻ったベッティーナは、その紙をハサミで刻む。
余白部分をメモ用紙へと変えて、
「アイデアが浮かんだらメモしようかしら」
こうひとりごちるのであった。
……が。
「いえ、お構いなくどうぞ」
誰のせいだと思ってるんだか。
視線にさらされることに、そもそも慣れていないのもある。ベッティーナは、気疲れからため息をつく。
それから一度手元の本へと目を戻し、けれど集中しきれずに、ちらりとリナルドの方を見た。
もちろん、その整いすぎて彫刻みたいに堀の深い顔を拝みたかったわけではない。
その態度の裏を探りたかったのだけど、常に小さな花がついたみたいに微笑みが浮かぶ顔からは、なにも伺えない。
ベッティーナが懸念していたのは、好意を寄せられている可能性よりもさらに最悪のパターンだ。
それは、悪霊が見えていることが、操っていたことが露見してはいるのではないか、というもの。
「はは。君の方が僕を見てるんじゃないか? いいよ、存分に見てくれて」
「ご自分が大層好きなようですね」
「まぁ、嫌いではないかな。自分が嫌いだとしんどいからね」
どうしようもなく内容のない会話をしつつ、疑心はぬぐえない。
本のページをほとんどめくれないでいるうちに、昼下がりの時間は実りなく過ぎていく。
「リナルド様、またここにいらっしゃったのですか。随分と彼がお気に入りのようでございますね」
やがて、執事・フラヴィオがリナルドの迎えへとやってきた。
ぱりっと真新しさすら感じる燕尾服に身を包む彼は、やはりベッティーナには興味を示さない。いよいよ一瞥さえもせずに手袋を外しながら横手を通り抜けて、リナルドに話しかける。
その割に、言葉だけはベッティーナを刺しに来ている気がしたから、もしかすると王子の時間を奪われてという嫉妬心ゆえなのかもしれない。
まったく見当はずれなのだが。
「はは、フラヴィオにそう見えるならそうなのかもしれないな。手出しはしないでくれよ」
「ありえないお話をされないでください。それよりも、三の刻より行商人とのお打合せの時間でございます。お急ぎください」
「あぁ、そうだったね。商業街道の整備についてだったっけ?」
フラヴィオに促され、リナルドは立ちあがる。そのままなにやら打ち合わせを交わしながら、書庫の外へと向かっていく。
その一歩ごとに、心が解放されていく気がしていた。
出ていったことを確認しようと目で追っていたら、最後に彼はこちらを振り返る。
……謎のウインクをお見舞いされ、構えていなかったベッティーナはまともに受け取ってしまった。
果たしてそれにどういう意味があるのかは全く分からない。見る人が見れば心がときめくのかもしれないが、ベッティーナの心はただ黒くすさんでいく。
それに追い打ちをかけたのは、フラヴィオの睨みつける視線だ。こちらを射殺さんばかりの迫力で、視線の矢が飛ばされていた。
随分と嫌われたものだ。
人に好かれて生きた経験がほとんどないので、そちらの方がむしろ慣れてはいる。
が、望まずリナルドに近づかれた結果として嫉妬心を買っているのだから、少し理不尽にも感じた。
――そしてリナルドから興味を向けられたことによる実害は、それだけにとどまらなかった。
「またこれね」
と呆れ半分につぶやいてしまうのは、その日の夜、いつまで経っても自分の場所にはならない居室の前でのこと。
扉には、『思いあがるな』とか『野蛮なアウローラの陰気な王子』とか、好き放題に書かれた紙が複数枚貼り付けてあったのだ。
(……私だけじゃなくて、あなたも相当陰気だと思うけどね)
誰の仕業であるか特定するのは鑑定魔法さえ使えれば容易だ。
けれど魔法の類はしばらくの間使わないよう、自分の中で決めたばかりだった。『悪霊を使っている』という疑いをリナルドに持たれていたとして、それを完全に晴らすためである。
これくらいのことで魔法を使って、リナルドの精霊にどこからか見られていたら、今度こそ一貫の終わり。完全にばれてしまう。
そうなったら、どんな処遇を受けるのかは考えるだけで恐ろしい。
だが逆に彼の関心が向けられている間、いっさいその素振りを見せなければ、疑いは消え、リナルドのベッティーナへの興味も失せるかもしれない。
要するに、メリットだらけなのだ。
だからプルソンにはしばらく召喚しないことを、言いつけてある。
(プルソンは不満に思うかもしれないけれどね)
まぁそれも一応、大量の酒をやったから問題はないはずである。俗物が大好きな彼は、むしろ喜んでさえいた。
そんな相棒の様子を思い返しながらベッティーナは、扉に貼られたその悪口を全て引き剥がす。
これくらいの嫌がらせで、心が折れるはずもない。なんなら犯人の特定をしようとすら思わないほどだ。
部屋に戻ったベッティーナは、その紙をハサミで刻む。
余白部分をメモ用紙へと変えて、
「アイデアが浮かんだらメモしようかしら」
こうひとりごちるのであった。
……が。
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