堕ちる犬

四ノ瀬 了

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やっぱりお前、アブノーマルセックスじゃないと、駄目なんだろ。

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 部屋の中から聞こえる物音に黒木は薄眼を開いた。見慣れた背中が胡坐をかいて床に座っていた。彼はテーブルの上に置いたままになっていた黒木の昨日作った偽造パスポートのページをめくっていた。ベッドから身体を起こして彼の背後に立った。気が付いている癖に、そのままテーブルの上のモノを弄っている。

「お前、人の家に勝手に上がるなよ。」
 ふふふ、と彼は笑った。
「鍵、開けっぱなしだったぜ。俺が来るのがわかっててワザと開いておいてくれたんじゃないのか、どちらにせよ不用心なお前が悪いな。もし俺がサツだったらヤバいじゃねぇかよ。」

 そう言って判田はようやく黒木の方を、悪気の無い、左右非対称な、にやけた面で振り返った。手元のパスポートの束を何も言わず自分の鞄に突っ込んで立ち上がった。そして財布を開き札束を取り出し、差し出した。

「そんなにいらない。」
「いいから。」

 黒木は伸ばしかけた手を降し、判田に背を向け部屋の奥へ歩を進めた。台所に立って湯を沸かし始めた。判田が背後で金をテーブルの上に置く気配があった。

「たまには外に出ろよ。最近お前顔色が悪いよ。」
「……。」

 湯が沸騰するまでの時間が長い。長すぎる。

 1人で、どこへ行こうっていうんだよ。じゃあお前が、俺を、誘ってくれたらいいじゃないか。昔のように。普通に。仕事じゃなくて。黒木は、自分から判田をどこかに伴うことを考えるが、判田が気に入りそうな行き先が一つも思い浮かばないのだった。

「忙しそうだから、帰るぜ。」
「……。ああ、とっとと出てってくれ、まだ仕事があるから。」

 判田がいなくなった部屋の中で沸騰したやかんが甲高い音を立てた。黒木は音を立てて沸騰する湯を放置したまま、しばらくの間、いつから在るのかわからない壁にこびり付いた染みを見たまま突っ立っていた。手が自然と、換気扇から垂れ下がる紐を引っ張り、煙草に火をつけていた。

 違うだろッ!!拳を壁に打ち付け、項垂れた。ああ、じゃねぇんだよッ、ああじゃッ!!。そうしている内に、煙草が燃え尽きた。ようやく火を止め、二つ用意していたマグカップの一つにコーヒーを注ぎ込んだ。手が震えていた。マグカップを手に戻ると、偽造パスポートのあった場所に代わりに置かれた札束が目についた。

 マグカップを置くのと入れ違う様に札束を鷲掴みポケットの奥に突っ込んだ。そのまま家を飛び出るようにして近くのパチンコ屋に駆け込む。
 金が、水の流れるように吸い込まれて、泡のように一瞬で消えていった。

 素寒貧になって帰宅。さっきまで座っていた場所にもう一度、何事も無かったかのようなふりをして胡坐をかき、冷えたコーヒーを啜りながら、手仕事の続きを延々続ける。気が付けば作業の隙間隙間で、寝起きがけの出来事を反芻していた。唸り、手を動かしては、唸り、気が付けば判田のことだけしか考えておらず、手が全く止まっていた。

 "外に出ろよ”

 夜が更けていた。街の方へ出てみた。そこには何もない。空疎な欲望が渦巻いているだけだった。人々が連れ立って笑っている。何が面白いのだろう。雑踏の中で、聞きなれた笑い声が耳を掠めた。振り返ると判田らしきモノが見えた。女を伴って歩いていた。心拍数が急に上がっていくのがわかった。駄目だ、駄目だ、と呟いてみるものの足が勝手に彼らを追っていた。距離を保ちながら、後をつけ始める。一件目の店で豪遊する判田、二件目の店で豪遊する判田、三件目には行かずホテル街の方へ向かう判田。ああ、あはあ、ほらみろ、誘わなくて、よかったじゃないか、用事があるんだから、誘ったところで断られていたし、

 そもそもお前は俺とはホテルには決して行かない。
 
 黒木は歪な笑みを浮かべながら、しばらくの間ホテルの前に立ち見上げていたが、人目を感じて踵を返した。

 誰もいない家に戻った。明かりがつけっぱなしだ。がらんどうの部屋。
 ほらな、今日一日、外に出ても、ろくなことが、無かっただろ。

 黒木は玄関でへたりこむようにして、しばらくの間、靴も脱がずに蹲って顔を覆っていた。

 黒木はふらふらと立ち上がって靴のまま家に上がった。そしてクローゼットを開き、いつか判田の置いていったジャケットを取り出した。随分と長い間クローゼットの中にしまわれたままになっている。一体いつからここに在るのかも、もう忘れた。顔を埋めて息を吸い込んでいた、もうほとんど臭いなんかするはずがないのに、呼吸すればするほどに、身体の奥に、煙草の先で開けられたような小さな穴が、再び燃えるように、拡がっていくのだった。いつの間にか穴が穴でなくなり、黒いものが心全体に広がって一面の闇になった。最初から何もしなければ傷つかなくて済んだ、最初からお前なんかいなければよかったのに、荒げた息の下の方で、じんじんと血が滞っていく。

 黒木はジャケットを抱えたまま、クローゼットの奥から小さな箱を取り出し、判田のマンションに向かった。居るわけが無いのをわかっているが一応インターホンを押す。無反応。平日の深夜帯、マンションの出入りも無い。ドアの前に屈みこみ、鍵穴に機材を差し込み丁寧に解錠していった。なんなくドアは開いた。不用心。誰もいない真っ暗な部屋の奥から、知らない女の臭いがした。黒木の眉間に深いしわが刻まれていく。

 黒木は部屋の中には入らず、ドアを開けたままに隙間に身体を挟むようにしてしゃがみ込み、家から持ってきた別の機材を取り出した。そして、鍵の部分に細工をほどこし始めた。時間にして15分程でそれは完成する。

 鍵を差し込み、回した瞬間ドアノブが爆発する仕掛けだった。手首から先が吹っ飛ぶ程度の仕掛けだ。
 ドアを開けるのが判田でも女でも、どちらでもいい。死ね。

 黒木は歪な笑顔を浮かべたまま、ふらふらと立ち上がった。身を引いてドアノブから手を離す。ゆっくりと扉が目の前で閉まっていく。もう少しで完全に扉が閉まる、という、その瞬間、黒木はおもむろにドアの隙間に、脚を突っ込み扉が閉じるのをとめた。三分ほどそうして、立っていたのだった。

 再び扉を大きく開き、再び部屋とドアの隙間にしゃがみ込んだ。かけたばかりの仕掛けを丁寧に外していく。箱の中に納め、鍵も元のように閉めなおした。何事も無かった状態に戻る。箱とジャケットを抱えて帰途についた。また、誰もいないあの部屋へ戻るのだ。それでいい。あんな人間のために自分の人生を、台無しにされてたまるか。
 クローゼットを勢いよく閉め、電気を消した。今はこの暗闇が、心地よい。


 霞んだ視界の向こう側に二条の底なしに暗い瞳だけが見える。こちらを見下ろしている。痛みの感覚が人間の耐えられる臨界点を越えた時、人間の脳は快楽物質を放出し始める。もうやめてくれと、自分の喉から絞り出したはずの声が、異常に遠くから聞こえてきた。変だ。誰かわからない叫び声が、頭の中に響いている。俺か?誰なんだ?自分の意識と肉体の境目が曖昧になっていく。

『なんだ、まだ息があるじゃないか、じゃあこのまま』

 ただ彼の声と確かな痛みだけは、常に直ぐ側に確実な実感として肉体に感じる。少しずつ自分が消えて、削られていくのが、わかる。恐ろしいことだ、しかし、救済でもあるのかもしれない。

 阿鼻叫喚、地獄の日の夢。早朝、黒木はソファの上で飛び起きるようにして目を覚ました。全身が汗で濡れている。数度深呼吸すると、もう見慣れた悪夢の記憶が遠ざかっていき、静かな現実が目の前に立ち現われる。あれ、何故ここに寝ていたのだっけ、と頭をかき「ああ」と声が出て自然と口元が緩んだ。

 黒木はベッドの方を振り返った。布団の塊が盛り上がっている。頭まで布団をかぶった霧野がベッドの中でまだ寝ているのだ。全く、ぴくりとも動きもしない。黒木は起き上がりベッドのすぐ横に立って布団の塊を見降ろしていた。まさかなと思って布団をめくる。毛布が詰めてある、ということは無く、霧野は黒木の黒いスウェットを着込んでそのまま丸くなって熟睡しているようだった。めくり上げた布団をゆっくりと元に戻した。

「呑気な奴だ。」

 昨夜のどうして欲しい?という黒木の問いかけに、霧野は「一度寝て考えたい。」と言ったのだった。黒木はよっぽど「何言ってんだ?」と言ってやろうかと思ったが、黙って自分のベッドを貸したのだった。カレーも元は自分のためによそったので量が多く、心身共に疲弊しているはずだから残すだろうと思えば奇麗に全部食べていた。
 こいつ、壊れているのか?と思ったが黙っていた。その通りだと思ったからだった。
 最初から壊れていなければ、あのどうかしている組織の中でどうかしている成果を上げることなど到底できないのだから。元々壊れていなかったなら、壊さないといけない。

 事務所の様子が気にならないでもない。でもあまり出入りしすぎても不自然であるし、一応、霧野を探す役目を上から与えられている手前、行くとしても朝一からやみくもに事務所には居ないほうがいいだろう。

……。

 霧野がベッドから這い出、傍らの時計を見た時、既に昼12時を過ぎていた。一晩ベッドで熟睡できただけでも多少体が軽くなった気がする。リビングルームの間口に立つと、テーブルに肘をついて熱心に本を読んでいる間宮の姿が見えたのだった。傍らに別の本も積まれていたが、それらは雑多で、工学の専門書、文学書が混ざっていた。

 霧野はしばらく気配を消したまま、腕を組んで間宮の様子を見ていた。

 やっぱりこいつ、今に限っては正気なんじゃないだろうか。霧野は目を細めて間宮の真剣な横顔を眺めた。
 間宮の伏せられた瞼の下で熱心に目が字を追っていくのが見える。

 昨日部屋を案内された時、中型の本棚に結構な量の本が置かれていて意外だと思ったのだった。爆弾を作るくらいだから、それなりの理工知識はあると思っていたが、技術書に混じってちらちらと霧野も名前だけは知っているような古典文学も置かれていた。これはおそらく二条の影響だろうなと思った。それから趣味、山登りやアウトドア、バイクの本も数冊置かれていた。あの間宮にそんな趣味があったとは思えないのだ。

 『ここは特別な時に使う』と間宮が昨日意識せず口走っていたが、それである程度確信はできた。

 『特別な時』とは、彼が正気に戻った時のことをさすのではないだろうか。第一普段の間宮ではここに辿り着けるかどうか。山を買って小屋を建てるには、それなりの金と計画性が必要である。間宮はおそらく何かがきっかけで一定の間隔で正気になることがあるのだ。その度、少しずつこの場所を構築したのだろう。何がきっかけで正気になるもしくは元に戻るのかわからない。しかし、今こうして、理性を持った上で裏切り者を匿うようなことをしている時点で、間宮がこちらに対して少なくとも多少の好感、好意を抱いていると判断してよいだろう。好意の種を植えていないわけでは無かったが、頭がどうかしている分美里程には期待していなかった。今なら使えるかもしれない。

 間宮は徐々に霧野のことを自分側に引き入れたがっているように霧野には思えた。二条と間宮の関係がどこまでのものかは推測するのは難しいが、少なくともあの鬼の日々の暴力の下にいて、愛憎、歪に癒着しながも、孤独もあったに違いないのだ。誰にも理解されない孤独のはずだ。

「いつまでもそんなところに突っ立てないで、こっち来いよ。」

 間宮が本に目を落としたまま、そう言ったので霧野は軽い動揺を覚えた。間宮はつづけた。

「今のお前はまるで俺じゃないか。こそこそ伺ってないで、前みたくもっと堂々としていろ。」

 顔が熱くなるのを感じた。誤魔化すようにどしどしと部屋の中へ入っていくと、間宮はやはり顔は上げないままキッチンの方を指さした。

「そっち。コーヒーが余ってるのとパンがあるから勝手に焼いて食えよ。」
「ああ、……そう……、じゃあ…‥」
(いまいち調子が狂うな……)

 また、ありがとうの一つも言えない霧野である。キッチンにコーヒーサーバーとクロワッサンが、丁度一人分、まるで事前に用意してくれていたかのように置かれていたのだった。しかしやはりスプーンの一本、フォークの一本も無い。昨日カレーを食べている間にスプーンを盗もうと考えていたが、間宮の目が厳しくそんな隙は無かったのだった。

 コーヒーを注ぎながら余計に目の前の男のことがわからなくなってくる。一体この男、何がしたいのだろう。寝起きにレイプの一つでもしてくるかと思ったらこの仕打ち。あ……仕打ち?何を考えているのだろうか。自然と彼の向かい側に座って、食事を始めた。クロワッサンもどこで買ってきたのかわからないが、とても美味しいのだった。

 間宮は本を閉じ、やれやれという目つきで頬杖をついて霧野の方を見るのだった。

「で?午後過ぎまで十分ぐうすか眠って、俺に言いたいことはまとまったか?」

「もう少し、奴らの様子を探ってきてくれないか。……。それから、美里のことも、生死くらいは。」

 間宮は口元に柔らかい笑みを浮かべて、ふふふ、と笑った。

「お前今、俺の前で、自分の口で、”奴ら”と言ったな。俺だって奴らの1人だってことを忘れたのか。」

「……」

「まぁいいよ、お前が俺にそうして欲しいならそうしてやる。ただ、物事には対価が必要だということはわかるな。俺に何かして欲しいなら、お前も俺に何かよこしてくれないと釣り合わない。後から金をやるってのは無しだ。」

「俺が今何も持っていないのを知ってて言ってるな。」

「ああ、そうだ。霧野、お前が今持っているのはその身体ひとつ。他に何もない。後は言わずもがなだが、つまりこういうことだ。俺に何か頼みごとがあるなら、その分、その要求に見合った程度、お前はその身体を俺に自由にさせるしかない。ただ、逆を言えば、お前が俺に何も要求しないのならば、お前はここで平和に暮らせるんだ、いつまでも。で、どうする?さっきのお前の要求を俺は実行していいのか?それとも、よすか?お前が自分で決めろ。」

 霧野は、結論を先延ばしにしてここに居るという選択肢について一瞬考えないでもなかったが、「やってくれ」と言った。間宮は、おう、と嬉しそうな笑みを浮かべ「じゃ、そうするか。」と言って勢いよく立ち上がった。彼は霧野を見降ろしながら言った。

「俺は人に指示されたことならそれなりに遂行する。まあ期待して待ってな。下の方も準備してな。」

 苦々しい顔をする霧野を見て、間宮はさらに嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。

「情報も入るし、夜は気持ちいいし、お前にとって悪いことなんて何一つ無いな。ここは天獄じゃないか?」
「いつもお前が一人で勝手に気持ちよくなってるだけだろ。」

 間宮は霧野の言葉には答えないで意味深な笑みを浮かべたままさっさと身支度を始めてしまった。そのせいで余計に霧野は嫌な気分になった。やっぱり行くのを止せと言いたくもなるが、それでは何も始まらない。停滞するだけだ。間宮に身体を預けると言っても、川名の拷問部屋や二条の鬼の責めに比べれば、今の正気の間宮の相手くらいなら……。何故か腰の奥の尾てい骨のあたりがじんわり熱くなるのを誤魔化すように霧野は伸びをした。

 しかも、間宮がこの状況で、淫売呼びの一言も言わないのが余計に「合意の上」ということが強調されてきて、じわじわと気持ちが悪くなってくる。自分で自分を罵ってやりたいが、もっと言えば殺してやりたいとさえ思うが、今他に手立てがなにも思いつかない。間宮が出ていく後姿をただ黙って見送った。



 黒木は事務所にバイクで到着した。習慣的に二条の車が停まっていないか確認している自分に気が付く。どうやら二条は事務所には居ないようだった。こんな状況でも居たらいいのにとまだ思っているのだ。それで、もしかしたらつい、興奮して、霧野のことを言ってしまうとしても。

「馬鹿だな、俺も。」

 黒木は一度事務所の中に入り、紙コップを手に庭に出て、どうやら美里が埋められているらしい土の上に立った。

「渇くだろ、そこにいると。皆には内緒だぜ。俺を起こしてくれたお礼をしてなかったからな。」

 どうせ聞こえていないだろうが一応そう言ってから、紙コップの中身を空気穴から注ぎ込んでやった。
 死ぬまでにはもう少し時間がかかりそうだ。

 さっき大量に出したばかりの自分の尿をいれていた紙コップを握りつぶし、ポケットの奥に突っ込んで再び事務所の中に入っていった。普段より少し人が少ない。流石に組織総出で探し出すまでにはなっていないが、大ごとには大ごとだろう。折檻中の逃走、つまり、川名を二重に裏切った人間など組織の創設以来初めてのことだからである。廊下を歩いていると、竜胆の姿が見えた。

 腕を吊った竜胆は、間宮の姿を見とがめて「こんなところで何してるんだ、お前は探す側だろ。」といつになくまじめな顔で命令してくるので、思わず笑いそうになるのを頭を下げることで隠した。
「すみません、忘れ物があったのでェ」と答えた。

 ああ、霧野、お前はこういう気持ちでここにいたわけだな。こいつはサディストのお前には随分愉しい遊びだったかもしれない。今お前は俺の、俺はお前の立場を追っているわけだな。しかし、これを24時間365日やれって言われたら、辛いな。狂人じゃなきゃできないだろう。お前はやっぱりおかしいよ。顔を真面目に戻して頭を上げた。

「美里さんは、あのままにしとくんですか。あの人に聞いた方が良いんじゃないすかね。」
「組長の意向だから、俺には口を出せる権利が無いんだ。」
「そすか。それより、大丈夫ですかァ、それ。」

 黒木は手応え的に完全にイッたに違いない腕について一応聞いておいた。竜胆は「大したことじゃない、それよりも……」と言い淀んで先を言わないので、久瀬のことだろうなと思った。死んでは無いだろうが、こっちも急いでいたもんだから、つい、手を抜かずに鉄板入りブーツの先端で思い切りキメてしまったのだ。三人の中で実は一番重症かもしれない。ああ、もしこのことが二条さんにバレたら、どうしよ、どんなことされるんだろ、殺されるかな、ああ、それもいいな、どんなふうに、怒るかな、怒るだろうな、怒った顔も好きだな、ああ、一回考え始めると止まらなくなってしまう、今は組長でも二条さんじゃなくて霧野の命を受けて来てるのに、駄目だ、駄目だ、駄、目、

「おい、阿保面下げてないで、さっさと行けよ!!」

 竜胆の怒声にハッとして、黒木は「ああ、すみません」と一応頭を下げながら下げた頭の下でまた笑っていた。まあこちらが多少にやにやしていたとして、普段の間宮と変わらないから問題ないだろ。それにしても、あーあ、必死だなコイツ。ウケるな。ま、当たり前か。最終的な責任問題について、美里が断トツでトップオブトップの王にしても、次点で竜胆と久瀬にも何かしらある可能性があるのだから。彼が中心になって指揮を執ろうとするのもわかる。竜胆も幹部だけあってそこそこの統率力、能力、人望もあるのだ。竜胆の配下の人間の数だって少なくない。それに血の気が多いのが多い。竜胆の腕をやられたとなれば、霧野だけでなく、その犯人のこともきっと皆、必死に探していることだろう。そして、霧野が竜胆の立場なら、彼のinsightが直ぐに目の前に立っているこの男が犯人であることを見抜くだろうが、竜胆では無理だろうな。

 彼らが街をしらみつぶしに探しているというのなら、街中にいないということはすぐにわかる。さて。ついでだから、診療所の様子も見ておくか。久瀬がいるかもしれないし、狂人姫宮が何か知っているかもしれないからな。

 診療所で、姫宮は呑気に茶を飲みながら新聞を読んでいたが、黒木が訪れたのを見るや否や立ち上がって「久しぶりじゃないか!どうしたんだ!二条なら今居ないぜ。」と抱き着かんばかりに近寄ってきた。この変態は、自分の奴隷と間宮を同時に使って遊ばせたり殺し合わせたり、穴牢で間宮の頭を更に悪くさせたり、異常な手術を施したり、二条からともすれば間宮を買収してやろうと目論むので、とにかく悪い意味で気に入られているのである。

「いや、今回のことで誰か入院してるんじゃないかと思って興味で来ました。」
「ああ、久瀬君のことかな。内臓が破裂していたな。今は安静にしてるから命には別条はない。意識もはっきりしている。」
「ああ……、そのことで、組長は何か言ってましたかね。他に何か知っていることは?」
「絶対殺すなよ、とは言っていたが、その後のことは知らないね。まあ俺が彼に何かされることは無いだろう。ちゃんと命令通り救ったからな。それより奥の部屋でゆっくりしていかないかい。新しいものが」
「いや俺もあまりサボっていると二条さんどころか今回は組長から怒られてしまうので、すいませんが……」

 内臓破裂か、やりすぎたが、まあそれくらいいだろ。日ごろからムカついていたところだ。後遺症が残っても見てて面白いからな。そもそもあの男自体最初から体に不具があるらしいのだ。今更一個や二個くらい不具合が増えても変わらないだろ。ざまあみろ。黒木は診療所を後にして、街中の組員が良そうな場所、霧野を探して居そうな場所を見て回り、会話を交わした。最終的に警察署のあたりまでやってきた。

「よぉ」

 手を上げて近づいていくと、八代は顔を青くしてすぐさま車に乗り込んだ。車が停まる先は決まっている。バイクで後からついていき、街から離れた丘まで行くと、八代が車から降りて待っていた。

「霧野はそっちに保護されているのかな。」
「いや、こっちには来てない。」

 いつまでも八代がそわそわとして落ち着かないので「どしたの?大丈夫?トイレにでも行きたいの?」とほほ笑むと、鬼のような形相で睨み返された。既視感がある、デジャヴ?ああ、そうか、竜胆の時と同じだ。熱くなっちゃって、ほんと、馬鹿なんじゃないのか皆。すぐ目の前の人間が知っているんだな、全てを。ま、間宮の格好してれば誰も気が付かない。マジで馬鹿だからなアイツ。霧野、お前もいつもこんな気持ちで俺達を見ていたのかな。それは股間も疼いてたまらないだろう。毎日毎日、俺達のこと考えて愉悦してたのか。性癖も歪むってものだ。お前の場合は元々おかしいのがもっとおかしくなったわけだろうけど。

 八代はいつまでも薄ら笑いをしている黒木に食って掛かった。

「何呑気なこと言ってんだ!お前が何か情報を寄こしてくれるんじゃないかと思ったが、違うのか?!」

「あ?無いよそんなの。霧野が一番逃げ込むべき場所はお前らの所なわけだろ。こっちが知りたくて聞きに来たんだぜ。お前らの方でも情報網があるんだからな。そもそも署内では川名組の動向は把握していないのかな。」

 八代の顔が今度はわかりやすく紅潮していくのを黒木は興味深げに見ていた。

「何かわかれば必ず、川名様に提供する。貴様のような能無しのゴミと話している暇はない。」
「能無しの、ゴミだって?……。まあいいや、で、俺の質問に答えろよ。サツの連中は川名組の動向をわかってんの?」
「今のところ何も。こっちから積極的に動くようなことはまだできない。」
「了解、じゃ、アンタもアンタなりに頑張って成果を上げてみせるんだな。そうしたら、川名”様”もアンタを警察署なんかじゃなくて、美里君の代わりにそばに置いてくれるようになるかもよ?」

 八代が何か言いかけるのを無視してバイクにまたがって丘を降りていった。警察周りで神崎に会ってみても良かったが、リスクがあまりに大きすぎる。霧野が自分の口で言ったら考えるが、どちらにせよ超級の特別料金が必要だ。それにしても八代も可哀想だな、あんなに川名を愛しているのに側に置いてもらえないとは。そうやって愛情をむき出しにすると余計に川名はお前を遠ざけるよ。だってその方が川名にとって面白いのだから。それに比べれば自分はとても恵まれている、そのはずだ。

 軽くスーパーで買い出しをした。小屋に一年籠っても問題ない分の保存食があるが、美味いものでもない。

 基地、山小屋まで駆け戻る頃には、日が暮れていた。小屋の中から光が漏れているのを見た時、心の中が不思議とざわめいて、冷たい外気と反対にほんの小さな、マッチの先端に灯った火のような熱を内に感じたのだった。

 バイクを降りてからしばらく小屋の周りを歩き、中へ入る。玄関は暗いままだが、奥の部屋から明かりが漏れて、黒木の顔の半分を白い光が照らしていた。しばらく廊下に佇んだ後、リビングへの扉を開いた。

 ソファに人が寝ており、床に開いたままの形で『嵐が丘』が落ちていた。テーブルの上に、また大麻を吸った後と保存食の一部を食い散らかしたらしい後がゴミ箱の中に残っていた。黒木は霧野を起こさないようにしながら荷物を置きシャワーを浴びた。再びリビングに戻ると彼は起きており、本の続きを読んでいるようだった。黒木に気が付いて本を閉じ、こちらに目を上げた。幾分か目に気力が戻ってきているようだった。

「なんだよ、玄関で裸で土下座でもして俺の帰りを愉しみに待っていてくれると思ってたのにな。」
「ふざけたこと言うなよ。何で俺がお前の帰りをそんな馬鹿げた格好で待ってなきゃいけないんだよ。」
「何でって……それはお前が真正マゾヒストだからだ。だから自ずからそれくらいしているかと思ったまでだ。」
「俺が真正マゾヒスト?馬鹿言うな。お前の自己紹介はよせ。」
「あ、そう。自己紹介、か。否定はしないけどね。だって気持ちがいいだろ、そっちの役も。」
「……。」

 黒木は霧野の反応を愉しみながらキッチンに立ち、料理を始めた。霧野が先に口火を切った。

「で、どうだった。」

 黒木はさっきの真正マゾヒストの話?と揶揄おうかと思ったが、可哀そうだから真面目に返してやろうと思った。

「組の三分の一規模でお前を探している。今の捜索範囲は街中にとどまっている。美里は生きてる。竜胆はぴんぴん、久瀬は重症。警察組織は今回のことを特に把握していない。ま、本当かどうか、わからないが。」
「生きてはいる。」
「そうだな。その表現の方が正しいな。もう少し細かいところまで、どういう状況かまで教えてやろうか。その代わり対価が大きくなるが、いいか?」
「今更対価の大きいも小さいも無い。教えてくれよ。」
「ふーん……、言うじゃないかよ……。後で、覚悟しとけよ。ま、いいよ。お前がそういうなら教えてやる。」

 黒木は美里の状況を含め見て来た仔細を霧野に伝えた。美里の棺に小便を流し込んだことについては黙っておいた。霧野は表情こそ変えなかったが、何か思うことがあるようでそのまま黙ってしまった。

「面白かったか?それ。」

 黒木は話題を変えるように、机の上に置いたままになっている本をあごでさした。

「まだ途中だから、評価のしようがない。」
「そう。じゃ、読み終わったら感想を教えてくれよ。俺は結構良かったぜ、それ。」

 ポトフを煮込んでいる間、黒木は懐中電灯を片手に再び小屋の外に出た。足跡がある。日中多少外を散策したようだ。すっかり身についた犬の習慣で野糞でもしていないかな、と冗談半分に探しながら歩いた。奥の森の方へ10メートルほど進んで引き返している。そのまま小屋に入ってくるまでの道に足跡は続き、途中で消えていた。

 再び小屋の方へ踵を返すと、小屋の光の中で人影が動いている。黒木はつい足を止め、光の中の影を眺めながら、このままこの時間が、いつまでも続いてもいいのではないかという思いが、ほんの一瞬ひらめいて消えたのだった。何故なら、これが永遠であることは、現実的に不可能だからだ。
 霧野一人だけをここにずっと置いておくことは、食糧が枯渇しない限りできるかもしれない。よしんば、彼なら少しずつ山の地形を把握し自力で脱出もできるかもしれない。しかし、自分はここにいられない。

 今の自分の肉体と魂は、ここに、もっと言えばこの世界に、居続けることはできない。もう一か月もしない内に今こうして感じている意識は死ぬ。
 
 元の状態に戻れば、この場所の存在自体忘れ、今感じている思いも全て抹消される。あそこで霧野をバイクで拾う選択をした時点で何か間違っていたのかもしれない。



 霧野はベッドにうつ伏せになり本を読みながら間宮が来るのを待ち構えていた。先にもう一度シャワーを浴びてくるといってリビングから出ていって1時間以上経過している。このまま寝てしまおうか、どうせ叩き起こされるだろうがと思っていた矢先、扉の開く音に顔を上げた。

 間宮の方を振り向いて一瞬ぎょっとした。彼の白黒斑がかっていた髪がすっかり銀色に近い白に変わっていたのだ。微かに染料の匂いが漂う。それで時間がかかったのか。たまに髪を気にするようにいじっていたから、染めるのはわかるのだが、白の方に合わせるとは。彼はグレーのスウェットを着て佇んでいた。それもまた意外だった。全裸で部屋に飛び込んできてもおかしくないと思っていたからだ。やはりこの男、理性がある。

「黒染めの方がよかったんじゃないか。」

 間宮はタオルで頭を噴きながら、霧野のうつ伏せになっている幅の狭いベッドに無理やり身をすべりこませた。ベッドが大きく音を立ててたわんだ。染料と石鹸の香りがした。霧野は間宮の方に背を向けたが、間宮は霧野の背に身体を密着させて来るのだった。普通なら飛びのくところだが、約束があるから大人しくしてやっている。

「しばらく潜入仕事も無いから、元の色の方に合わせたんだよ。面倒なんだ黒の方が。」

 間宮はベッドの上で開きっぱなしになって伏せられている本を拾い、霧野に腕を回すようにして霧野の前で開き、背後から読んでいるようだった。彼の身体が少し揺れるのを背中で感じた。

「ふーん、ちょうど序盤の面白い場面じゃないか。『あたしが天国にいる必要が無いのと同じように、エドガー・リントンと結婚する必要も無いっていうこと。』」

 間宮は霧野の目の前にある文字の羅列、キャサリンの台詞をまるで子どもに読み聞かせでもするように口に出して読み上げ始め、そこに、少しずつ感情が入っていくようであった。

「『もし向こうの部屋に居る酷い兄が、ヒースクリフをあんな卑しい人間にさえしてしまわなければ、こんな考えもしなかったんでしょうけど、ヒースクリフと結婚なんかしちゃったら、堕落するだけだわ。だからあたしがどんなに彼を愛しているかは、知らさずにおくつもり。あたしがヒースクリフを愛しているのはね、彼がいい男だからじゃなくて、あたし以上に、あたしだからよ。魂が何で出来てるかはしらないけど、彼の魂と私の魂は同じものなの。エドガーなんか、月の光と稲妻か、雷と火くらい違っているわ。』……。」

「……。」

 目の前で本が閉じられ、傍らに静かに置かれた。

「俺の話はいいんだ、霧野。まだ一人前に服なんか着こんでさ。今から何するのかわかってるのか。」

 間宮の腕が背後から徐に霧野のスウェットの下に滑り込みまさぐりはじめた。布団の上の温度がと湿度がむんむんと上がっていき、背後から湿った吐息を首筋に感じるのだった。普段なら振り払う霧野だが、やはり約束を破ることはできない。律義にされるがままになっているが、ついもぞもぞと身体を動かすと、徐に雄を掴み上げられ「う゛」と声が漏れ出た。それでも、そのままに、させている、その間にも大きな掌の中で雄を握られ心地よい調子での上下運動が止まらない。息が上がってくるのを堪えようとするほど体温が上がった。これほど上手い手コキを霧野は知らなかった。腰が逃げようとするのだが、その度間宮の身体が密着し、余計にイイ部分を擦り立て、握り、硬くなった箇所が、更に熱く、硬くなり、自然息が上がってきてしまう。あ、あ、と喉の奥で声を堪え、シーツを握り締め、何も考えないようにしても、やはり、ここという場所を大きな手指が、いい具合の強さでこすり続ける。

「ふ……、……」
「なんだ、借りてきた猫のようにおとなしいな。でも、ここは元気だな。相変わらず。性欲魔人だよな。」

 喉の奥まで喘ぎが迫っているので、お前に言われたくないとさえ、言えない。親指で先端をこねくり回され、頭の奥の方がパチパチする。霧野の身体がくの字に曲がっていくのを追い詰めるように、間宮はしごく手を止めない。

「ぅ……っ、う゛…‥っ」
「なんだァ?もう出そうなのかァ?あ?まだ五分も経って無い。そんな早漏じゃ女だって悦ばせやしないぜ。」

 間宮は空いている手で霧野の上半身をまさぐって乳首と付属物をピンピンと弾き始めた。弾くたびに、身体が逃げるように前のめりになるのを背後から羽交い締めするように抱いて脚まで絡ませてくるのだ。身動きが取れない状態で弄られていると、黒木から見て明らかに霧野の反応が違ってきていた。
 二人境い目のスウェットの生地が汗でびっしょりと濡れ始めた。
 霧野の身体が時折跳ねるように震え始め、その雄が最高点に到達しそうというところを何度も何度も繰り返すが、達しはしない。

「あ゛……っ、ううう゛……っ」

 霧野はもう声を堪えるのを止め、小さいながら獣じみた呻き声をあげ、顔をベッドにうずめていた。じゅるじゅると口から涎が出て染みを作る。後少し、後少し、というところで寸止めされ続ける。請うてみようか、いや、それができないから、こういうことになってるんじゃないか。

「出ないな。」

 黒木は霧野を弄ぶ手を止めた。それからゆっくりと蛇のようにベッドから這い降りて、奥の方から巨大な段ボール箱を抱えてきて床に置き、再びベッドに腰掛けた。霧野は彼の家を空けている間その段ボール箱を調べなかったわけはなく一度開いてすぐさま閉めたのであった。俯いた黒木の銀髪から、汗か水かが滴って落ちていった。

「やっぱりお前、アブノーマルセックスじゃないと、駄目なんだろ。」

 黒木はそう言って再びベッドに飛び乗ったかと思うと、おもむろにまださっきまでのお遊びの余韻に喘ぎ喘ぎしている霧野のスウェットを脱がしにかかり、仰向けになった霧野の下半身が肉のそのまま丸出しになった。さっきまでまさぐっていた部分が露出して、雄がさっきまでの調子から買わず赤く大きく先端を湿らしたまま黒木の方を向いていた。黒木は霧野の手が反射的に動こうとするのを力の加減もせず思い切り振り払い、半ば脱力している上半身の衣服もさっさと脱がして、黒スウェットを上下ともにを部屋の反対側に思い切り放り投げた。濡れた巨體がベッドに沈んでいた。鋭い視線が黒木の方を睨んで、半ば空いた口から「こ、の野郎……っ」と弱弱しい声が漏れていた。この野郎と言いながら、服を拾いに行くことさえ出来ないで…‥ああ、可哀そう。可哀そうだね、霧野。でもお前はそれがいいんだろう。だってさっきよりデカくなってるぞ。言わないでおいてやるが。だって俺だってそうされたら気持ちがいいからな、わかるよ。

 黒木は乱暴に霧野の脚を掴み、肩に乗せた。両方ともそうしてしまうと、黒木の目の前で霧野の股が大きく開かれ、白蜜桃のような尻のその間、目の前にさっきより明らかにビンビン反り返って収まることを知らない無用の雄肉のその下に、肉球のような陰嚢と、艶めいた桃色の溝が、淫肉の間でぴく、ぴく、と痙攣するようにその小さな口を開いたり閉じたりして目つきとは反対に黒木の侵略棒を誘っているような濡れた様相である。

 黒木がローショで濡らした指をあてがうと、何の抵抗も無くとろとろとした肉襞の中へ指は飲み込まれていった。霧野が何か言いたげに口を開いたが、代わりに頭をのけ反らせるようにして頭ごと視線をそらしていった。黒木は、よっぽどこっちを向けと言ってやろうかと思ったが、後で無理やり見てやればいいんだ。どうせ正常位で挿入したら嫌でも見えるのだから。今はそうしてろ。そうやって少しの抵抗があった方がどうせお前は燃えるだろ。

 指を入れた中がナマコのようにうねうねとうねり、それでいてふわふわとし、温かく居れた三本の指に四方から絡みついてくる。そして霧野の肉体は、黒木の指の動きひとつで、時たま身をよじるように動くのだった。再び顔の方を見ると横を向いたままこちらを見ようとせず、食いしばった歯の間から、ふぅふぅと息が漏れていた。きゅぷきゅぷと泡立つような粘着質な音と共に指の角度や本数を変えていくが、そのすべてを霧野の身体は難なく受け入れるのだった。流石散々調教されただけある。黒木は霧野の悶え堪える様子をじっくりと見てから、ゆっくり指を引き抜いた。その瞬間、霧野の横顔に、微妙な、弛緩したような表情が浮かび上がっていた。黒木が特に何もしないでじっと見ていると、ようやく目だけがこちらを向いて、ハッとしたような表情をして、また横を向くのだった。黒木は霧野に問いかけた。

「なんだ、言いたいことがあるなら言えよ。」
「別に、ない、」

 霧野は悪態をつくのも忘れたのか、早口にそう言って、黒木の方を汚物でも見るような白々しい目で見始めたがその目の下が真っ赤になり、睫毛が濡れているのを本人が自覚していなそうであった。鏡で見せてやりたいくらいだ。組長ならコンパクトミラーの一つくらい常に常備しているからそれで見せたに違いない。

「あ、そう。じゃあ俺はお前に言いたいことがあるから勝手に言わせてもらうぞ。」

 黒木はずりおちかけた霧野の両足を再びしっかり肩の上に乗せ、股を開かせ、霧野を見降ろした。なんて恥ずかしい格好だろうな。

「何、」

 やはり霧野は再び姿勢を固定されたことで高まったらしく、また股間を固くし、全身の色を紅々とさせ、なに、の言葉一つとっても吐息で濡れており、それ以上何も言えないのだろうことがよくわかった。

「俺とのことを考えて、シャワ浣でもして準備してくれてたのか?随分中がぬるぬるして奇麗だったぜ。言ってくれれば浣腸器くらい用意してあったのに。どんなふうにやったんだよ?教えてくれよ、俺に。」

 黒木は黙ったままでいる霧野をよそに、彼の肉溝を押し広げて見せた。

「う゛……」

 抵抗するように肉が指の間で閉まろうとするが、その度にひくんひくんと蕾が汁を垂らして小さな口を開けるのだった。しかし、この一見柔く緩く見える濡れそぼって膨らんだ淫孔が、指を突っ込んだ時、ものすごい締め付けをしてくることがあるのだ。特に入口の筋力が硬い輪ゴムを何重にも撒いたような異常なひき締り方をして黒木の指の捩じるように強く締め付け、黒木に霧野の興奮の度合いを伝えたのであった。

「でもまだ駄目だな。狭すぎる。散々使い込まされた癖にもう元に戻ったのか?お前の回復力には目を見張るものがある。凄いな。まあいいや、今のまま俺のを無理やり突っ込むことができることも、お前なら耐えられることも実証済ではあるけれど、もうちょっと拡げてもらわないと俺も動きづらいからな。お前も、こんなのものでは全然物足りないだろ。少し遊ぶか。」

 黒木は肩から霧野の重い両脚を降した。散々指で遊ばれ、霧野の両脚はベッドの上で虚脱して転がっていた。少しして足の指先が丸めたり伸ばしたりを繰り返し始めた。それが自分の肉体であることを確かめるように。黒木は霧野を横目に、段ボール箱の中を漁り始めた。その背後から霧野の視線をとてもよく感じた。
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