堕ちる犬

四ノ瀬 了

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今は俺が王様でお前は奴隷なんだぜ。

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「準備運動、しようぜ。」

 間宮は段ボール箱から底が吸盤式になっている極太いディルドを取り出して、顔面蒼白になっている霧野を横目に玩具を手の中で転がして遊んでいた。段ボール箱から油性マジックペンを取り出し、ディルドの底の方へ太い線を一周ひいていく。そしてそのディルドをベッドの前の床にパイプ椅子を一つ置き、吸盤で張付けて勢いよく立たせ、その横にどんとローションを置き、ベッドの方へ跳ねるように戻って霧野の隣に並んで座った。

 間宮は探るように霧野を覗き込んでにやにやと笑った。

「厭そうな顔。」
「……。」
「大体俺が何言おうとしてるかわかるだろ。あててみ?そうしたら、少し制限を緩くしてやってもいいぜ。」
「お前の前で、ソレを、ヤレっていうんだろ。」
「ソレを、ヤレ?霧野さん、それじゃ何言ってるのか全然イミフだぜ。具体性が無い、ってアンタが俺の立場ならそう言って責めんじゃないの?ほら、俺の立場になって考えてみな。」
 部屋の温度が上がっていく。
「……その、線のところまで挿れろってことだろ。……違う?」
 霧野の視線が探るように間宮を横目で見て、また下がっていくのを、間宮は目を細めて見ていた。
「そう、その線が最低ラインね。こっちに尻を向けて俺に見えるようにして、身体を下げてくんだよ。」
「……。」
 霧野は再び間宮の方を見た。
「で?それだけってことは無いんだろ。」
 間宮は反対にそびえたつ淫具の方を見おろした。
「素晴らしい。流石霧野さん、よくわかってるじゃん。ずっと閉じ込められてて運動不足だろう?だ、か、らァ、運動させてやろうって言うんだよ。俺って優しいだろ?そういうわけで、そう、おっしゃる通り、そこで、俺の目の前でそいつを咥え込みながらスクワットして準備運動してくんない?俺がアンタの腰がちゃんと落ちてるか監督しててやるから。百回くらいは余裕だよな、もちろん、腰がちゃんと落ちてなかった分はノーカンな。まさか、できないなんて言わないよな。俺の言うことを聞いてくれるんだもんな。」



 余りにも眠くてだるい。光が目に痛い。呼吸の仕方を思い出せ。息を大きく吸って、吐く。自分の周囲を6人ほどの男が囲んでおり、その中の1人竜胆が電話をしているのがようやく目に見えてくる。

「何か言うことあるか?だって。」

 携帯電話を押し付けられ無言の空気の向こう側に川名がいることが分かった。

「ああ、シャワー、浴びてぇかな……」

 声が掠れて上手く出せなかったが、伝わっただろうか。すぐさま携帯を取り払われ「何言ってんだ?お前」と竜胆が冷めた声を出していて、つい、面白くなった。彼は再び携帯を手に川名と話しを続けているようだった「え…?」と拍子抜けしたような声。通ったってことだな、こっちの要求が。しかし、流石に、なかなか起き上がれない。棺の縁に手をかけて這い出て、上半身を土の上に這わせてみるが、立てない。誰かの腕が伸びてくるのが見えた。

「触るんじゃねぇ」

 腕が引っ込んだかわりに周囲の殺気の濃度が一段濃くなった。
 
 いい、いい、このまま這いつくばっていくから、テキトーこいてろ雑魚共が。美里はほとんど匍匐前進の体で事務所の見える方に身体を引きづっていく。背後から「勝手に動くな!」と竜胆の声が聞こえ、振り向いてみて視界は霞むが、とにかく面白かった。土の中は暇だったからな。竜胆のちょっとしたことさえ面白い。霧野の時だってあんな面してなかったくせに。あれ?竜胆と自分のことが一瞬重なって消えた。
 
 なるほどね、俺だって人のこと言えない位にはダセェわけ。
 
 しかし、ナメクジにも劣る遅さで這ってるだけで逃げることなんてどう見ても無理なのにそんな顔してウケるね。

 俺の進む速さに合わせて背後から人がついてくるのと遠くからあらゆる視線を感じた。いいさ、見世物ね。いくらでもなってやるよ。電話を終えたらしい竜胆が俺の少し前へ出てしゃがみ込んで俺の進むのを見ているが、進む程に視界が2重3重になって頭がくらくらしてくる。やっぱり駄目か、苦しい。しかし今さら手伝ってくれとは言えない。意地でも進むしかない。

「アイツはお前の仲間か?」

 耳の感覚がまだおかしいが、辛うじて聞こえる。誰だって?ああ、間宮のことだな。ははぁ、しかしこいつの口から仲間などというどうしようもない腑抜けた言葉が出てくるとは。相当にまいっているらしいな。駄目だ、今は何があっても面白くなって体の中が痒い。

「仲間ァ?!仲間なんか金輪際居たことないな、それよりなんだ?久瀬はどうしたん?いねぇじゃねぇか、お前の”仲間”が!!!死んだんかァ~?あははははっ!!」

 竜胆が立ちあがってこちらに蹴りかかろうというところを周囲の人間が「今やったら本当に死にますよ!!」と必死になって止めている。まるで祭だな。事務所に辿り着くのに普通に歩けば30秒というところを15分もかけてずるずると身体を引きずっていった。シャワー室に辿り着くが、脱衣所まで見張りで一杯。流石に中までは入ってこなかったが、こっちが裸になるところまで平気で観てきやがるからな。物好きなものだ。湯を身体に浴びながら、何とか立ち上がった。

 どうするかな……。とりあえずあのまま死なせることは止めたってわけだな。予想通り。ちょっと長すぎるくらい。上はその位はキレてるってことか?いや川名のことだからキレるなんてことは無いだろう。ちょっとかわいがってやろうかな、くらいのつもりで、埋めたわけだ、この俺を。冗談じゃないね。やっぱりもうついていけねぇ。

 身体に事故の時に負ったらしい打撲、それから食べてないせいであばらが浮いてしまっていた。しかし食欲は沸かない。今無理に食べても吐くだけだろう。

 シャワーから出る水を直接ごくごくと飲んでいる内に、外でガサゴソ何かやっている気配。ああ、面倒くさ、いつだっていちいち全部面倒くせぇんだよてめぇは。回りくどいし。そういえば、他に掘り起こされた痕も何も無かったということは、霧野と間宮はちゃんと行ったわけだ。既に殺されているという可能性を除けばの話だが。

 壁に手を突きふらつく身体で扉を開けると、見覚えのある黒い物が床に開いて置かれていた。
「……。」
 声を出す前に腹が鳴った。そりゃあそうだな。でも何か食いたいなんか言ったところで、とんでもないモノを食わされるに違いないし、別に食べたいものも無いので黙って前に進んだ。下に黒い物を踏みつけていた。

「……川名は?」

 死体袋に向かって問いかけてみた。

「黙ってそこに入れよ。」

 視線を上げた。竜胆と視線がぶつかってた。なるほど、普通なら避けたくなるだろう瞳だが、そんな瞳で観られたところで今は愉快なだけだ。

「ふふふ……いい顔してるな、普段からその位やる気いれとけばァ?」

 竜胆以外の人間は不愉快だった。居ても居なくても同じ。だが、仕事を与えてやろう。

「……おい、そこの、タオルとってくれよ。」

 適当に声をかけた男は、素直にタオルを手渡してきたが、一切目を合わせてこようとしない。駄目だなコイツ。
 竜胆に対して「腑抜けばっかだなお前の手駒は」と身体を拭きながら言った。

「お前さっきからどうにも余裕だな。自分の置かれている状況がわかってんのか?気が触れたか。」

「気?何言ってんの?そんなの最初から触れてるだろ、俺も、お前も。いいよ、しょうがねぇからてめぇの立場を立てて言うことを聞いてやるからよ。ポケットに飴でも入ってない?あったらくれよ。」

「ねぇよ。」

「あ、そう。気が利かないねぇ、お前は。お前の不手際で俺が死んだら困るのはお前だろ。どうしてそんなこともわからないかね。そんなだからてめぇは駄目なんだぜ。ああっ!!そうだ!!!わりぃわりぃ、てめぇ”ら”の間違いだったよなァ~。俺としたことがお陀仏した”お前の仲間”をカウントし忘れるとはね!!しょうがねぇよなァ!何にも喰わされてなくて、頭が回ってないんだから、な、許してくれよ……謝るからサ……。」

「お前……」

「くくく……あはははははっ、はぁ、面白……っ。埋まってたかいも全くないわけじゃないな、お前のそんな状態見れるなんてさ。……、俺を、殴りたいかな?殴りたければそうすれば。今のお前の一発くらい、今の今まで与えられていた苦痛に比べたら大したことないから。どうぞ、ご自由に。それより、そのエネルギーを袋の鼠に過ぎない俺なんかじゃなくって、もっとさァ、別のもんにむけたらァ?……じゃ、流石に煙草くらいあるだろ。一本くれよ、違法じゃねぇヤツ。」
「……」
「けち、いいだろォ別にィ~。どうせこれからもっと酷い目に遭うんだから、その前に一服くらい。」
 竜胆は下の人間に一本煙草を差し出すように指示し、貰ったが火が無い。誰も彼も動揺した顔して烏合の衆。
「火。」
 ライターを差し出された、その男の方をじっと見た。
「何?お前がつけるんだよ。常識だろ。」
 男は俺の言うのに従って火をつけてすぐ後ろずさった。頭がくらくらし、立ちくらむが、気分が明瞭になっていく。遠目から取り囲む10人もの男。こんなにそろえなくたっていいのに。増えてる。

「さっきから人様の裸をじろじろと見て。面白いか?こんなの見て。」
「……。」
「無視ね、はいはい、賢明なご判断ですこと。みたけりゃ勝手にこそこそ見てろ。特別に今なら無料。」

 誰も何も言わない。それはそう、関わって地雷踏んで巻き添えくらったら嫌だろうしな。触らぬ神に祟りなし。別に何も期待はしていない。半ば吸い終えた煙草を火が付いたまま床に捨てた。誰かが急いで踏み消しているのを横目に、目の前に大きく口を開かされた死体袋の中に身体を滑り込ませていった。棺よりマシだが全然いい気はしないよな。もうこれでこの後大体どういうことになるのか確信できた。

『逃がしたらお前を同じ目を合わせる』

 意味不明なこと言ってやがるなと思っていたが、本当にマジにその通りやる気だなんだな、面倒くさいことになった。あの野郎、まだ、俺の前に現れる気も無いだろう。会わせろと言ったところで通らない。寧ろもっと会うのを避けようとするだろう。まあアイツは身内に嘘はつかないし、やるといったらやるんだろう。バチ糞痛いから嫌なんだよな~、似鳥さんのは、なんて言っている場合でもないんだけど、今今は避けようがないから仕方ない。どこか歪を見つけるまで、もしくは、川名が冷めるまで耐えていくしかない。もつか?、アイツだってそうしてきたはず。でも、その間に死ぬかもな。俺はあの化物より精神力はあっても体力はないからな、全部はもたないだろう、多分。



「規律違反なんじゃないですか?」

 川名は助手席を開いて、神崎の言葉も待たずに滑り込むように車内に単身で身を滑り込ませ、ドアを閉じた。神崎は咄嗟に周囲を見渡した。事務所の見える位置に車を停め、見張りを初めて5分もしない内に、事務所の方から、ひとり、男が出てきて近づいてきたのだった。最初、組員の誰かが出てきて追い払われるものかと思ったが、近づいて来るにつれそれが、よく見知った男だと確信する。川名本人が単身で出てきて、勝手に神崎の車に乗り込んできたのだった。彼は神崎のすぐ真横で腕を組んで、にこにことして神崎の方を伺っていた。

「誰も居ませんよ。ついて来るなって言ったから。場所、変えません?俺というより貴方のために言ってます。」

 神崎は黙ったまま車を出した。事務所を離れて人通りの多い地帯に入っていった。この男と二人きりになるのは危険すぎる。川名は飄々とした調子で神崎の方を向いた。

「怒られちゃうんじゃないんですか?こんなことして。あんな目立つ所に車停めて、規律を破ってまで俺に会いに来てくれるとは、こんなこと初めて」
「お前に会いに来たんじゃない。」
「……。ああ、知ってるよ。そのくらい。冗談通じない人だな。」
「……。」
「でも、残念ながら、あそこからはお前の会いたい人は出てこないんだな。」
「殺したか。もしそういうことなら、このままお前を返さない。」
「ふふ、何?それ。今日の神崎さんは素晴らしく俺に忖度してくれるんだな。”このままお前を返さない”、そんな素敵な言葉、誰にも言われたことないぜ、多分な。面白いから、殺したってことにしてもいいけど。」
「じゃ、死ぬまであそこに監禁しておくって意味か?」
「うーん……」

 川名はしばらく意味深な笑みを浮かべて黙っていたが、再び同じような軽薄さで口を開いた。

「逆。」
「逆?」
「言おうか迷ったけど、俺は神崎さんのこと好きだから、教えてやることにしたよ。逃げちゃったんだよな~。」
「は?」

 神崎は車の運転を誤りそうになるのを堪え、無心を装った。車を路肩にとめる。あからさまな動揺を見せてはいけない。

「逃げた?」
 神崎は川名の方を向き、真偽を確かめるように彼を睨んだ。
「嘘だと思ってるのか。そんな嘘ついて何になる。本当なんだから仕方ないじゃないか。でもこれで1つ、はっきりした。残念ながら今回の件に神崎さんは嚙んでないし、神崎さんのところにも行っていないってことがね。ちょっとアテにしてたんだけどな。」
「いつ」

 川名の表情がさらにいやらしい笑みに変わっていく、神崎は聞かなければ良かったと後悔したが遅かった。

「最近俺ばっかりアンタに与えてないか。それで、アンタは俺に何もくれないわけ?あまりにフェアネスに欠けると思わないか。持ちつ持たれつで行こうぜ。」
「フェアネス?お前の口からフェアネスなんて言葉が聞けるとは。」
「はぁ、がっかりだね。神崎さん、一体俺の何を見てくれてんだ?俺はいつだって自分の基準にのっとって公平に動いてるじゃないか。今回のことだって澤野が悪いんだから、それ相応の報いを受けてもらってるだけのこと。まあいいよ、神崎さんは警察なんて糞組織に入り浸ってるから判断力が腐り始めたんだぜ。今だっていいけど、昔のアンタの方が倍は冴えてたな。そう、アンタが腐ってのろのろしてるから澤野だって逃げたってのに第一にお前のところに行かないんじゃないか。信用無いんだよお前。……そう、彼は、行くとしてもお前のところじゃなく、俺のところに来るはずだ。」

「あ、そう。随分自信満々な言いっぷりだな。ところで、ここで降りてくれないか?苛々してきたから。」

「苛々してきた?へぇ、怒ったのか?”こんなこと”で。ふふふ、必死だな。まあいいよ、これも遊びさ。どっちが先に霧野を見つけられるかの遊び。どうせ俺が勝つだろうから、つまらないゲームに過ぎない。あ、俺のあげたプレゼントは見た?あれも絶対やるから」

「降りろと言っただろ。3秒以内に降りろ。さもないと適当に逮捕状書いてこのままお前を拘留してやってもいいんだぜ。」

「はいはい。怖い怖い。」



23、24……

 黒木は目の前で、霧野の身体が上下して、上気した身体の中にずるずると巨大な異物が出たり入ったりしているのを眺めていた。25のところでほんの1mmほどラインに到達していないのを見て勢いよく立ち上がった。

「はい、駄目!ノーカンノーカン!」

 霧野が前につんのめって床に手をついて震えていた。彼の前に回りこんで見降ろすと、殺気立った視線がこちらを見上げてくるが、それが黒木の気に火をつけるのだった。黒木は霧野の太ももに足をのせて下に体重をかけて踏み込んでいく。霧野の身体がそのまま、腰が下がっていき、視線も呻き声と共に下がっていく。

「ほらほらぁ、手伝ってやってんだから、もっと腰落とす。」
「う゛…あ…ぅぅ…‥っ」
 卑猥な音を立て、じりじりと極太ディルドが線より下まで背骨に沿うようにしっかりくわえこまれていき、床に霧野から滲み出た汁とローションの混じった汁が拡がった。
「余裕だな。じゃ、1からな。」

 足をどけ、彼の前に腕を組んで仁王立ちすると「そんなルール……っ」と恨み節と共にまた霧野の顔が上がるが、さっきよりさらに興奮したのか怒っているのか両方か顔を上気させ、黒木を見上げるのだった。

「そんなルール、何だって?」

「そんなルールっ、なかった、ろ……!」

 黒木は心底白けた顔を作って霧野を見降ろした。

「あ?あるよ。俺が今作ったんだからあるんだよ。おい、霧野、今は俺が王様でお前は奴隷なんだぜ。お前は俺の決めたことに素直に従う以外の選択肢は無い。今朝がた約束したばかりじゃないか。お前は俺との約束を破るのか。いいぜ別に、そういうことなら俺だって約束を破って今すぐお前を二条か組長の前に引き渡して点数稼ぎするからな。」

 霧野は何も言えなくなったかと思えば小さく「覚えてろよ」と言ってまた身体を動かし始めた。黒木は霧野の言葉を聴いており、大きく伸びをしてから脱力し、中腰になって霧野を見降ろした。

「あーあ!俺がわざわざ数えてやるのもめんどくさくなったから、お前が自分で腹から声出せよ。お前、どうせ俺が嫌いな体育会系出身なんだから、慣れっこだろ、でけぇ声!!!出すのッ!!!うるっせーからな、お前らみたいなのは。特に警官なんてその!最たるものだぜ。人の話は聞かねぇ、自分の声だけはでけぇ、人がやってないことをやったことにする……でっちあげ、かましのプロ!てめぇらみてぇなのはさっさと地上から滅びろ。おい、どうした?何震えてんだ?あ?お前が自分の口で数えないなら今の分もカウント無しにするぞ。はい、時間切れ、もう1回1からね。」

「……、この……っ、」

 黒木はさっきより勢いをつけて霧野の上に踏み込み、無理やり腰をおとさせ、呻く霧野の顔を掴んであげさせた。

「何だァ?今の豚見てぇな声はよォ……、1だろ、い、ち、数字さえ数えられないほど腑抜けたか?おい。」

 黒木は霧野の顔を離し、身体を起こした。

「次、間違えたらもうひとまわり太いので1000な。終わるまで一生やらせるから。」

 黒木は足をどけ後ずさり、霧野の正面の壁に背をもたれさせて、霧野の監督を続けた。

「腰の落ち具合がさっきより甘いぞ、重さが足りないというなら、50㎏バーベルでも持って来てやろうか?」
「い゛っ、らない」

 黒木は壁から背を浮かせ再び霧野の前に立つと無言で上から二三平手打ちしてから「何だって?」と言った。
「……」
 また殺意のこもった潤んだ瞳と目が合い、もう一度無言で倍の強さで打った。
「‥‥‥りま、せん、」
「終わりか?まだあるだろ。」
 下半身に汗を浮かばせぎりぎりと楔を食い込ませながら、霧野は俯いたまま言った。
「………。『ありがたいお言葉ですが、必要、ありません、』」

 黒木は黙って踵を返し、元居た位置にもどり霧野を見続けた。流石、わかってるね。黒木は霧野が言いながら下半身の先からだらだらと汁を流し始めたのを見て、内心ほくそ笑むのだった。言って自分で興奮しちゃってるんだから仕方ないよね。頭に来てるのか?自分自身のことにさえ、それで余計にそうなっちゃうんだから。もう……。

 霧野はようやく数字を声に出して数え始めたが、既にノーカンになった分、30以上熟れた腸壁の中で淫棒を自重で往復させており、汗を浮かばせ喘ぎ喘ぎ必死である。

「……さん、‥‥‥ん゛っ」
「あーあー、小さい小さい、小さいよ、声がよぉ、腹か声出せっつったろ、この図体だけでけぇ豚が!」
「く……ぅ…よ!!!、ん゛……っ!!…‥、っぅ……」

「そうだ、最低限それくらい張りあげなきゃな。お前はきっと上級生や上司からそう指導されただろうし、下級生や部下にそう指導したに違いない。お前らは心底下品な奴だ。お前らのような人間がいるせいで肩身が狭い人間がいることを自覚しろ。あらら、太ももががくがくしてきているな。大丈夫か~?、まぁ、お前が大丈夫か大丈夫じゃないかなんて、全く関係ないけどな。ああ、俺がなんも言ってないのに勝手に休んでも、ノーカンね。今決めたから。準備運動でこれじゃ先が思いやられるぜ。しっかりしてくれよな。」

 黒木は霧野を監督しながら、度々自分をそこに重ねた。
 
 ああ、何をやってるんだ……?俺は。ここまでする気はなかったのに。つい当たり前のように手を上げてしまった。しかし、目の前で上下する身体を見ていると、そそる……、大分温まってきているようだ。
 何故だろう。見てるだけでこっちまで身体が温まってきてたまらない。ああ、駄目だ、もうやめにして、無理やりブチ犯してやろうかな、否、駄目だ、理性がある今、次の愉しみに備えて、耐えなければ、そうしないと互いの愉しみのためにならないから。これは互いをアゲるために必要なこと。準備運動なのだから。

 しかし、他の奴らは今頃必死だろうか。必死だろうな。馬鹿共が揃いも揃って。絶対見つかるものかよ。

 今の俺は、誰にも必要とされていない。この状態になると結局いつもそこに終着する。だからこの意識の残滓などいらないはずなのだが、なぜまだ、残って居られるのか。だからせめて今を楽しむ。ああ……霧野が頑張っている、俺のために、頑張っている……。

 今の霧野と同じかそれより過酷な状況で頑張ってきた結果、愛を得た。愛情。絶対に裏切らない愛情。こちらが一方的にぶつかっても決して拒絶されない愛情。同時に拒絶不能な暴力の愛情。最初は無理やり練り上げた歪な愛情。そうしないとどうにかなるから。霧野がある程度の精神力を保ったままここまで来たことは素直に感心する。いいんだぜもう無理しなくても。そう言ってやりたいが、とても言えない。何故なら、そんな言葉を霧野が求めていないとわかるから。また、こうやって他人中心に物事を考えて、何も伝えられない。そんなだから俺は幾度も間違いを犯し精神は壊れた。今更分かったところで何もかも遅いけど。お前のように少しくらい強くなれれば良かったかな。
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