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どうしようもないなアンタ。欲望のままに生きすぎだろ。
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黒木は目の前で力の限りを振り絞って律義に数を数えながら息も絶え絶えになって蠢いている巨躯を眺めていたが、徐に彼に背を向け部屋を出た。閉ざされた背後の扉の向こうからまだ声が続いていた。
「えらいえらい。」
黒木は小さく呟きながら廊下を歩き、鍵をかけたガレージの中へ向かった。バイク、工具などに混じって、隅の方にトレーニング器具が雑多に置かれている。ここに来た時にはあまり使わないが、身体がなまらないようにと小屋を建てた最初の頃に幾らか運び込んだ器具である。バーベル棒と錘を担いで戻ってくると、彼は床に手をついて、ゆっくりとした動作でうつむいたまま下半身で巨大な棒を咥え込んでは身体を持ち上げるスクワット運動を律義に繰り返しており、黒木が戻ってきたのをわかってはいるようだが、貌を上げはしない。「75!」丁度いい具合だった。
「動きの調子が悪いようだから。これ、担がせてやるよ。」
無心になって数字だけ数えていた彼の巨躯が動きを止め、黒木の方に充血した瞳が向いた。半分諦めたような表情で何か言おうとするのだが、息が上がってしまって喉がまともに使えないようだった。何も言えない、自由に動けない彼に、合計50キロになるバーベルを担がせる。普段なら楽々だろうだが、状況が違う。ずしん、とした重みを受けた身体が一気にずり下がり、腕と太ももの血管がさっきにましてみるみるに浮き上がり、ずぶずぶ沈んでいって、なかなか上がってこられず、「ぅ゛ぅぅぅっ」とうなっては恨みがまし気に赤くなって黒木を見ているが、黒木は笑いもせず、怒りもせず白々と霧野を見降ろして「どうした。終わりか?」と挑発した。
霧野の肉体の震えがさっきにましがくがくとして、床から彼を縫い留めている巨大な棘の頂点まで身体がなかなかせりあがれずにいた、生きたまま串に刺された川魚が無意味に身体をくねらせるのにも似ていた。身体は徐々に順応し始め、数字が、なんとか76に、77に、78となるが、バーベルを担がされているせいで、さっきまでのように、黒木も黙って許容していた手を前について軽く休む行為もできなくなった。もし休むとしても、ただ身体を重みにまかせて沈めるしかなく、沈めると杭が熟れて熱くなった肉芯の奥まで食い込んで、身体に力が入らなくなるのだ。そして、一度完全に力を抜いてしまうと腰が抜けて、もう二度と持ち上がらなくなるだろう。
気力だけでまた身体が、ずるずる隠微な音を立てながら上がっていくが、数えているというより溺れている人間が必死にし呼吸して助けを求めるような様子になっていったが、霧野の雄は一層怒張、充血し、恥部を中心に全身汗が噴きこぼれ濡れていく。霧野の完成された身体、一個の生の彫像が、蛞蝓ほどの遅さで、喘ぎえ喘ぎ身体を押し上げては沈めている。80。むりもうむり、と懇願するようにやっとのことで口が、極限状態でひきつった笑みを讃えながら動いていたが、「じゃあ1からやるか?」といってやると、奇麗な下唇をしっかり嚙みしめて黙り、恨みの籠った表情をしつつ、また、上下運動を続けるのだった。自重運動+アルファ50kgの運動ですっかり拡がった穴は最早最初の方にあった抵抗はなく、やすやすと、気持ちよさげに、卑猥な音を立てながら楔を簡単に咥え込み飲み込んでは抜け出しを繰り返す。
最後の方はもう、数が数になっておらず獣の唸るようになっていたが、黒木は霧野が100やり遂げたのを見て、バーベルを取り除いてやった。霧野はそのまま、荒れ果てたため息をつきながらつんのめるようにして、楔から腰を勢いよく解放させて、黒木の足もとに縋るようにうつ伏せになって縮こまって、喘息のように激しく息をしながら震えていた。黒木は一瞬このまま重しを落として頭をかちわってやりたくなるなと思いながらも、再びガレージに戻り、バーベルを戻した。しかし、さすが体育会系の持久力、感嘆する、黒木は下半身に血流が流れ込んでいくのを感じた。今すぐにでもご褒美をくれてやりたくなる。が、まだだ。黒木はガレージで自身の一物をひと際大きく怒張させる血潮が下半身から頭の方へ戻るのを待ってから、霧野を待たせている部屋へ戻った。
霧野はまだ息も絶え絶えの体で、床に座り込みベッドに腕をかけてそこに顔を埋めて肩で呼吸していた。艶のある目尻、一瞬瞳が黒木の方を向いて、また伏せられる。いじめぬいて濡れた下半身が未だ痙攣するらしく、立てないらしかった。呻いた端から涎が出てしまい、顔こそ見えないが床に涎の水滴がひとつの粘液のたまりをつくっていた。聳え立ったままになっている淫具の周囲も同じようになっていた。
黒木は霧野に向かってタオルを放り投げて渡した。
「片付けろよ、それ。穢いだろ。」
タオルを先に自分の身体に這わせるようなことがあったら罰を与えようと思っていたが、霧野は黒木の言葉を正確に遂行して、先にさっきまで自分の中に納められ、熱の移った無機物を拭き取り、床から外し、拭き、自分の不始末も床に座りこみながら熱心な調子で拭き掃除し始めた。その間も、傷だらけの背中、黒木が間宮だったときに最初に付けた傷跡をうごめかせながら、もう何も残っていない床を執拗に拭き続けている。頭が回ってないのと彼の潔癖の習慣がそうさせるのだろうなと思いながら、黒木は自分はベッドに座りしばらくその様子を眺めていた。
「もういいから。」
背後から抱き留めるようにして彼を抱き上げるが、脱力しているのも手伝って、とても重いのだった。ベッドの上にひきずりあげて横にしてやると、ようやく肌に触れられたのに身体が反応して一段と濡れて匂いを放ち始め、ベッドの上に横向きの姿勢で重く沈んだ。さっきまでの運動の効果で、全身に脈々とした生命力の強い太い血管が、薄い皮膚の下に青く浮き出ていた。この太い血管の中を、激しい脈拍、勢いで血潮が漲って流れている。特に皮膚の薄い首筋や四肢、太ももの付け根は、少し針でつつけばそこから血が噴き出んばかりに筋が浮いて、脈打っているのまで薄桃色の皮膚の上からよく見えた。端正な顔が苦痛からの解放で笑みとも虚脱ともとれぬ表情をしていた。
抵抗する力ももう無いだろうとわかる中、黒木は段ボール箱の底から黒い拘束衣を取り出した。これは、袖を通しても手が出る出口が作られていない。その状態で腕を自分自身を抱くように組ませ、後ろへ回った腕を、留め具で背中の側で留めてしまう。そうすると上半身の自由は全く無くなる。元々のルーツは問題のある囚人への懲罰や精神病院の手に負えない患者などで使われるために作られた物。現代ではもっぱらこういったプレイに使用される。マニアであれば本物を集める者もある。黒木が購入したのは、もっぱらこういう時に使用されることを前提とした拘束衣であった。とはいえ、安物ではなく、黒い合成皮革を素材に作られ頑丈。自分を抱くようにさせた腕を後ろ手に拘束するための留め具も簡単に外れぬように五つほど取り付けてあり、首元にも輪が付いている。それからここが最も通常の拘束衣と違いプレイ用とわかる部分で、胸元の部分は地肌が見えるように空いているのだ。
これは、黒木が自分に使うことを前提で興味で購入して少し強度を強く改良したものだが、結局一人で着ることが出来ず、二条に使ってくれと頼むこともはばかられる為一度も袖を通されないまま段ボールの底に眠って居た代物である。一日中猟に駆り出され走り疲れ果てた犬のようにぐったりした霧野の身体を持ち上げ、袖を通していった、若干の抵抗はあるが、今の運動しまくった直後の霧野では美里にさえ負ける。手早く衣を着せて、背後できつめに留め具を止めていった。蒸れて熱いだろう。そして、下半身の方だけ風にさらされて、感じるだろう。
まだ自由なままの足を押し上げるようにして肩に乗せて開く。さっきより随分具合の良くなった恥部が臀部まで紅く染まった中心で、小さく口を開いたままになって濡れそぼり、早速シーツまで濡らしている始末。双方この間終始無言である。黒木は足を持ち上げた状態でロープを取り出し、霧野の汗ばんだ太ももに続く武骨な膝、脚の折り目にロープを引っ掛け結び、ベッドのヘッドボードに括りつけた。その間も、霧野の身体は準備運動のせいで足は常にガクガクと痙攣しっぱなしで、黒木の手の中で吊り上げられた大きな魚のようになっていた。まだ身体を横にしたままであるが下半身は黒木の方に開かれている。黒木は霧野の身体を抱えるようにして、もう片方の脚も同じように吊り上げた。すると霧野の身体は自然仰向けになり、腕は拘束衣で後ろに回されているせいで隠すこともできなくなって剥き出しの膨らんだ胸板が目の前で上下し、顔が正面を向いた。霧野の視線は自分の拘束された身体を見るように下の方を向いて、狭い拘束着の中でみちみちと音を立てていた。ロープで吊り上げられて開脚させられた脚の筋が電線が風で震えるように痙攣して、開かされたその間でささやかに肉棒をふくらませ、その膨らみは呼吸と筋の痙攣に合わせてボロンボロンと揺れていた。
黒木は霧野の上に覆いかぶさって熱を感じた。霧野の開きかけたその口を手でふさぐと、目尻の艶が一層強くなった。黒木は手の下でぬるぬるとした感触を感じた。この組み敷いた男の歯が当たりそうで当たらないのを感じた。彼の口の中に指を二、三本と挿しいれていった。舐めようとも噛もうともせず震える舌が微かに逃げるように動く。指を引き抜き、半ば開いた口に棒状の口枷を噛ませて頭の後ろで留め具を止めた。口で呼吸できなくなった分、いやそれだけせいではないが、霧野の呼吸が一層上がって、黒木が離した頭ががくんと俯いて、雄を一段と膨らませるのだった。そして、汗と雄汁で潤んだ肉の溝、裂けた膨らみ、淫花が、ふわぁ……と一人でに拡がっていくのを黒木は眺めていた。
黒木がベッドからどいて背を向けた時、ようやく真っすぐした霧野の視線を感じた。もう一人でどうにかできる状況にない霧野をそのままに部屋を出る、廊下が異様に冷えていた。いや、あの部屋の温度が双方の、主に霧野の肉体から発せられた熱で温室のように熱くなりすぎているのだ。黒木はリビングに戻ってコーヒー豆を轢き始めた。無心で削っているつもりだが、時々手が止まって何かとりとめの無いことを考えていることに気が付き、また、作業に戻る。手に異常な力がこもり、機材を壊しかけた。
黒木が湯気だつマグカップを片手に戻ってくると、霧野はもちろん同じ姿勢のままそこに寝かされているのであり、雄は、心なしかさっきより怒張している。霧野は黒木の方を横目で見上げて、身体を軋ませていた。黒木はこれを霧野の挑発とみて乗らず、黙って見続けた後、部屋の奥からファッキングマシンを持ち出してきた。霧野は一層身体を軋ませた。コンセントを差し込み、これが充電式ではなく、無限に稼働することが可能であることを、霧野に見せた後、無言のまま設置し、さっき使ったディルドと変わらないアタッチメントをつけ、霧野の中になんなく挿入、霧野の反応を待つまでも無く電源を入れた。
そうして……およそ、一時間くらい、様子を見ていてると熟れた肉塊は勝手に三度ほど射精して果てたが、機械には、そんなことは関係が無い。がしがしと、動けない、動かなくなった身体を一定の速さで奥まで犯し続け、霧野の枷を噛まされた口の端から泡を吹いて漏れ出て、身体とベッドにつたっている。機械の責めを屈強な肉で受け止める反動で身体が上下に揺れ、霧野よりも機械よりも先に、ベッドか拘束衣かがぶっ壊れそうである。
黒木が携帯のカメラを回すと最初こそ唸っていたが繰り返す内に諦めたのか、唸ることも止め、ワザと黒木の存在を無視するようにして目をきつく閉じたが、閉じると余計に感じるのか、所在なさげに途中から顔を横に向けるのだが、横を向くと拘束され蒸れた自分の脇の辺りから、むんむんと汗ばんだ匂いを恥ずかしげも無く出してしまっているのに気が付いて横を向くのもはばかられ、自然、天井の方か少し下の方に所在なさげに視線を動かすのだが、身体が高まってくるとそうはいかず、身体をのけ反らせて逃れようともがくのだが、何の意味も無く余計に自分の惨めさを感じるだけであり、時たま黒木と視線が合うと、もともとピンクがかったからだがさらにサッとわかりやすく赤らんだり、瞬間的に媚びるような目をして見せるのだが、黒木が何もしない、何も言わない、の、一点張りで居るのを見て、喉を鳴らしていた。
機械を止めたと同時に霧野の身体から力が抜けていくのが分かった。その上に覆いかぶさって明かりを消した。
行為は何の抵抗も無くあまりにもスムーズに進み、それは黒木の身体にとっても初めてのことであった。普段どうしても相手の身体がきつすぎるくらいで、今まで霧野にハメた中でも抵抗を感じていたのがそれが今、全くないのだ。暗闇の中で肉と肉が均一の溶け合う感覚を黒木は霧野の身体の中で存分に感じたし、物言えぬ相手も似た感覚、いやさらに深く奥に沈んで身体だけで感じているに違いないだろうと思うのだった。闇の中で衣と剥き出しの性感帯に触れ、舐め、深く、沈むほど深く、雄鉾を奥まですっぽりと、埋めていく。濡れ柔らかな温かさの中に全てが飲み込まれ、受け止められ、絡みついて、貪り取られていく。肉の境い目がドクンドクンと脈打って、黒木は空いている手を時たま霧野の首元からぶら下がった拘束衣のリングに引っ掛けてみせた。すると中が奥の方から痙攣するように締まってちょうどいい。どのくらいそうしていたかわからぬが、見えなくても、結合した肉の感覚から、目の前の相手がずっと意識を保ったまま、黒木の鬼畜棒、怪物をらくらく受け入れ、さらに弛緩した状態からきゅうきゅうと締めつけさえしていることがわかり、こんなの、何度中に放出してもしても、終わらない。黒木自身、頭ではいい加減眠いと思うのだが、下半身、制御の効かない巨肉の方はいつまでも責め足りないと鋼鉄のように固くなったまま、わがままにむさぼり続けることを止められない。こんな身体は、そして自分自身こんな身体になるのは初めてだ。締めたカーテンの隙間から光が微かにあふれた頃、ようやく黒木は霧野の上から身をどかし、自分の身体がだるいのを感じながら、欠伸しながら霧野の脚の拘束をはずしてやった。途端、拘束を外された男は、黒木に背を向けるように身体を横にした、ようやく朝陽が差し込み若干の光で互いの姿が見えようとなったのに、いや、だからか。
黒木はこちらに背を向けたままでいる身体を、最初のように背後から抱いて、疲れた自分の代わりに、霧野の身体に、背後から振動する玩具を差し挿れようとした。黒木の腕の中で霧野は流石に逃れようと悶えるのだったが、黒木は乳首をきつくつねりながら、拘束衣にきつく拘束されたままの上半身を身体を背後から強く抱く、膝を股の間に突っ込み無理やりぐいぐいと玩具を押し込み、抑えた。そのまま、他の三つの性感帯、剥き出しの乳首と陰茎にも自分の指の代わりに電動式ローターをテープで巻きとめてスイッチを入れると、霧野は散々凌辱されたとは思えぬ力を黒木の腕の中で発揮し始めたが、拘束されたままでどうにもならない。黒木は霧野をそのままに抱っこしたまま自分は横で目をとじて清々した気持ちで目を閉じた。
黒木の目が覚めたのは日が随分高くなってからで、まだ機械がブイブイ言っていた。とはいえ、横では霧野が湿った身体を責められながらも、薄い寝息を立てていた。背後で黒木が起きたことにより、半覚醒状態で寝ていた霧野の身体はすぐに目を覚ましたようで再び勢いよく唸り出した。
「わかったわかった、わかったから大人しくしろよ。暴れてたら外せないだろ。」
黒木は霧野を責めていた電動玩具を取り外したが同時に、再度霧野の上に勢いよく覆いかぶさるのだった。霧野の目の前に黒木の巨根が堂々と聳え立っているのを、まず霧野をは見て、それから顔を上げ、信じられないという瞳を合わせてきた。黒木は戸惑いを隠せない霧野の顔を見ながら朝の一発を清々と放ってから、度重なる一突きごとの衝撃に虚脱してしまった霧野のモノを出すのも手伝ってやった。黒木はそれでようやく息も絶え絶えになっている霧野の拘束衣と口枷をようやく外してやり、どろどろになっている口枷をベッドの上に放り投げ、動けずベッドの上で虚脱している霧野をそのままに、脱がした拘束衣を片手に脱衣所に向かった。
「げ……」
拘束衣の留め具の五個あった内の二個が吹き飛んで壊れていた。留め具はベッドの周辺にでも散らばっているのだろう。高かったんだぜ、これ……、まぁ、後で頑張って直してみるか……。
壊れた拘束衣を洗濯機に放り込み回し、軽くシャワーを浴びてからリビングに向かった。
ラジオをつけた。今日も世界では戦争が続いている。トーストを焼いて食べていると、奥の方からぎし、ぎし、と床を鳴らす音が聞えてくる。壁に手をついて、素肌に床に捨て置いていたスウェットを着込んだ霧野が現われた。端正な顔の中にささやかに隠しきれない羞恥を浮かび上がらせており、一晩中黒木の手と玩具とで弄ばれていたせいで深い眠りには就けなかったようで紅潮した皮膚と反対に目の周囲に青青いクマが浮いて悪い目つきを一層悪い悪人面にさせていた。黒木は今自分たちの所に何か事件が起きて(すでに起きてはいるが)第三者が尋ねて来たら、霧野を加害者、黒木を被害者として見るかもしれないなと思った。
黒木は無言のまま立ち上がって席につこうという霧野とすれ違うようにキッチンに立ち、トーストを二枚焼き、牛乳と一緒に自分の向かいに置いて食事を再開した。霧野はしばらくぼーっとした表情のままでいたが、出された物を咀嚼し始めた。シャワーも浴びていないからか、全身からまだ昨夜から今朝にかけての雄の残り香が立ち昇って鼻についた。熱の引いた身体とはいえ、まだ夜の色気が残っているその動作一つ一つが、黒木には性的に見えるのだった。咀嚼しているその口の中に、牛乳の代わりに別のものを注ぎ込んでやっても悦ぶだろうなと思いながらも、あまり無神経にじろじろと見るのは止めた。
「で、今日はどうする?」
黒木は霧野に問いかけた。霧野は一瞬眉をしかめたがそれが性的な話ではなく、現実の今自分たちが抱えている問題のことだと理解して、無理やり口の中の物を流し込んだ後、「ああ……」と枯れた声を出した。
「ああ……、じゃないんだよ。あんまり流暢なことしてる場合じゃないだろ。」
「……わかってるよ。」
「お前、家族や大事な人は?」
霧野は一瞬質問の意図をわかりかねると顔をしかめたがすぐに理解し「居るけど、今はあまり心配してない」と言って続けた。
「川名から俺が逃げた場合、俺の関係者から消すと言われている。が、そこはまだ、なんとかなる、と思っている」
「というと?……。ああ、わかった、アンタの上司ね。じゃあまだ猶予があるわけだ。」
霧野は、「何で知ってる」と軽く目を見開いて見せた。
「別に。俺が知ってて悪い道理があるわけ。」
間宮はせせら笑いながら言った。
「ああ、心配しなくても。誰にも言ってないよ。面倒くさいことになるだけだからな。俺が見たところじゃ彼、少し常識人過ぎるように見えるけど、お前がそういうなら大丈夫なんだろ。いいね!協力してくれる人が居るっていうのはな。」
「……そうだな。そうかもしれない。」
「俺の時は家を家族ごと焼かれたからな。家族、と言っても親父一人だけだったが。」
「……。何だって?」
霧野は目の前の男が世間話でもする体でとんでもないことを口走ったのを受け止めきれずにここに着てようやく目が覚めた気分になった。間宮はトーストを飲み下しながら「だから、親父ごと家を焼かれたんだよ、」と同じ調子で繰り返して寂し気に笑った。
「お前も同じことになる可能性があるから、あまり流暢にしている暇はないと言ったんだ。でも、お前が大丈夫というなら大丈夫なんだろ。はい、もういいだろ。話終わり。終了終了。」
「俺の話はいいよ、何故」
「ん?何だ?霧野さんみたいな人が俺に興味を持ってくれるわけ、嬉しいねぇ。お前の調査対象に俺が入ってないことは知ってる。だからお前は俺のことをあまり知らない。それは俺にとっても都合がいい話ではあるんだが、今だけは話してやろうかな。でも、なんだか自分語りするめんどくさい風俗嬢の気分になってきたな。クソ。やっぱりやめよう、こんなつまらない話。」
霧野は是非聞きたいと思った。が、即座に是非聞きたいと口に出すとこの男は話すのを渋り始めるだろうということが直感的にわかる。霧野が聞きたいと思ったのは、好奇心、今後の戦略建てのため、間宮を自分の側に引き込むための材料集めが表面的な理由であった。
「川名が、お前の家を焼いたのか。」
間宮は霧野の問いかけに言い淀むような調子だったが「いや……」と言って続けた。
「違うな、わかるだろ。」
「二条だな。」
間宮は肯定も否定もしなかったがその沈黙がYESであることを語っていた。
「そんなことされて、どうしてお前は奴を慕っているんだ。」
間宮は苦虫を噛み潰したような顔をして何も言わぬまま立ち上がり、霧野を残して空になった皿を手にキッチンの方へ消えてしまった。霧野は軽く伏せた顔の下でほくそ笑んだ。いけるかもしない。崩せ、奴の二条への執着を、そして美里と同じようにこちらにつけるのだ。今しかない。責めろ。奴の急所を。その時、霧野の身体の奥の方からどろりとした熱いものが漏れ、間宮から借りたスウェットに染みていく感じを覚えた。
「……。シャワー借りていいかな。」
すぐ背後に間宮の気配を感じて立ち上がると彼は「漏らした?」とさっきと打って変わってにやにやしながら霧野を真っすぐ見ていた。霧野が急ぎ立ち去ろうとする前にスウェットを鷲づかんで覗き込んだ。
「よせ馬鹿!!」
「あーあ……、俺の服に漏らしたな、人の服だぞ。何してんの?くっさいよ、シャワーも浴びず、どうせ飯の匂いを嗅ぎつけてのこのこ出てきたんだろ。どうしようもないなアンタ。欲望のままに生きすぎだろ。」
「てめぇがっ……朝からっ……」
「はいはい、俺が悪い俺が悪い、いいからシャワー浴びてきな。後で洗っといてやるから。」
「自分で」
「洗剤の位置わかってる?どれ使えばいいとか。」
「……。」
「な。脱衣所に置いといてくれ。」
これ以上話し合っても無駄だ。霧野は間宮を振り切るように脱衣所の方に駆け込んだ。洗濯機が回っている。染みを隠すようにスウェットを脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。湯の飛沫一粒一粒が身体に染みる。感じるのだ。湯を兎に角極限まで熱くしてすべてを、湯の熱さでまぎらわして、流す。そうして予想以上に長く無心で身体を洗って出ると新しい着替えが置かれており、着替えて出れば、間宮はまた外に出る支度を済ませているところだった。
「どこへ行くんだ。」
「何。別に関係ないだろ。」
「関係あるな。今の俺はお前に突然いなくなられたら困るんだ。」
「……。」
間宮は「ふーん……」と言ったきり動きを止め「今のお前は、俺に居なくなられると、困るのか。」と霧野の言葉をオウム返しするように呟いた。霧野は「そうだ。」とだけ答えた。
◆
「美里君、美里君。」
美里は校舎裏で時間をつぶして居たのを同級生の橋部に話しかけられて、ようやく近くに人が立っていることに気が付いた。それまで何をしていたのかもよく覚えていなかった。とにかく教室に居なかったのは確かであるが、教室に鞄を置いて、その後どこで何をしてここに来たのかさえもう覚えていないのだった。
卒業するまでの暇つぶしをしているだけ。ろくに授業に出れていない、出ても眠くて勉強にもついていけない。進学する余裕も時間も金も無いからやる気を起こそうと言ったって起きない。卒業したら、本格的に時間は無くなることが確定している現状。出席日数だけをぎりぎり稼ぐため、それから出来るだけ嫌な大人から遠ざかるために学校に来てるだけだ。
以前は、どうしようもない連中から小金を回収して遊んでいたこともあったが、今になってみればその金額のあまりの少なさにやる気が失せる。それで、つまらなくなってやめたのだった。1万2万、それくらいの小金をもらったところで、全く、これっぽっちも、何の足しにもならない。コスパが悪い。
カツアゲを行う連中は親が裕福な恵まれた木偶が意外と多い。貧乏人は金の使い方を知らないから意外とカツアゲなんて愚行はしないのだ。つまり、コスパだけで考えれば、カツアゲを行っている方を強襲して財布ごと奪った方が抜群に効率がよいに決まっている。そういうわけで、他校のカツアゲ現場に割って入って強奪することをここ1年くらいやりまくっていた。ある日、街中で一人が三人のボンボン学校の連中に囲まれている現場を見つけ、善人面の作り笑いで止めるふりをして割り込んで、不意を打って三人殴り飛ばし、財布を手に入れることに成功。さっさと退散しようとしたところで、襲われていたのが同じ学校の不良の橋部だったのがわかった。そもそも、橋部はカツアゲされていたわけでもなんでもなく、元々素行が悪い者同士、他校の不良に因縁をつけられて襲われていただけだった。遊びついで金を強奪していた美里にとって、そんなことはどちらでもいいのだが、それからというもの橋部が、度々接触してくるようになった。その橋部が、「お前の取り分」と言って3万程渡そうとしてくるのだが、そんなはした金、どうでもいい。本当にどうでもいいのだ。100万レベルなら考えるが中学生が中学生もしくは高校生に対してできる額ではない。やはり大人を狙った方が早い。
「いらない。返してこい。」
「返してこいってことは無いだろ。」
「俺が返して来いって言ってるんだぞ、返してこいよ。今すぐじゃなくていいから。」
橋部は不服気な表情をして制服のポケットに金をしまった。
「何だァ?その顔は。」
「あ、いや、別に。ごめん……。」
橋部の顔に一瞬恐れが浮かんだので鼻白んだ。ごめんじゃなくて、つっかかってきてもらったほうがまだいい。もう、話にならな過ぎて誰とも喋りたくないのだった。だんだんと、誰と話をしていても嚙み合わなくなってきていた。教員でさえ自分より幼稚に見える。何もわかってない。生徒より教師の方が余程馬鹿だ。でも、橋部も馬鹿だな、素直に分かったと言って自分で使っちまえばバレないんだからそうすればいいのに、妙なところ律義だ、だからこそ、これだけ突っぱねても他の連中と違っていまだに懲りずに密に接触してくるのだろうけど。
会話やカツアゲより、単に喧嘩をしている方が未だ面白い。そういうわけで校内の大体の馬鹿とは遊んでしまったから、もう相手になってくれる人間はおらず、他校に探しに行くしかない。しかしそれほどのバイタリティがあるわけでもないので、こうして校舎裏の定位置でたむろしていると、たまに馬鹿が釣れることがあるのだ。と、考えている内にフェンスの向こうに馬鹿3人が見えた。モノクロに近かった気色が、急に生き生きとしてくる。
「どうする?他のも呼んでこようか?」
「……。いや、3対2で、ちょうどいいくらいだ。ハンデがあるうえで負かしてやる方が気持ちいいだろ。」
そうして楽しく遊んで清々してから帰ると、家の前に車が停まっていて一気に景色がまた曇ってくる。
「今日は無しのはずでしょ。」
車の中のスーツ姿の大人、錦に向かって心底癒そう中を作って言った。
「いや、急に入ったからありです。」
事務的な口調。彼は太ぶちの眼鏡をかけ前を向いたままである。
「うーん、あんまり状況がよくないな、……、よくないです、」
美里は制服をめくり上げた。錦がようやくこちらを向いた。先ほど遊んできた際についた痣を見せた。
「あっ!何をやってるんですか。」
「だって次は来週って聞いてたから、来週までに治るレベルなら良いかなと思った、思いました。」
「困りますよ……。」
錦は心底弱ったという顔を隠しもせずどこかに電話し始め、電話しながら謝罪し始め、ええ?!とか、それは……とか、繰り返し、電話の向こう側と何かもめているようだった。急に現れる客。それは例外的な客であり、相当金を積んで現れている特別客ということ。と、言っても、金は上がはねるから、こちらに流れてくる金の額は大して変わらない。面倒くさいから流れてくれと思う。
結局、仕事には行かされた上に、錦がしきりに謝り、異常な程に気を使ってくるので相当よくないハズレ仕事だろうなと思ったらその通りである。子どもを虐めるのが好きなサディスト、痣の1つや2つくらい寧ろどうということもなく、それほどの耐久力があるのであればやりがいがあるという変態。全てのタイミングが最悪であった。
翌日、到底学校に行ける体調ではなく、寝込みながら出席日数を計算して居たらほぼ1日が終わっていった。夜、来客。無意味に責任を感じたらしい錦が、手土産をもってアパートまでやってきたのだ。彼は荒れ果てた部屋に目を見張り、勝手に掃除を始めるのだった。
「おい!なんだよっ、勝手に上がるな、……帰れよっ!、帰れってば……」
こちらが手を出そうにも力が入らない状態なのを錦もわかっているようだった。
完全な無視。いいね、その位の強い意志があるから、見た目に似合わずこういう世界にまだいられるわけね。
美里はあきらめてソファの上に寝ころんだまま、錦のせわしなく動く様子を目で追っていた。
「錦さんって何でこんな仕事してんの?全然似合ってないよ。普通のリーマンの見た目じゃん。」
「大人にはいろいろ事情があるんだよ、君だってそうだろ。」
「”大人”で誤魔化すなよ、その理屈で言ったら錦さんの中では俺も大人になるけど?」
「……」
「なんだよ、俺なんかに論破されて、よくそれでやっていけるよな。いや、そうだから普通の一般社会から落伍したとか?まあいいや。昨日のことで錦さんが責任を感じることなんか何も無いんだよ。」
錦は一通りの家事、料理まで作り置きしてから帰っていった。と思えば、しばらくして息を切らして戻ってきたのだった。
「何?忘れ物?」
美里は部屋の電気も付けず、暗闇の中から錦に話しかけた。
「……今日、泊まろうか。」
「……うん。そうしてくれよ。」と言いかけ、止めた。
だって、嘘かもしれないから。他の大人と、同じかもしれないから。
「うん、大丈夫です、ありがとうございます。」
作り笑いして頭を下げた、錦の靴がしばらく視界の内から消えなかったが、美里が頭を下げたまま動かないでいると、靴が踵を返し、何も言わず帰っていった。表情を見たくなかった。どうしても。
結局、出席日数を考えて次の日には一応学校に顔を出し、途中でバックレることに決めた。バレンタインデー当日だった。下駄箱を開けると中に小ぎれいな小箱が大量に詰まって中から一つ転げ落ち靴先にあたった。
「……」
瞬間的にその小奇麗な包装を上から踏みにじってゴミにしてやりたいと思いながらも、視線を感じて素直に拾い上げ無心で鞄の中に放り込んだ。漫画みたいなこともあるんだなと毎回思いながら小箱を回収して鞄に一つずつパズルを完成させるようにして丁寧に詰めていった。無意味な作業。
チョコレートの包装から一番家が金を持っている女を見極めてやろうと去年は考え、特に興味も無いそいつの家に遊びに行ってみるのだが、まあ続くわけがない。最初は猫を被ってるからいいが、だんだんと面倒になっていって小金を巻き上げるだけ巻き上げて終わる。女がどんどん絶望した表情になっていくのを見ているのは悪い気がしないでもなかった。だって、こちらの人間性を何も知らず近づいてきたわけだから、自業自得だと思わないか。
そういうわけだから、悪評がついて誰も近寄らなくなればいいのに、そうはならない。どう考えても中身も将来性も無い終わってる人間。所詮皮だけしか見ていない、一過性の熱。しかし価値のある皮ということ。一過性の熱が一番人を狂わせるのだ。ギャンブルと同じ。刻まれた名前の中に、ほぼ知っているものが無い。というか同じクラスの人間の名前も3人くらいしか覚えていないのだから無理も無いのだ。それでも知っているふりをするのは上手い。歩いていれば、名前と顔は一致しないが、誰がいれたかくらいは視線顔つきでわかる。お返しをしたことは一度も無い。それで3年間同じ物を入れてくる人間もいるのだから、そいつくらいは覚えている。でも絶対にこちらからは話しかけてやらない。向こうから直接くれば相手するのに、どうしてこう回りくどいかな、誰も彼も。
「えらいえらい。」
黒木は小さく呟きながら廊下を歩き、鍵をかけたガレージの中へ向かった。バイク、工具などに混じって、隅の方にトレーニング器具が雑多に置かれている。ここに来た時にはあまり使わないが、身体がなまらないようにと小屋を建てた最初の頃に幾らか運び込んだ器具である。バーベル棒と錘を担いで戻ってくると、彼は床に手をついて、ゆっくりとした動作でうつむいたまま下半身で巨大な棒を咥え込んでは身体を持ち上げるスクワット運動を律義に繰り返しており、黒木が戻ってきたのをわかってはいるようだが、貌を上げはしない。「75!」丁度いい具合だった。
「動きの調子が悪いようだから。これ、担がせてやるよ。」
無心になって数字だけ数えていた彼の巨躯が動きを止め、黒木の方に充血した瞳が向いた。半分諦めたような表情で何か言おうとするのだが、息が上がってしまって喉がまともに使えないようだった。何も言えない、自由に動けない彼に、合計50キロになるバーベルを担がせる。普段なら楽々だろうだが、状況が違う。ずしん、とした重みを受けた身体が一気にずり下がり、腕と太ももの血管がさっきにましてみるみるに浮き上がり、ずぶずぶ沈んでいって、なかなか上がってこられず、「ぅ゛ぅぅぅっ」とうなっては恨みがまし気に赤くなって黒木を見ているが、黒木は笑いもせず、怒りもせず白々と霧野を見降ろして「どうした。終わりか?」と挑発した。
霧野の肉体の震えがさっきにましがくがくとして、床から彼を縫い留めている巨大な棘の頂点まで身体がなかなかせりあがれずにいた、生きたまま串に刺された川魚が無意味に身体をくねらせるのにも似ていた。身体は徐々に順応し始め、数字が、なんとか76に、77に、78となるが、バーベルを担がされているせいで、さっきまでのように、黒木も黙って許容していた手を前について軽く休む行為もできなくなった。もし休むとしても、ただ身体を重みにまかせて沈めるしかなく、沈めると杭が熟れて熱くなった肉芯の奥まで食い込んで、身体に力が入らなくなるのだ。そして、一度完全に力を抜いてしまうと腰が抜けて、もう二度と持ち上がらなくなるだろう。
気力だけでまた身体が、ずるずる隠微な音を立てながら上がっていくが、数えているというより溺れている人間が必死にし呼吸して助けを求めるような様子になっていったが、霧野の雄は一層怒張、充血し、恥部を中心に全身汗が噴きこぼれ濡れていく。霧野の完成された身体、一個の生の彫像が、蛞蝓ほどの遅さで、喘ぎえ喘ぎ身体を押し上げては沈めている。80。むりもうむり、と懇願するようにやっとのことで口が、極限状態でひきつった笑みを讃えながら動いていたが、「じゃあ1からやるか?」といってやると、奇麗な下唇をしっかり嚙みしめて黙り、恨みの籠った表情をしつつ、また、上下運動を続けるのだった。自重運動+アルファ50kgの運動ですっかり拡がった穴は最早最初の方にあった抵抗はなく、やすやすと、気持ちよさげに、卑猥な音を立てながら楔を簡単に咥え込み飲み込んでは抜け出しを繰り返す。
最後の方はもう、数が数になっておらず獣の唸るようになっていたが、黒木は霧野が100やり遂げたのを見て、バーベルを取り除いてやった。霧野はそのまま、荒れ果てたため息をつきながらつんのめるようにして、楔から腰を勢いよく解放させて、黒木の足もとに縋るようにうつ伏せになって縮こまって、喘息のように激しく息をしながら震えていた。黒木は一瞬このまま重しを落として頭をかちわってやりたくなるなと思いながらも、再びガレージに戻り、バーベルを戻した。しかし、さすが体育会系の持久力、感嘆する、黒木は下半身に血流が流れ込んでいくのを感じた。今すぐにでもご褒美をくれてやりたくなる。が、まだだ。黒木はガレージで自身の一物をひと際大きく怒張させる血潮が下半身から頭の方へ戻るのを待ってから、霧野を待たせている部屋へ戻った。
霧野はまだ息も絶え絶えの体で、床に座り込みベッドに腕をかけてそこに顔を埋めて肩で呼吸していた。艶のある目尻、一瞬瞳が黒木の方を向いて、また伏せられる。いじめぬいて濡れた下半身が未だ痙攣するらしく、立てないらしかった。呻いた端から涎が出てしまい、顔こそ見えないが床に涎の水滴がひとつの粘液のたまりをつくっていた。聳え立ったままになっている淫具の周囲も同じようになっていた。
黒木は霧野に向かってタオルを放り投げて渡した。
「片付けろよ、それ。穢いだろ。」
タオルを先に自分の身体に這わせるようなことがあったら罰を与えようと思っていたが、霧野は黒木の言葉を正確に遂行して、先にさっきまで自分の中に納められ、熱の移った無機物を拭き取り、床から外し、拭き、自分の不始末も床に座りこみながら熱心な調子で拭き掃除し始めた。その間も、傷だらけの背中、黒木が間宮だったときに最初に付けた傷跡をうごめかせながら、もう何も残っていない床を執拗に拭き続けている。頭が回ってないのと彼の潔癖の習慣がそうさせるのだろうなと思いながら、黒木は自分はベッドに座りしばらくその様子を眺めていた。
「もういいから。」
背後から抱き留めるようにして彼を抱き上げるが、脱力しているのも手伝って、とても重いのだった。ベッドの上にひきずりあげて横にしてやると、ようやく肌に触れられたのに身体が反応して一段と濡れて匂いを放ち始め、ベッドの上に横向きの姿勢で重く沈んだ。さっきまでの運動の効果で、全身に脈々とした生命力の強い太い血管が、薄い皮膚の下に青く浮き出ていた。この太い血管の中を、激しい脈拍、勢いで血潮が漲って流れている。特に皮膚の薄い首筋や四肢、太ももの付け根は、少し針でつつけばそこから血が噴き出んばかりに筋が浮いて、脈打っているのまで薄桃色の皮膚の上からよく見えた。端正な顔が苦痛からの解放で笑みとも虚脱ともとれぬ表情をしていた。
抵抗する力ももう無いだろうとわかる中、黒木は段ボール箱の底から黒い拘束衣を取り出した。これは、袖を通しても手が出る出口が作られていない。その状態で腕を自分自身を抱くように組ませ、後ろへ回った腕を、留め具で背中の側で留めてしまう。そうすると上半身の自由は全く無くなる。元々のルーツは問題のある囚人への懲罰や精神病院の手に負えない患者などで使われるために作られた物。現代ではもっぱらこういったプレイに使用される。マニアであれば本物を集める者もある。黒木が購入したのは、もっぱらこういう時に使用されることを前提とした拘束衣であった。とはいえ、安物ではなく、黒い合成皮革を素材に作られ頑丈。自分を抱くようにさせた腕を後ろ手に拘束するための留め具も簡単に外れぬように五つほど取り付けてあり、首元にも輪が付いている。それからここが最も通常の拘束衣と違いプレイ用とわかる部分で、胸元の部分は地肌が見えるように空いているのだ。
これは、黒木が自分に使うことを前提で興味で購入して少し強度を強く改良したものだが、結局一人で着ることが出来ず、二条に使ってくれと頼むこともはばかられる為一度も袖を通されないまま段ボールの底に眠って居た代物である。一日中猟に駆り出され走り疲れ果てた犬のようにぐったりした霧野の身体を持ち上げ、袖を通していった、若干の抵抗はあるが、今の運動しまくった直後の霧野では美里にさえ負ける。手早く衣を着せて、背後できつめに留め具を止めていった。蒸れて熱いだろう。そして、下半身の方だけ風にさらされて、感じるだろう。
まだ自由なままの足を押し上げるようにして肩に乗せて開く。さっきより随分具合の良くなった恥部が臀部まで紅く染まった中心で、小さく口を開いたままになって濡れそぼり、早速シーツまで濡らしている始末。双方この間終始無言である。黒木は足を持ち上げた状態でロープを取り出し、霧野の汗ばんだ太ももに続く武骨な膝、脚の折り目にロープを引っ掛け結び、ベッドのヘッドボードに括りつけた。その間も、霧野の身体は準備運動のせいで足は常にガクガクと痙攣しっぱなしで、黒木の手の中で吊り上げられた大きな魚のようになっていた。まだ身体を横にしたままであるが下半身は黒木の方に開かれている。黒木は霧野の身体を抱えるようにして、もう片方の脚も同じように吊り上げた。すると霧野の身体は自然仰向けになり、腕は拘束衣で後ろに回されているせいで隠すこともできなくなって剥き出しの膨らんだ胸板が目の前で上下し、顔が正面を向いた。霧野の視線は自分の拘束された身体を見るように下の方を向いて、狭い拘束着の中でみちみちと音を立てていた。ロープで吊り上げられて開脚させられた脚の筋が電線が風で震えるように痙攣して、開かされたその間でささやかに肉棒をふくらませ、その膨らみは呼吸と筋の痙攣に合わせてボロンボロンと揺れていた。
黒木は霧野の上に覆いかぶさって熱を感じた。霧野の開きかけたその口を手でふさぐと、目尻の艶が一層強くなった。黒木は手の下でぬるぬるとした感触を感じた。この組み敷いた男の歯が当たりそうで当たらないのを感じた。彼の口の中に指を二、三本と挿しいれていった。舐めようとも噛もうともせず震える舌が微かに逃げるように動く。指を引き抜き、半ば開いた口に棒状の口枷を噛ませて頭の後ろで留め具を止めた。口で呼吸できなくなった分、いやそれだけせいではないが、霧野の呼吸が一層上がって、黒木が離した頭ががくんと俯いて、雄を一段と膨らませるのだった。そして、汗と雄汁で潤んだ肉の溝、裂けた膨らみ、淫花が、ふわぁ……と一人でに拡がっていくのを黒木は眺めていた。
黒木がベッドからどいて背を向けた時、ようやく真っすぐした霧野の視線を感じた。もう一人でどうにかできる状況にない霧野をそのままに部屋を出る、廊下が異様に冷えていた。いや、あの部屋の温度が双方の、主に霧野の肉体から発せられた熱で温室のように熱くなりすぎているのだ。黒木はリビングに戻ってコーヒー豆を轢き始めた。無心で削っているつもりだが、時々手が止まって何かとりとめの無いことを考えていることに気が付き、また、作業に戻る。手に異常な力がこもり、機材を壊しかけた。
黒木が湯気だつマグカップを片手に戻ってくると、霧野はもちろん同じ姿勢のままそこに寝かされているのであり、雄は、心なしかさっきより怒張している。霧野は黒木の方を横目で見上げて、身体を軋ませていた。黒木はこれを霧野の挑発とみて乗らず、黙って見続けた後、部屋の奥からファッキングマシンを持ち出してきた。霧野は一層身体を軋ませた。コンセントを差し込み、これが充電式ではなく、無限に稼働することが可能であることを、霧野に見せた後、無言のまま設置し、さっき使ったディルドと変わらないアタッチメントをつけ、霧野の中になんなく挿入、霧野の反応を待つまでも無く電源を入れた。
そうして……およそ、一時間くらい、様子を見ていてると熟れた肉塊は勝手に三度ほど射精して果てたが、機械には、そんなことは関係が無い。がしがしと、動けない、動かなくなった身体を一定の速さで奥まで犯し続け、霧野の枷を噛まされた口の端から泡を吹いて漏れ出て、身体とベッドにつたっている。機械の責めを屈強な肉で受け止める反動で身体が上下に揺れ、霧野よりも機械よりも先に、ベッドか拘束衣かがぶっ壊れそうである。
黒木が携帯のカメラを回すと最初こそ唸っていたが繰り返す内に諦めたのか、唸ることも止め、ワザと黒木の存在を無視するようにして目をきつく閉じたが、閉じると余計に感じるのか、所在なさげに途中から顔を横に向けるのだが、横を向くと拘束され蒸れた自分の脇の辺りから、むんむんと汗ばんだ匂いを恥ずかしげも無く出してしまっているのに気が付いて横を向くのもはばかられ、自然、天井の方か少し下の方に所在なさげに視線を動かすのだが、身体が高まってくるとそうはいかず、身体をのけ反らせて逃れようともがくのだが、何の意味も無く余計に自分の惨めさを感じるだけであり、時たま黒木と視線が合うと、もともとピンクがかったからだがさらにサッとわかりやすく赤らんだり、瞬間的に媚びるような目をして見せるのだが、黒木が何もしない、何も言わない、の、一点張りで居るのを見て、喉を鳴らしていた。
機械を止めたと同時に霧野の身体から力が抜けていくのが分かった。その上に覆いかぶさって明かりを消した。
行為は何の抵抗も無くあまりにもスムーズに進み、それは黒木の身体にとっても初めてのことであった。普段どうしても相手の身体がきつすぎるくらいで、今まで霧野にハメた中でも抵抗を感じていたのがそれが今、全くないのだ。暗闇の中で肉と肉が均一の溶け合う感覚を黒木は霧野の身体の中で存分に感じたし、物言えぬ相手も似た感覚、いやさらに深く奥に沈んで身体だけで感じているに違いないだろうと思うのだった。闇の中で衣と剥き出しの性感帯に触れ、舐め、深く、沈むほど深く、雄鉾を奥まですっぽりと、埋めていく。濡れ柔らかな温かさの中に全てが飲み込まれ、受け止められ、絡みついて、貪り取られていく。肉の境い目がドクンドクンと脈打って、黒木は空いている手を時たま霧野の首元からぶら下がった拘束衣のリングに引っ掛けてみせた。すると中が奥の方から痙攣するように締まってちょうどいい。どのくらいそうしていたかわからぬが、見えなくても、結合した肉の感覚から、目の前の相手がずっと意識を保ったまま、黒木の鬼畜棒、怪物をらくらく受け入れ、さらに弛緩した状態からきゅうきゅうと締めつけさえしていることがわかり、こんなの、何度中に放出してもしても、終わらない。黒木自身、頭ではいい加減眠いと思うのだが、下半身、制御の効かない巨肉の方はいつまでも責め足りないと鋼鉄のように固くなったまま、わがままにむさぼり続けることを止められない。こんな身体は、そして自分自身こんな身体になるのは初めてだ。締めたカーテンの隙間から光が微かにあふれた頃、ようやく黒木は霧野の上から身をどかし、自分の身体がだるいのを感じながら、欠伸しながら霧野の脚の拘束をはずしてやった。途端、拘束を外された男は、黒木に背を向けるように身体を横にした、ようやく朝陽が差し込み若干の光で互いの姿が見えようとなったのに、いや、だからか。
黒木はこちらに背を向けたままでいる身体を、最初のように背後から抱いて、疲れた自分の代わりに、霧野の身体に、背後から振動する玩具を差し挿れようとした。黒木の腕の中で霧野は流石に逃れようと悶えるのだったが、黒木は乳首をきつくつねりながら、拘束衣にきつく拘束されたままの上半身を身体を背後から強く抱く、膝を股の間に突っ込み無理やりぐいぐいと玩具を押し込み、抑えた。そのまま、他の三つの性感帯、剥き出しの乳首と陰茎にも自分の指の代わりに電動式ローターをテープで巻きとめてスイッチを入れると、霧野は散々凌辱されたとは思えぬ力を黒木の腕の中で発揮し始めたが、拘束されたままでどうにもならない。黒木は霧野をそのままに抱っこしたまま自分は横で目をとじて清々した気持ちで目を閉じた。
黒木の目が覚めたのは日が随分高くなってからで、まだ機械がブイブイ言っていた。とはいえ、横では霧野が湿った身体を責められながらも、薄い寝息を立てていた。背後で黒木が起きたことにより、半覚醒状態で寝ていた霧野の身体はすぐに目を覚ましたようで再び勢いよく唸り出した。
「わかったわかった、わかったから大人しくしろよ。暴れてたら外せないだろ。」
黒木は霧野を責めていた電動玩具を取り外したが同時に、再度霧野の上に勢いよく覆いかぶさるのだった。霧野の目の前に黒木の巨根が堂々と聳え立っているのを、まず霧野をは見て、それから顔を上げ、信じられないという瞳を合わせてきた。黒木は戸惑いを隠せない霧野の顔を見ながら朝の一発を清々と放ってから、度重なる一突きごとの衝撃に虚脱してしまった霧野のモノを出すのも手伝ってやった。黒木はそれでようやく息も絶え絶えになっている霧野の拘束衣と口枷をようやく外してやり、どろどろになっている口枷をベッドの上に放り投げ、動けずベッドの上で虚脱している霧野をそのままに、脱がした拘束衣を片手に脱衣所に向かった。
「げ……」
拘束衣の留め具の五個あった内の二個が吹き飛んで壊れていた。留め具はベッドの周辺にでも散らばっているのだろう。高かったんだぜ、これ……、まぁ、後で頑張って直してみるか……。
壊れた拘束衣を洗濯機に放り込み回し、軽くシャワーを浴びてからリビングに向かった。
ラジオをつけた。今日も世界では戦争が続いている。トーストを焼いて食べていると、奥の方からぎし、ぎし、と床を鳴らす音が聞えてくる。壁に手をついて、素肌に床に捨て置いていたスウェットを着込んだ霧野が現われた。端正な顔の中にささやかに隠しきれない羞恥を浮かび上がらせており、一晩中黒木の手と玩具とで弄ばれていたせいで深い眠りには就けなかったようで紅潮した皮膚と反対に目の周囲に青青いクマが浮いて悪い目つきを一層悪い悪人面にさせていた。黒木は今自分たちの所に何か事件が起きて(すでに起きてはいるが)第三者が尋ねて来たら、霧野を加害者、黒木を被害者として見るかもしれないなと思った。
黒木は無言のまま立ち上がって席につこうという霧野とすれ違うようにキッチンに立ち、トーストを二枚焼き、牛乳と一緒に自分の向かいに置いて食事を再開した。霧野はしばらくぼーっとした表情のままでいたが、出された物を咀嚼し始めた。シャワーも浴びていないからか、全身からまだ昨夜から今朝にかけての雄の残り香が立ち昇って鼻についた。熱の引いた身体とはいえ、まだ夜の色気が残っているその動作一つ一つが、黒木には性的に見えるのだった。咀嚼しているその口の中に、牛乳の代わりに別のものを注ぎ込んでやっても悦ぶだろうなと思いながらも、あまり無神経にじろじろと見るのは止めた。
「で、今日はどうする?」
黒木は霧野に問いかけた。霧野は一瞬眉をしかめたがそれが性的な話ではなく、現実の今自分たちが抱えている問題のことだと理解して、無理やり口の中の物を流し込んだ後、「ああ……」と枯れた声を出した。
「ああ……、じゃないんだよ。あんまり流暢なことしてる場合じゃないだろ。」
「……わかってるよ。」
「お前、家族や大事な人は?」
霧野は一瞬質問の意図をわかりかねると顔をしかめたがすぐに理解し「居るけど、今はあまり心配してない」と言って続けた。
「川名から俺が逃げた場合、俺の関係者から消すと言われている。が、そこはまだ、なんとかなる、と思っている」
「というと?……。ああ、わかった、アンタの上司ね。じゃあまだ猶予があるわけだ。」
霧野は、「何で知ってる」と軽く目を見開いて見せた。
「別に。俺が知ってて悪い道理があるわけ。」
間宮はせせら笑いながら言った。
「ああ、心配しなくても。誰にも言ってないよ。面倒くさいことになるだけだからな。俺が見たところじゃ彼、少し常識人過ぎるように見えるけど、お前がそういうなら大丈夫なんだろ。いいね!協力してくれる人が居るっていうのはな。」
「……そうだな。そうかもしれない。」
「俺の時は家を家族ごと焼かれたからな。家族、と言っても親父一人だけだったが。」
「……。何だって?」
霧野は目の前の男が世間話でもする体でとんでもないことを口走ったのを受け止めきれずにここに着てようやく目が覚めた気分になった。間宮はトーストを飲み下しながら「だから、親父ごと家を焼かれたんだよ、」と同じ調子で繰り返して寂し気に笑った。
「お前も同じことになる可能性があるから、あまり流暢にしている暇はないと言ったんだ。でも、お前が大丈夫というなら大丈夫なんだろ。はい、もういいだろ。話終わり。終了終了。」
「俺の話はいいよ、何故」
「ん?何だ?霧野さんみたいな人が俺に興味を持ってくれるわけ、嬉しいねぇ。お前の調査対象に俺が入ってないことは知ってる。だからお前は俺のことをあまり知らない。それは俺にとっても都合がいい話ではあるんだが、今だけは話してやろうかな。でも、なんだか自分語りするめんどくさい風俗嬢の気分になってきたな。クソ。やっぱりやめよう、こんなつまらない話。」
霧野は是非聞きたいと思った。が、即座に是非聞きたいと口に出すとこの男は話すのを渋り始めるだろうということが直感的にわかる。霧野が聞きたいと思ったのは、好奇心、今後の戦略建てのため、間宮を自分の側に引き込むための材料集めが表面的な理由であった。
「川名が、お前の家を焼いたのか。」
間宮は霧野の問いかけに言い淀むような調子だったが「いや……」と言って続けた。
「違うな、わかるだろ。」
「二条だな。」
間宮は肯定も否定もしなかったがその沈黙がYESであることを語っていた。
「そんなことされて、どうしてお前は奴を慕っているんだ。」
間宮は苦虫を噛み潰したような顔をして何も言わぬまま立ち上がり、霧野を残して空になった皿を手にキッチンの方へ消えてしまった。霧野は軽く伏せた顔の下でほくそ笑んだ。いけるかもしない。崩せ、奴の二条への執着を、そして美里と同じようにこちらにつけるのだ。今しかない。責めろ。奴の急所を。その時、霧野の身体の奥の方からどろりとした熱いものが漏れ、間宮から借りたスウェットに染みていく感じを覚えた。
「……。シャワー借りていいかな。」
すぐ背後に間宮の気配を感じて立ち上がると彼は「漏らした?」とさっきと打って変わってにやにやしながら霧野を真っすぐ見ていた。霧野が急ぎ立ち去ろうとする前にスウェットを鷲づかんで覗き込んだ。
「よせ馬鹿!!」
「あーあ……、俺の服に漏らしたな、人の服だぞ。何してんの?くっさいよ、シャワーも浴びず、どうせ飯の匂いを嗅ぎつけてのこのこ出てきたんだろ。どうしようもないなアンタ。欲望のままに生きすぎだろ。」
「てめぇがっ……朝からっ……」
「はいはい、俺が悪い俺が悪い、いいからシャワー浴びてきな。後で洗っといてやるから。」
「自分で」
「洗剤の位置わかってる?どれ使えばいいとか。」
「……。」
「な。脱衣所に置いといてくれ。」
これ以上話し合っても無駄だ。霧野は間宮を振り切るように脱衣所の方に駆け込んだ。洗濯機が回っている。染みを隠すようにスウェットを脱ぎ捨ててシャワーを浴びた。湯の飛沫一粒一粒が身体に染みる。感じるのだ。湯を兎に角極限まで熱くしてすべてを、湯の熱さでまぎらわして、流す。そうして予想以上に長く無心で身体を洗って出ると新しい着替えが置かれており、着替えて出れば、間宮はまた外に出る支度を済ませているところだった。
「どこへ行くんだ。」
「何。別に関係ないだろ。」
「関係あるな。今の俺はお前に突然いなくなられたら困るんだ。」
「……。」
間宮は「ふーん……」と言ったきり動きを止め「今のお前は、俺に居なくなられると、困るのか。」と霧野の言葉をオウム返しするように呟いた。霧野は「そうだ。」とだけ答えた。
◆
「美里君、美里君。」
美里は校舎裏で時間をつぶして居たのを同級生の橋部に話しかけられて、ようやく近くに人が立っていることに気が付いた。それまで何をしていたのかもよく覚えていなかった。とにかく教室に居なかったのは確かであるが、教室に鞄を置いて、その後どこで何をしてここに来たのかさえもう覚えていないのだった。
卒業するまでの暇つぶしをしているだけ。ろくに授業に出れていない、出ても眠くて勉強にもついていけない。進学する余裕も時間も金も無いからやる気を起こそうと言ったって起きない。卒業したら、本格的に時間は無くなることが確定している現状。出席日数だけをぎりぎり稼ぐため、それから出来るだけ嫌な大人から遠ざかるために学校に来てるだけだ。
以前は、どうしようもない連中から小金を回収して遊んでいたこともあったが、今になってみればその金額のあまりの少なさにやる気が失せる。それで、つまらなくなってやめたのだった。1万2万、それくらいの小金をもらったところで、全く、これっぽっちも、何の足しにもならない。コスパが悪い。
カツアゲを行う連中は親が裕福な恵まれた木偶が意外と多い。貧乏人は金の使い方を知らないから意外とカツアゲなんて愚行はしないのだ。つまり、コスパだけで考えれば、カツアゲを行っている方を強襲して財布ごと奪った方が抜群に効率がよいに決まっている。そういうわけで、他校のカツアゲ現場に割って入って強奪することをここ1年くらいやりまくっていた。ある日、街中で一人が三人のボンボン学校の連中に囲まれている現場を見つけ、善人面の作り笑いで止めるふりをして割り込んで、不意を打って三人殴り飛ばし、財布を手に入れることに成功。さっさと退散しようとしたところで、襲われていたのが同じ学校の不良の橋部だったのがわかった。そもそも、橋部はカツアゲされていたわけでもなんでもなく、元々素行が悪い者同士、他校の不良に因縁をつけられて襲われていただけだった。遊びついで金を強奪していた美里にとって、そんなことはどちらでもいいのだが、それからというもの橋部が、度々接触してくるようになった。その橋部が、「お前の取り分」と言って3万程渡そうとしてくるのだが、そんなはした金、どうでもいい。本当にどうでもいいのだ。100万レベルなら考えるが中学生が中学生もしくは高校生に対してできる額ではない。やはり大人を狙った方が早い。
「いらない。返してこい。」
「返してこいってことは無いだろ。」
「俺が返して来いって言ってるんだぞ、返してこいよ。今すぐじゃなくていいから。」
橋部は不服気な表情をして制服のポケットに金をしまった。
「何だァ?その顔は。」
「あ、いや、別に。ごめん……。」
橋部の顔に一瞬恐れが浮かんだので鼻白んだ。ごめんじゃなくて、つっかかってきてもらったほうがまだいい。もう、話にならな過ぎて誰とも喋りたくないのだった。だんだんと、誰と話をしていても嚙み合わなくなってきていた。教員でさえ自分より幼稚に見える。何もわかってない。生徒より教師の方が余程馬鹿だ。でも、橋部も馬鹿だな、素直に分かったと言って自分で使っちまえばバレないんだからそうすればいいのに、妙なところ律義だ、だからこそ、これだけ突っぱねても他の連中と違っていまだに懲りずに密に接触してくるのだろうけど。
会話やカツアゲより、単に喧嘩をしている方が未だ面白い。そういうわけで校内の大体の馬鹿とは遊んでしまったから、もう相手になってくれる人間はおらず、他校に探しに行くしかない。しかしそれほどのバイタリティがあるわけでもないので、こうして校舎裏の定位置でたむろしていると、たまに馬鹿が釣れることがあるのだ。と、考えている内にフェンスの向こうに馬鹿3人が見えた。モノクロに近かった気色が、急に生き生きとしてくる。
「どうする?他のも呼んでこようか?」
「……。いや、3対2で、ちょうどいいくらいだ。ハンデがあるうえで負かしてやる方が気持ちいいだろ。」
そうして楽しく遊んで清々してから帰ると、家の前に車が停まっていて一気に景色がまた曇ってくる。
「今日は無しのはずでしょ。」
車の中のスーツ姿の大人、錦に向かって心底癒そう中を作って言った。
「いや、急に入ったからありです。」
事務的な口調。彼は太ぶちの眼鏡をかけ前を向いたままである。
「うーん、あんまり状況がよくないな、……、よくないです、」
美里は制服をめくり上げた。錦がようやくこちらを向いた。先ほど遊んできた際についた痣を見せた。
「あっ!何をやってるんですか。」
「だって次は来週って聞いてたから、来週までに治るレベルなら良いかなと思った、思いました。」
「困りますよ……。」
錦は心底弱ったという顔を隠しもせずどこかに電話し始め、電話しながら謝罪し始め、ええ?!とか、それは……とか、繰り返し、電話の向こう側と何かもめているようだった。急に現れる客。それは例外的な客であり、相当金を積んで現れている特別客ということ。と、言っても、金は上がはねるから、こちらに流れてくる金の額は大して変わらない。面倒くさいから流れてくれと思う。
結局、仕事には行かされた上に、錦がしきりに謝り、異常な程に気を使ってくるので相当よくないハズレ仕事だろうなと思ったらその通りである。子どもを虐めるのが好きなサディスト、痣の1つや2つくらい寧ろどうということもなく、それほどの耐久力があるのであればやりがいがあるという変態。全てのタイミングが最悪であった。
翌日、到底学校に行ける体調ではなく、寝込みながら出席日数を計算して居たらほぼ1日が終わっていった。夜、来客。無意味に責任を感じたらしい錦が、手土産をもってアパートまでやってきたのだ。彼は荒れ果てた部屋に目を見張り、勝手に掃除を始めるのだった。
「おい!なんだよっ、勝手に上がるな、……帰れよっ!、帰れってば……」
こちらが手を出そうにも力が入らない状態なのを錦もわかっているようだった。
完全な無視。いいね、その位の強い意志があるから、見た目に似合わずこういう世界にまだいられるわけね。
美里はあきらめてソファの上に寝ころんだまま、錦のせわしなく動く様子を目で追っていた。
「錦さんって何でこんな仕事してんの?全然似合ってないよ。普通のリーマンの見た目じゃん。」
「大人にはいろいろ事情があるんだよ、君だってそうだろ。」
「”大人”で誤魔化すなよ、その理屈で言ったら錦さんの中では俺も大人になるけど?」
「……」
「なんだよ、俺なんかに論破されて、よくそれでやっていけるよな。いや、そうだから普通の一般社会から落伍したとか?まあいいや。昨日のことで錦さんが責任を感じることなんか何も無いんだよ。」
錦は一通りの家事、料理まで作り置きしてから帰っていった。と思えば、しばらくして息を切らして戻ってきたのだった。
「何?忘れ物?」
美里は部屋の電気も付けず、暗闇の中から錦に話しかけた。
「……今日、泊まろうか。」
「……うん。そうしてくれよ。」と言いかけ、止めた。
だって、嘘かもしれないから。他の大人と、同じかもしれないから。
「うん、大丈夫です、ありがとうございます。」
作り笑いして頭を下げた、錦の靴がしばらく視界の内から消えなかったが、美里が頭を下げたまま動かないでいると、靴が踵を返し、何も言わず帰っていった。表情を見たくなかった。どうしても。
結局、出席日数を考えて次の日には一応学校に顔を出し、途中でバックレることに決めた。バレンタインデー当日だった。下駄箱を開けると中に小ぎれいな小箱が大量に詰まって中から一つ転げ落ち靴先にあたった。
「……」
瞬間的にその小奇麗な包装を上から踏みにじってゴミにしてやりたいと思いながらも、視線を感じて素直に拾い上げ無心で鞄の中に放り込んだ。漫画みたいなこともあるんだなと毎回思いながら小箱を回収して鞄に一つずつパズルを完成させるようにして丁寧に詰めていった。無意味な作業。
チョコレートの包装から一番家が金を持っている女を見極めてやろうと去年は考え、特に興味も無いそいつの家に遊びに行ってみるのだが、まあ続くわけがない。最初は猫を被ってるからいいが、だんだんと面倒になっていって小金を巻き上げるだけ巻き上げて終わる。女がどんどん絶望した表情になっていくのを見ているのは悪い気がしないでもなかった。だって、こちらの人間性を何も知らず近づいてきたわけだから、自業自得だと思わないか。
そういうわけだから、悪評がついて誰も近寄らなくなればいいのに、そうはならない。どう考えても中身も将来性も無い終わってる人間。所詮皮だけしか見ていない、一過性の熱。しかし価値のある皮ということ。一過性の熱が一番人を狂わせるのだ。ギャンブルと同じ。刻まれた名前の中に、ほぼ知っているものが無い。というか同じクラスの人間の名前も3人くらいしか覚えていないのだから無理も無いのだ。それでも知っているふりをするのは上手い。歩いていれば、名前と顔は一致しないが、誰がいれたかくらいは視線顔つきでわかる。お返しをしたことは一度も無い。それで3年間同じ物を入れてくる人間もいるのだから、そいつくらいは覚えている。でも絶対にこちらからは話しかけてやらない。向こうから直接くれば相手するのに、どうしてこう回りくどいかな、誰も彼も。
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