堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前の心の底に一生消えない傷を負わせてやれるわけだ。

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監視と言う名の用心棒業務は朝の4時まで続いた。美里と澤野は繁華街の町ビル2階につくられた賭場で眠い目を擦っていた。客もそぞろとなり、美里からオーナーに一言言って店を後にする。帰ってシャワーを浴びてとっとと眠りたい。背後で澤野が「なんでこんなことを俺が」と言っているのを聞き流して外に出た。オーナーの心証を害するだろうと思った。
「聞こえてんだよ。」
「聞こえるように言ってるからな。」
「俺にじゃねぇ。」
「オーナーに言ってんだよ。」
「……」
部屋の狭さに対して人が、特に男の多い蒸し暑い部屋に一晩中押し込められたこと、大したこともおこらなかったことが澤野には気にくわなかったようだ。外階段を降りている間も、蒸れた空気で服が皮膚に張り付いて気持ちが悪い。階段を降り切った。賭場のスタッフとして働いていた若い女がやってきて、何かと思えば汗をかいたクーリッシュを二つ差し出してきた。
「オーナーが。」
背後で「アイス一つで……」と余計に殺気立つ澤野を隠すようにさえぎり、美里は作り笑いを浮かべて「ありがとう」と受け取り適当な会話をしてから遠のかせた。他の客や女の視線が気になった。彼らが見えなくなってから、澤野にアイスを投げ渡した。彼は黙ってそれを食べながら車の停めてある路地の方へ向かっていった。路地の奥に青黒いBMWが停められている。澤野の車だった。

「意外と好きなんだから、いいじゃねぇか。」

車に乗り込む。運転席のドリンクホルダーに握りつぶされたアイスの殻が丁寧に押し込まれていた。美里はもう一つのアイスを「いらないから。」と渡した。手が水で湿って気持ちが悪い。澤野は無言で受け取り、車を発進させながら、表情も変えずに食べ、また殻を潰してドリンクホルダーに詰めた。狭そうにドリンクホルダーに収まった殻が、煙草の吸い殻でいっぱいになった灰皿を思い起こさせる。煙草を頻繁に吸わない代わりに、澤野は疲れていると甘いもの機械的に摂取する癖があった。それを美里が馬鹿にすると「適度な糖は脳を回すんだよ。煙草より金もかからない。」と言いながら、またおまけつき菓子のチョコニャンを剥いておまけの中身を見て悦んでいた。車の中に微かに甘く焦げた匂いが漂っていた。それはアイスクリームでも煙草でもなく、澤野がつけていた香水の残り香だ。

澤野にしては珍しい甘さの強い香りの香水であった。おそらくトムフォードのタバコバニラあたりだろうと美里は思った。澤野が自分で買うようなタイプの香水とは思えず、聞いてみれば川名から貰ったと珍しく気まずそうに言うのだった。川名が自分用に一度二度使ってみたがあわない。お前なら良いだろうと言って澤野に渡したと言う。川名のことだから、最初から澤野に買ったのではと思ったが黙っていた。

「ちょっと寄り道しないか?」
澤野が有無を言わさぬ調子で言った。
「俺は早く帰りたいんだけど。」
「やることもないくせに。寝るだけだったら付き合えよ。点数稼ぎだ。」
「……ついていくだけなら。もう何もしたくない。眠い。」

美里はだるそうに言って窓を目一杯開けた。BMWは美里のヴェルファイアより軽そうで、スマートな形をしている。眠たさにあくびが出た。横の男はさっきまでの死んだ様子から若干生き生きとした様子を取り戻していた。嫌な予感がした。このまま帰って寝たい。
「禁煙だからな。」
美里が懐に手を伸ばしもしないうちに彼は強い口調で言った。口ぶりとは逆に車は丁寧な調子で発進する。
澤野の車はいつでも少しだけ新車の匂いがした。
「足を乗せるなよ。」
ハンドルを切りながら、澤野がこちらを見もせずに言う。美里は頭の奥の方がじわじわと熱くなるのを抑えた。これだから彼の車で一緒に回るのは嫌なのだった。澤野が美里の車に乗る時は、勝手に人の煙草を拝借したり椅子を倒してダッシュボードに足を乗せたり、話しかけても勝手に眠っていたりと勝手なのだ。車検に出した車が帰ってくるのは来週だ。代替車に乗る気にはならず、澤野がたまには俺ので行こうと言うので、甘えたのが間違いだった。

車は繁華街をいくつか抜け、三笠組のシマに入りつつあった。住宅街に入る。ボロアパートが立ち並ぶひなびた場所だ。こちらは目立つ車、通り抜けるくらいなんということもないが、敵対する組の息がかかった場所であまりうろついていたい場所ではなかった。車はのろのろと狭い道をぬっていく。

「こんな場所出入りしてるの見られたらどうすんだよっ」
「そんなにカリカリするなよ。いいんだよ、もう着くんだから。あ。」

澤野の視線の先では、四つ辻から男が1人出てきたところだった。パジャマのような寄れた服をきた青年がよろよろと蝶でも追いかけるように道を渡っている。

「ちょうどよかった。」
澤野の口調が生き生きとし始めた。
「なんだありゃ?ヤク中じゃねぇのか。」
道をよろよろと横切る男に対して、澤野が車のスピードをさらに落とした。
「邪魔だな~。知り合いだったら声をかけて早くどかせろよ。」
「そうだな……」

澤野は2、3秒黙って、涼しい顔をして男を見ていた。がこっとアクセルが不自然に踏み込まれる音がして途端に車が急発進した。と同時に何か鈍い音と強い衝撃に身体が大きく揺れ、今度は車が急停車する。気がつけば、ボンネットに男の体が転がるように乗っており、死んだ魚のようにぐったりとして動かない。

美里が呆気に取られて半ば口を開けたままにしていると、澤野はさっさと車を降りていく。ボンネットの上で伸びているさっきまで夢午後地であったであろう男の胸ぐらを掴んで立たせ、顔を近づけて何か言っていた。掴まれた男が魚のようにびくびくと震えており生きていることがわかった。美里は自分の心拍数の高鳴りを感じた。
「クソ!めちゃくちゃしやがる。」
賭場に立たされていた時の覇気のない澤野の表情から一転して軽い愉悦の表情が目元に浮かんでいた。
川名はどうしてこういう異常な男ばかり、一体どこから拾ってくるのだろうか。本当に疲れる。しかし、長持ちしている方だし、今まで組まされた馬鹿よりは確かに多少は優秀だ。

車体が更に数度上下にガコガコと揺れ、目の前で人の顔が人の顔と認識できない色合いを帯び、ボンネットに汚物が飛んでいた。騒がしさに一瞬だけすぐ近くの家の窓が開いたが、すぐに静かに閉まった。乱暴な調子で後部座席のドアが開いて、なだれ込むように男と澤野が入ってくる。
「やめてください!やめて!」
抵抗する男の上にのしかかって黙らせていた。その度また車が揺れ、眠い脳に響いて気分が悪い。

「おいおい、澤野。いいのか~?自慢のBMWが汚れるんじゃねぇの~?」 
美里は呆れた調子で言ってみたが、澤野は聞いておらず、さらには男の衣服を破る様にぬがして、車の外にごみのように捨てるのだった。裸の男が震えている。

再び運転席に乗り込んできた澤野は、何事も無かったかのような冷めた表情をしていたが、頬に彼のものか男のものかわからない液体が付着していた。余韻からなのか、軽く息を荒らげ、口元に微笑みの後の様なものが見えた。反対に、背後から瀕死の息遣いと呻き声が聞こえてくる。再び車が動き始めた。

「誰だよコイツ。」
「三木。」
澤野が息を整えながら言い、手首で頬をぬぐった。
「三木?……ああ、ちょっと前に噂になった売人か?ロシアからヤバいの引っ張ってきてるとかいうやり手の屑。」
「そうだ、元々ウチのシマで禁止されてる危険物や薬物を堂々売っていたから、ウチのシマかどうか関係なく今度顔を見たら殺すと言っておいたんだが、目撃情報が多いし薬も出回り続けている。許可なく下手なものばら撒きやがって許せない。俺の顔に泥を塗ったのと同じだな。」
「へぇ~、お前の脅しが随分としょぼかったんだな。」
「うるさいな……、コイツはウチと仲の悪い三笠組に囲われてるつもりだったらしい。実際、上納金も良い額だろう。しかし、それももう終わりだな。」

澤野は半殺しにした裸の三木を縛り上げ、病院の目の前の公園に放置した。朝早いとはいえジョギングする人間や犬の散歩をする人間が遠巻きに様子を見ている。
澤野が事前に書いておいたらしい手紙を彼の拘束の間に押し込んで、病院内の公衆電話から警察に通報した。刑務所と更生施設に入り随分長い間出てこられなくなるだろうという。拉致り方に対して、処分の仕方が甘いと美里は澤野に伝えたが、変に恨みをかわれるよりマシだからと言い負かされた。言いくるめで勝てたことがほとんどなかった。三木も半殺しにされたとはいえ、目をつけられたのが澤野で良かったのではないか。

「それにしても、朝っぱらから、あんな人目がつきそうなところでやりすぎだぜ。拉致り方が下手だよ。もう素人じゃねぇんだ。」
「やりすぎ?どこが?ちょうどいいくらいだろ。人もいなかったし、あそこでは、何も無かったんだよ。夜勤明けでお腹がすいた。何か食わないか?」
美里は食欲もとうに失せていたが、断るのも女々しく思われた。
「軽くならつきあってやるよ。」

車が飲食店の駐車場止まる。澤野がベルトを外し始め、何かと思えば太ももの前辺りの傷を見せてきたのだった。彼の白い張りのある皮膚に長さにして4センチほどの傷が引き攣っていた。

「ヤク中と一悶着あって刺された痕だ。細身の身体から出るとは思えない力で油断したんだ。捕まえるのに一苦労したし、一緒にいた先輩に怒られたものだ。」
「へぇ~。太もも刺されてよく生きてたなお前。その位置、大動脈じゃねぇの。不死身かよ。そのまま死ねばこんなところまで来なくて良かったのに。俺もお前の世話しなくて済むわけだしな。なんで死ななかったんだよ?死ねばよかったのに。」
「……。悪かったな。まぁ、ヤクザも警察も口を揃えて同じことを言うんだ。1番相手にしたくない相手はヤク中だって。1人だけ脳のブレーキが外れてるんだ。奴らだけスターをとったマリオ状態で生きてるから、あれくらいやってちょうどいいんだ。それに、奴らは」
黙っていると無限に一人でいつまでも話しそうな雰囲気だった。澤野は普段たいして話そうともしない癖に、たまに持論を語り始めると面倒くさい。酒の席など面倒くさすぎて、久瀬や二条など別の持論を展開したがる人間以外は途中で寝る。
「それに、川名さんが喜ぶからだろ。ああいう派手な方が。アホらしい。」
美里が無理やり会話を切り上げると、澤野は「まあ、そうだな」とつまらなそうに言って車を降りた。

後日、澤野と美里が川名と会う機会に合わせて、三木の件を報告をすると案の定良い反応をした。川名に会うとわかっているからか、やはり普段と違う香りを漂わせて来た。美里があざとい奴だなと罵ると「お前でも同じことをするだろう」と言い返されたのだった。

美里が黙って突っ立っている中、部屋の隅に伏せっていたノアが立ち上がって美里にまとわりつき始めた。それから、澤野の方に擦り寄って遊んで欲しいとしっぽをふってまとわりつく。いつもと違う香りに一瞬ノアが躊躇したが、すぐに気にせず今度は確認するように鼻先をまたぐらの間にうずめようとする。
「馬鹿、そんなところに頭を入れるんじゃない。」
と言いながらも、澤野はそれほど嫌そうではなく首輪を掴んで、ノアの頭を少し遠ざける。

澤野はノアの傍らにしゃがみこんで、抱くようにして撫でてやっていた。澤野の節ばった指がノアの頭を撫でる度にノアの三角耳が手の下で垂れ、それからピンと立つ。日が暮れ始め、部屋一面が血のように赤く染っていた。赤い陽光の眩しさに澤野が軽く顔を上げて目を細めると彼の端正な白い顔が真っ赤に染まった。何か嫌な感じだ。

「なんだ美里、言いたいことでもあるのか?」
川名が澤野から美里へと視線を移した。
「別に。」
「ああ、そう。もう上がっていいから。暇ならノアとでも遊んでやってから帰れよ。お前達のことは友達とでも思っているようだから。」
澤野がノアの頭に手を乗せながら立ち上がった。
「光栄ですね、私とお散歩いただけるとは。」
「俺はもう帰るから、」
と言いかけてから美里は今日も澤野に送り迎えしてもらっていたことを思い出した。霧野は残念だったなとでも言うようなニヤついた目つきで、ノアは何もわかっていないように口を大きく広げたまま小首をかしげて美里を見ていた。
「そんな目で俺を見るな、犬。」



舌の焼ける痛みに身を浸しながら、口の中の物を扱っていた。唾液の量が乏しい。喉が渇いていた。このままいけば美里が果てるか、また、おしっこを出すかするだろう。霧野は他人の尿で喉を潤そうとしている自分に嫌悪を覚えたが、川名やノア、間宮がいなくなり美里が現われたことで急速に生きるための空腹感が湧いて来たのだった。男の一物を咥えながら空腹になるなど最悪な気分である。嘔吐感があるが吐けるものがない。このまま噛み切ってしまおうか?軽く歯の先で張りのある肉の表面を擦った。

「昨日から、お前はろくな物を喰わされていないな、腹減ってるんじゃないか?美味しいか?俺のは。」
見透かされたような口ぶりに反抗するように、口の中のものを強く舐め上げていく。
「終わったらお前の好物をくれてやるから、がんばれよ、犬。」

無感動に口内の動きを復習していくつもりでも、口内に他人の雄を入れていると擦られる感触が刺激になって、身体に刻まれた記憶が身体を疼かせるのだ。その感覚は日に日に大きくなっていく様な気がした、もう自覚があった。単純作業と思いこめない。手酷いレイプに比べれば、優しい恥辱とさえ思える。

後頭部を強く抱え込まれるようにして、中に出された。ちょうど息を大きく吸い込んだタイミングで喉に直接注ぎ込まれたことで強めにむせ、異常な空腹も手伝って嘔吐勘が増し、精液が鼻の方に抜けていく気持ちの悪い感じがあった。
「うるせぇな。もっと静かにできないのか?」 
もごもごとむせ続けてもしばらく肉棒を抜かれずさらに頭を強く抱えられた。逃れるように舌をめちゃめちゃに動かすと流石に舐められた側もこたえたのか、勢いを失った雄が引き抜かれて目の前に垂れ下がった。反対に自身の雄は求めるように隆起していた。

生臭さが口だけでなく鼻腔奥深くまで犯されたように、呼吸が性の臭いでいっぱいだ。口からでなく鼻からも生暖かい物が出ている。目からも生理的な涙が少しでたが、頭全体が気持ち悪く、目からさえ白いものが出たのではと目を擦り何も無いことを確認し、顔を擦った。「不快か?」と愉快そうな美里の声が聞こえた。
「餌をやるんだから、もっと近くに来いよ。いらないのか?」
美里が傍らのソファに座りいつの間にか握っていた鎖を引いていた。下から見上げる形で彼を見ている冷めた視線と目が合った。顔の作りに比べてそこだけ暗く、同年代の若者達と並べば異質な雰囲気に浮いてしまう。瞳の奥に吸い込まれそうな輝きがあり、人の踏み込まない森の奥深くに水面をはる翡翠色をした沼のようだ。。
軽く口角の上がった口元から無機質に整った小さな歯並びが見えた。よく見れば、端正に作られた人形のような口だ思った。

「早くこっちに来い。」
美里のすぐ足元に這ってよった。従順にやっている自分に徐々に失望、やる気が失われ、靴の辺りをじっと見ていた。何をやっているのだろう?その時、激しく何かされ続けてていた方が物事を考える余裕が無く、精神的苦しみが減ることを自覚した。ゆったりとした時間の流れが苦痛だ。

目の前で靴から美里の右脚が抜けた。ダークネイビーの薄手の靴下の中で足の指が軽くうねうねと動いていた。
「靴下を脱がせ。」
「……」
意図がわからずもたついていると首輪を思い切りひかれて頭が再び上を向いた。目が合うとまた嫌な感じが頭と体に満たされた。強い力を持った視線が注がれ続ける。
「お前は今、何か考えたな?何故こんなことしなければいけないか、とか、何をやってるんだ、とか。ちがうか?そうだろう。お前は何も考えず俺の言った通りに動けばいいんだよ。わかったか。」

黙っているともう一度首輪を引かれ、声を出さず口で「わん」と作ると鎖が緩められ、美里の表情も緩んだのだった。最悪な気分であるのに反対に霧野の皮膚の表面はゾクゾクと鳥肌たつのだった。

靴下に手を伸ばすと「馬鹿!、口でするんだよ、口で。どこの世界に手を使って人の靴下を脱がす犬がいるんだ。」と叱責が飛んだ上、目の前の足が消えたかと思うと霧野の頭の上に強めの重さが加わった。

「ぐ……っ、…この……」
思わず声を出してしまうと、さらに圧をかけられる。
「なんだ?また俺との約束を破るか。そんなに俺に酷い目に遭わされるのが好みなのか?え?」
「……」
気持ちをこらえながら、頭を下げ、額が冷たい床に着いた。
「…、」
「良い眺めだ。古い傷や刺青の赤みが引いてきてお前の身体の一部として馴染みつつあるようだ。良かったな、それはもう治らねぇよ。」
ずきずきと傷の一部が反応するように痛んだ。しばらくして頭から足がどく。頭をあげると、鼻先に美里の脚の先端が突きつけられて軽く揺れていた。蒸れた革靴と布と、甘い洗剤と微か海水のような匂いがした。
「……」
口を小さく開き、左側の犬歯のあたりで靴下の先を摘まんでひっぱると、ずる、ずる、と靴下がずり落ちてむき出しの白い足が目の前に現れた。浮くような白さだ。上でがさがさと袋を漁る音がした。ふわっと一瞬、随分嗅いだことの無いような甘い香りが漂って、上を向く。
「ん?なんだ、靴下を渡してくれるのか?」 
霧野の口から脱がしたばかりの美里の靴下がぶら下がっていた。
「えらいえらい、よくできましたね。」
美里は犬か幼児にでもいうようにゆっくりとした口調で言って、見下したような目で霧野の口から靴下をもぎとった。霧野が一瞬不快そうな表情を見せては消す。

美里は濡れた靴下を傍らに置いて、袋の中からシュークリームを取り出した。甘い匂いの元だった。

霧野の口の中には自然と涎が湧きだして、こぼれおちそうな唾液を飲み込んだ。まるで犬じゃないかと思いつつも、空腹に加えて久々の人間らしい食べ物なのだった。タイミングよくお腹からきゅうと音が漏れた。情けがないが身体は正直に食物を求め、美里が鼻で笑っていた。

「欲しいんだな?これが。ほら、やるよ。」
シュークリームが雑に目の前に落とされて床に転がった。
「……」
霧野は伸ばしかけた手を止めた。なるほど、手を使わず貪り食えというだろう。地面に投げ捨てられた食べ物を食べるというのが余計に非人間的だ。
「おう、マテができてるじゃないか。えらいえらい。」
そうじゃない、と言いたいのが美里にはもちろん伝わっており、彼は邪悪な微笑み方をして、軽く足を上げた。

「いいんだよ、食べて。ほら。」
何故、美里が靴下を脱がせたのかが分かった。彼の足がそのままシュークリームの下まで振り下ろされ、足の下で無残にぐしゃぐしゃに踏みつぶされ原型をなくしていた。脚と床の間でぐちゃぐちゃと音を立てて無残なグロテスクな塊になり果てていくのだった。マーブル色をしたゲロの様な塊に。

「食、え、よ。はやく!できねぇのか?できないなら今日も明日も飯は抜きだ。男に媚びて精液だけ恵んでもらって生きてろよ。俺は別にそれでもいいと思ってんだからな。どうする?」
「く……」
背に腹を変えられず、頭をさらに低く垂れて床に張り付いた生地とクリームに舌をつけた。目を閉じるとそれは確かにシュークリームの断片の味で、一瞬だけこんなものでも美味しいと思って感動してしまう。感動して身体が震え必死に舌を這わせてしまうと同時に、湿った床の味と美里の味がまざり、時折足が顔に擦りつけらるのだった。味そのものよりも屈辱感と非人間時な絶望が襲ってきて、味がよくわからないものになってくる。それでも口はとまらずにクリームを必死で掬い取るのだった。

甘美な味と対称的な口の中の痛み、精の味、屈辱感と羞恥心がいりまじって、舌を出して生地のかけらとクリームを舐めとるたびに、霧野の口から熱い吐息が漏れ、美里の足先をくすぐった。クリームに塗れた足が霧野の口元に押し付けられた。

「腹減ってるんだろ、全部食えよ。食って足りてない頭を回せばいいじゃねぇか。情けがなくて死にたくならないのか?ああ、頭の足りない馬鹿は馬鹿すぎるが故に死にたいとは思わないからな、幸せだ。ウケるな~。」

美里はくすぐったそうに軽く笑うと、親指の先を霧野の口内にぐぽぐぽと突っ込んだり出したり、足の指で器用に霧野の舌を挟んで外に引き出したりした。

舌を引き出され、上目遣いで美里を見上げた霧野の口内から指が抜けた。指はまだまだ汚れている。クリームまみれの足の裏、指の一本一本に吸いつくように舌を這わせていった。貪るように無になって足を舐めている。何か断片的な記憶が霧野の脳裏にフラッシュッバックして、屈辱的であるのに甘やかな感覚が下半身と頭の奥の方を満たしていくのだった。何も考えられなくなっていく。もはや砂糖の味が微かに漂うだけの足を口の中にいれて遊んでいた。
「もう一個食いたいかな?」
霧野が頭をあげると目の前に同じサイズのシュークリームが差し出されていた。

「ほら、口に咥えな。良いと言うまで食うなよ。」
霧野はシュー生地の端を咥えるようにして口で甘美な塊を受け取った。と同時に目の前をふらついていた足が勢いよく霧野の方に足の裏を見せて迫ってき、そのままシュークリームをくしゃくしゃと押しつぶすのだった。顔中が汚れ鼻や目の中にまでシュークリームだったものが容赦なく侵入して口から頭を犯されたのと同じような感覚になる。
「うう゛うっ…!」
「はーい、食っていいよー。」
冷たくヌルヌルした不快な甘ったるい感覚が顔面に塗りたくられ、足を擦り付けられるようにして潰されていく。顔面を汚される前にと口の中に流し込んでも間に合わず、再び口の中に指が突っ込まれた。

「汚いな~。顔面ぐっちゃぐちゃだぜ。残さず口に入れろよ。うまくてたまらないだろ?あ、泣いてんのか?俺の足もさっきより酷いから丁寧に舐めろ。足の裏から指のあいだまで奇麗にな。」
霧野は 舐められる範囲を舌で舐めとり、顔を拭ってねばりついたクリームを口に入れ直しながら、さらに口で美里の掃除を行い、床の物も足の物も淡々と舐め上げて空腹を満たして言った。
「へぇ~キレイに喰うもんだな~。人間以下の惨めな姿だな。何考えてんの?」
一通り綺麗にしたあとも美里の足が目の前を漂い続ける。唾液の味しかしなくなったその甲に舌を這わせ続けると、時折美里が感じ入ったような吐息を出すのだった。霧野が口に足を含みながら美里の方を見ると軽く紅潮した顔をしてこちらを見ていた。
「……、」
「なんだよ。」
霧野は酷使した舌に甘みと痛みと疲れを感じながら、そのまま舌を足首、スラックスの裾をめくりあげてふくらはぎの辺りまで這わせていった。甘いものを舐めとったせいで、唾液が渇きつつあった。また、喉が渇いた。

美里が飲みかけのペットボトルを手に取り、中の水を飲んでいた。いいなと思う間もなく、霧野の顔がわし掴まれ、上を向かされ開いたままの口の中に、ぬるい液体の塊がいっきに入り込んできた。すぐ近くに美里の顔があった。影になって暗くなった顔の中で視線が一心にこちらを向いて、口元が半ば開き、濡れていた。反射的に「ごくり」と口の中の物を飲みこんでしまってから、顔をあげながら口を拭う美里を見て、口から口へ水を飲まされたことを理解し、頭の中がさらに熱くなった。

「あ……」
「続きは?何をぼーっとしてるんだ、誰が止めて良いといった。」

霧野は美里の顔を見る代わりにじっと彼の股間の辺りに視線をさまよわせた。いつからかまた、盛り上がりを見せていた。霧野もまた、熱い感覚が持続し、口ばかりを犯されて、嫌な性欲がたち湧いていた。同時に彼が随分と油断していることを悟った。霧野は再び首を垂れ足を舐めたが、舌の這わせる先を、脚首、スラックスをめくり上げてふくらはぎ、まで舐め上げてから、頭を太ももの辺りにこすりつけ、媚びるように股間の方まで頭を持っていった。

「ビッチ。お前からくるなんて珍しいじゃん。何をたくらんでんだよ?」

そう言いながらも美里は一物を取り出して霧野の前に差し出すのだった。同じ要領で咥え、舐め上げ、すぐに良い具合の勃起に持っていく。持っていったところで口を離し、再びじっと美里の方を見上げる仕草をした。
「勝手に、やめるなよ、」
霧野は頭を掴まれる前に、美里の身体に手をかけるようにして上に押し乗った。

「お前っ、!!何勝手に、!」
美里を動揺させないため、不快に感じつつも臀をいやらしく媚びるように美里の一物に擦り付けてやる。熱く大きなものが霧野の臀に沿うように擦りあてられていた。霧野の腕の下で、美里の身体は間宮に比べても華奢だった。
霧野は美里を押さえつけるようにして、中まで美里の一物を自ら収める動作をした。
「……、う……」
間宮に犯されて時間がたっていないため、何の抵抗もなく奥まで肉棒は咥え込まれて、上に乗ってバランスをとる筋肉が美里の雄を締め上げ、擦り上げるのだった。美里の方が先にくぐもった声を上げた。

霧野は上で揺れ、口の中、身体の中に苦しくも甘美な感覚を覚えながら、美里の汗ばんだ、細い、青い血管の浮いた首筋をすぐ目の前に見据えていた。身体をさらに抱くように押さえつけても間宮の様な力による抵抗感もなく、まさに犬のように口を使って噛みついても殺せそうだと思った。いまだ、今行くんだ、殺せ!と思いながら、身体を自ら貫き、悶え、なんとか彼の首筋に手を持っていく。
「ふーん、俺を、殺そうってわけ?」
身体の動きを止めて、首筋から美里の顔の方に目を向けた。彼はおびえるでもなく笑っていた。声色も冷静、寧ろ、いつも以上に冷静といってもいいほど冷めていた。さっきまでの嘲笑や、高揚した様子もなく、水のように冷めていた。

「俺を殺して、ここから出ていくのか?」
美里が続けるのに対して、言葉を発しようとすると舌が染み、傷んだ。
「口をきいていいぞ。きけねぇの?頑張れば出るだろ、少しくらい。」
霧野はむっとした表情を浮かべて口を必死に動かした。
「そうだ、と言ったら?」
ぎこちなく、ゆっくりした調子でそう言った。血管のある位置に指をあてると強く速い脈打ちそれから、生暖かい息が腕に当たってはりついていた。腕に力をこめると、美里が軽く喘ぐような声を出し、コリコリとした感覚がなくなり、本当にもう少し強く締め上げれば簡単に死にそうな脆い感覚があった。しかし、反対に身体の中に挿しこまれた肉欲の塊が著しい今まで感じたことのない膨張を遂げたのを感じ、下半身が熱くマグマのように脈打って、指の下で感じる微かな脈拍の感覚と同期してぐんぐんと早くなっていく。

「別に?いいんじゃない。」

彼は良き本枝江に、生理現象からか目に涙をため赤くした顔で、笑うのを止めない。普段でさえたまに見惚れることのある顔から霧野は視線が外せなくなった。吸い込まれそうな瞳の下が苦しさと、笑みで、紅潮し、淫靡さを増していた。下半身が美里の物でさらに押し開かれ、軽く声が出た。

「別にいい?馬鹿な。何を言ってんだ」

霧野は言ってから、ブーメランじゃないかと思った。美里は声を出して苦しそうに声を出して笑い、何か言おうとさらに口を開くので、霧野は少しだけ手の圧力を緩めた。なまあたたかい涎が垂れてきていた。美里は軽く息を整えてから言った。

「お前の心の底に一生消えない傷を負わせてやれるわけだ。いいじゃないか。やってみな。今後いつどこで何をしてようが俺のことを忘れられなくなるぜ、お前。ふふふ。」

美里の顔を見るのを止め、霧野は顔を伏せていっきに腕に力をこめた。これ以上見ていたら、何かが壊れる。手が震え、手の下で苦しそうな声、身体の下で身体が震える感覚、喘ぐような呼吸が切羽詰まった物になった時、手首に冷たい感覚があった。視線をあげると、美里の手が霧野の手首を優しく掴んで撫でていたのだった。
瞬間、「できない」と手が離れてしまった。霧野の汗ばみぬめった手は震えていた。
美里は薄く息をしたまま、しばらく虚空を見つめて息をしていたが、彼の黄色くなった視界の中で霧野が呆然と手を見ながらうなだれていた。首をさすると熱く、脈打って彼の圧の名残を感じた。

「……なんだ、やっぱり、できないじゃないかよ屑が。何をやってんだ。どけ、萎えたよ。」
「……。」
確かに霧野の中にあった熱い感覚は既に消えて、結合部さえよくわからなくなっていた。美里の上からどき、自然と床ではなく、彼の隣に座っていた。何故できなかったのか、一体何をやっているのかよくわからないまま呆然としていた。その時、二人の間の気まずい空気を引き裂くように美里のポケットの中で携帯が鳴った。取り出した携帯に例の番号が表示されていた。

「かけたの、それ。」
霧野が疲れ切った声で言った。
「かけたよ……」
美里も疲れていた。
「いつか、お前の誕生日にでも渡そうと思ってたものだ。悪いものじゃない。場所もわかってるんだ。」
霧野が切れ切れにそういって携帯を美里の手から奪い取った。
「場所?」
「どこまでも鈍いな。でりゃあいいんだ。」
通話ボタンを押し、美里の耳に押し当てた。反射的に美里が「はい」と言い、何かぼそぼそいう声が霧野の耳にも聞こえた。
「いえ、はぁ、そうですか。」
と美里が淡々とぐったりした調子で何か続けていたが、その表情が徐々に冷めた、冷酷な雰囲気を帯びていくのを霧野は少しの高揚感を持って見つめていた。少しして、美里の目が霧野の方を向いた。
「もう切れてる。」
霧野は携帯をそのまま美里に渡した。感慨深そうに黙っていた美里は携帯を見ながら「で、場所は。」と聞いた。

「タダで教えられると思うのかよ。」
美里は霧野の口調に意気揚々とした生意気な雰囲気を感じたが、怒る気力もなくなっていた。
「お前の自由と引き換えにか?ははは、流石に無理だぜ。殺されるよ俺も。一番最悪なやり方で。身に染みてわかってるだろ、どれだけあいつらが陰湿か。いい、逆探知で地道に探すから。」
「お前の手引きだとバレなければ問題ないんだ。最悪でも死ぬのは俺だけで済む、俺からお前の名前は出さない。少し、手伝ってくれるだけでもいい。取引だ。」
「……。」
「詳しい理由は知らないが、探してたんだろ、お前の父」
霧野が言い終える前に遮るように美里が立ち上がった。
「知ったような口聞くな、あんなものは父親でも何でもない。今すぐにでもこの手でこの世から消してやりたいんだから。詳しい理由は知らないだ?ふざけるなよ。で?本当はこれを誕生日に、俺の?冗談にしてもマジでサイコな野郎だな。どういう神経してるんだ?お前は絶対に警官なんかじゃねぇよ。ははは。」
さっきまでの濡れた笑いとは違う乾いた笑いだった。
「……お前、まだ顔にクリームついてるよ。舐めてやろうか?」
「は?なに?」
霧野が自らの手で再び顔を擦り始めるのを美里は黙って見降ろしていた。
「……。なんだその態度は。まだ躾が足りないようだな。もう少しだけ遊んでやるよ。」
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