堕ちる犬

四ノ瀬 了

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お前の口は禍の元なのだから、定期的にそうして閉じさせてやったほうがいいのさ。

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風が気持ちが良い。美里はあてもなく車を飛ばしていた。助手席に仕事用、私用、使い捨て用の携帯電話、財布が投げ置かれている。朝一の道路は車も少なく、飛ばしやすい。

ドライブは気軽な気分転換になる。こういう時くらい仕事用の携帯を家に置いてくれば良いのだが、できない。ワーカホリックな自覚は無いが、万が一川名から連絡があったのに気が付かず折り返しもせず、機嫌を損ねるのが面倒だ。何故出なかったのかという詰めから始まり、昔のことまで引っ張り出され何か言われる。

携帯のGPSをうまく逆探知すれば、電話に出た主の居場所はおおよそ特定出来る。携帯会社から情報を抜いてくるのが1番早いのだが、私用に人を雇うのは微妙だ。

事務所の備品の中から使い捨ての携帯を1つ拝借し、かける場所を探すために、海沿いの国道を走らせる。できるだけ遠くがいいだろう。潮の香りと排気ガスの臭いが混ざった風が車内を吹き抜けた。

車を飛ばしていると、泥の底から息継ぎでもしているかのように一瞬だけ気分が晴れるのだった。毎日どぶ攫いどころか、泥底で這いまわっているような息苦しさを感じている。「俺だけがそうなのか?」と言って、開けたままの窓から指に挟んでいた煙草を落とした。

人は狂わないために何かに入れ込む必要がある。それが女であったり、薬であったり、賭博であったり、仕事であったりすると泊も着くのだが、生憎あまり興味がない。いや、興味がないというか扱いが下手だ。それに引き換え車というのは、命令通りに飛ばしてくれるし、大体の言うことは聞いてくれる。たまに故障するのもご愛嬌だ。人間と違ってわがままも言わない。

海の見えるのと反対側に山の斜面がせり上がってきた。山頂から中腹にかけ、暗い色の雲がかかっており、雲が降りてくれば街も雨で濡れるだろう。

国道をおりて山道に入ってもいい。山を抜けて隣町まで行ける。しかし、あまり知っている道は走りたくない気分だった。ちょうど今通り過ぎた信号のあたりで右折すると行き慣れた山通へ通ずる。

「荷物」を積んで山奥へ行くのだ。荷物は生きてる場合も死んでる場合もある。死んでいる荷物を運んでいる時は楽だが、生きていると面倒だ。一番面倒なのは命乞いをされる時。最初の5分程度は面白いが、30分も1時間も聞かされてみろ、誰だって黙らせたくなる(永遠に)。一度お笑い芸人崩れを載せた時はまだ話が聞けた。助命してやろうかと思ったが、面倒なのでやめた。

何年前だったか、3人の男が荷物としてワゴン車に積まれるのを事務所から見ていたことがある。普段ならどうということもないのだが、たまたま目に付いたのは、連れ込まれようとしている男の中に、珍しく一人だけ騒ぎもせず俯いて黙っている奴がいたからだった。

あまりのことに感情を失って漏らしてでもいるのか、何か考えがあるのか知らないが、他の2人と対照的であった。あとの2人が見るからにチンピラという見た目なの対し、そいつはすらりとした長身の体格で黒のTシャツにジーパンというシンプルな見た目で首から下だけで言えばアップルストアにでも居そうな雰囲気であった。鼻に着くような知的な雰囲気だ。しかし首から上、顔面は誰かに殴られたのか半分血に濡れ、軽く俯いているのもあり、よくわからない。濡れて一層黒くなった黒髪の先が顔と首筋に張り付いていた。汗によるのか血によるのか。

ワゴン車が発進してから、組員から彼らが事務所の金庫破りをしに入った泥棒、空き巣のチームだと聞いた。ウチに盗みに入ったのは初めてだが、初犯ではなく、定期的に街の金庫を荒らしていたようだ。彼らを見つけたのが、たまたま忘れ物を取りに戻ったらしい二条の配下の大河原だったため、可哀そうに、死刑が決まったような物である。先に警察に捕まっていれば、こんなことにはならない。しかし、奴らは警察につかまろうとどうせ再犯する。ある意味正義の執行である。

彼らを見つけたのが自分だったらどうしただろうかと考えた。殺すのもいいが、殺すのは殺すのでいちいち手間なのだ。代償を払わせて、街から追放するくらいでも良いのではないだろうか。誰彼構わず喜んでヤるゲスな変態連中と一緒にされたくはない。

事務所を出ていく車を見送りながら、良くも数ある場所から敢えてウチを選んだものだと感心した。色々と聞きたかったが、車はもう行ってしまったし、全てはなかったこととして処理されるだろう。

「誰が金庫の情報を流したのか確認しておけよ。」

川名がそう言った翌日に、若い組員が彼らの一人(チンピラの方)を使って詐欺行為を日常的に手伝わせ、情報の断片を漏らしていたことがわかった。彼はあれこれ弁明したが、上に報告もなく勝手にカタギに手伝わせるような者の口が立つわけもない。もうここには居ない。物理的にこの世に存在しない。それにしても、川名にしても二条にしても、急事を楽しむ傾向がある。彼の死は彼らを多少愉しませるくらいの役には立っただろう。

ワゴン車が帰ってきた時、空になっているはずの荷台に一人だけ男が残っていたという。黒Tシャツの男だ。残りの二人はどうした?どうやって命乞いをした?と本人に聞きたいところだったが、話をする間もなくどこかに連れて行かれ、彼の存在を忘れた頃になって、事務所の駐車場で二条の車を運転席に彼を見かけた。運転があまりにも下手糞で、バックで止める際に壁に擦りかけては何度も切り返していた。二条がうんざりした顔をしていた。

ハンドルを握る指がピアニストの指かと思う程奇麗なのに対して、爪と皮膚の間がマニキュアにしては不自然にまだらに赤黒い。何か、爪と肉の間にいれられて拷問されたであろう形跡が残っていた。車がようやく止まると、後ろから座席を蹴られたらしく、半ば笑いながら謝罪しているであろう様子が見えた。その様子を見てこちらの心臓が縮み上がった。あのような謝罪の仕方で二条に許される人間を彼以外に知らない。

山を追い越し、さらに海沿いの道を進む。
さらにアクセルを踏み込んで真っ直ぐ、真っ直ぐ進んだ。何も考えたくない。テトラポットの並んだ海岸沿いの道に車を止め、使い捨て携帯を眺め、それから仕事用の携帯を眺めた。霧野の舌で打った番号の羅列だ。これは救助信号だろうか、ここにかけたらワンコール一発で奴の仲間が来るとか?やはり危険すぎないか。どう責任を取る。

「……」

逆探知用のアプリを起動した状態で電話をかけた。それで?霧野が助かったとして、どうしてこの電話がキッカケだと組の連中にわかるだろうか、わからないだろう。霧野がわざわざ言いでもしない限り。
5コールしても、反応がなく、しばらくして留守番電話サービスに繋がった。拍子抜けだ。しかし電話はしてしまった。事務所に戻ったらパトカーの一台、もしくは部外者の一人や二人位来ているかもしれない。そう思うと事務所に戻り辛くなる。車を降りしばらく海沿いを歩いた。平日の朝だというのに、何人もの釣り人が目についた。気楽なものだ。車に戻り、意を決して来た道を戻っていった。

食事の支度もかねて一度自宅に立ち寄ろうとしたが、見知らぬ、しかしどこか見たことのある様な中年男が家の前をうろついており、気持ち悪さと直観的な理由で立ち寄るのを止めた。仕方なく適当な店に立ち寄り食料を買い込んで事務所に向かった。事務所はいつも通り、パトカーも無ければ、来客もない。朝が早いせいでそもそも人が少ない。また拍子抜けである。

地下に降りた。霧野の姿が見えず、また二条か川名が連れ出しているのかと思った。食料品だけでも置いておこうと部屋の半ばまで進んだところで、入口側に背もたれが向いていて死角になっているソファの上に彼が身体を横たえて眠っているのを見つけた。

相当に深く熟睡しているようで全く動かないが、胸の辺りが上下していて死んでいないことはわかる。スッキリしたような安らかな表情に違和感があった。昼間の動物園に行くと肉食の夜行性動物の殆どは寝ていて真の姿を見られない。最近の彼は動物のソレであった。軽く舌打ちをして見降ろしたが、やはり起きる様子はない。

一応首輪から延びたチェーンがソファの脚の部分に括られているものの、他の拘束をされておらず、下手をすれば抜けられそうな具合だった。一体誰がこんなところに奴を中途半端に置いたのだ。最悪、入口で待ち伏せされ、下手をすればこちらが殺されていたかもしれない。
死にはしなくとも、目の前でまた逃走騒ぎおよび逃走未遂を起こされてはたまったものではない。

荷物を向かいのソファに置いた際、横のテーブルに黒いスマートフォンが置いたままになっているのが目についた。見てくださいとでもいうように置いてある。ソファに座ってスマートフォンを手に取ると、ロックさえかかっていないではないか。ホーム画面に動画ファイルが三つ直貼りされていた。再生しないほうがいい、と思った。しかし、さっき好奇心に負けて電話をかけても何もなかったことが、美里の気持ちを後押しした。

動画ファイルを再生する。画面の中に今自分のいる場所から撮ったとみられる画が映し出された。画面の中で目の前で寝ている男が、貞操帯をはめられ、馬鹿みたいな婦警の格好でテーブルに括られ、馬鹿みたいな機械に犯され、汗ばんだ身体から太い声を上げていた。
悪趣味なfuck machineがピストンに合わせて単調な、しかし大きな音を立て、霧野の開かれた太もも、臀の間を絶え間なく行き来している。
彼は撮られているのに気がついていないのか堪えもしないで身体をよがらせており、その度画面が揺れていた。撮影者の手が震えてぶれているのだ。笑っているようだ。

スマホがソファに立てかけられたような画角になり、画面に霧野以外の人物が映った。
間宮が霧野の顔の前でしゃがみこみ、髪をわしずかみにして上げさせていた。

「あーあ、ひっどい……なんだよその顔、ウケるよマジで」
「あ゛っ、おああ゛」
「まだ4本目じゃないかよ。1番でかいのもいれてないのにもう音をあげるのか?ん?アンタらしくないじゃない。もっと頑張れるだろ。」
「あ゛っ、あ゛っ!!」
がたがたとテーブルが音を立てて揺れた。
間宮の手の下で霧野が左右に頭を振るのを髪を掴んでいた間宮の右手が掴みあげた。それから彼の口から銀色に光るものを引っこ抜いた。舌に何か針のようなものが刺さっていたようだ。
「ぁ、ぁ…」
飛び出た舌が血を流しながらふるふると震えていた。

「んふ、可愛い顔して。いつもそうならいいんだけどな。どうした?また射精か。射精射精と、それしか言えなくなっちゃった?」
「せろ……、ふつうに、っ、!、う゛っ…!」
間宮の左手が霧野の頬を強めにはたいて良い音が鳴った。
「なんだ、今の口の利き方は。」
威圧的な冷めた口調のまま、間宮は霧野の後ろに回りこみ、手で弄んでいた針を彼の膨らんだ陰嚢部分に向かって思い切り突き刺した。
「あ゛ああ゛っ、!!」
「もう一度口を塞いでほしいか?それとも、しばらく開けられないように、このままコレで縫ってやろうか?餌の代わりに血管から点滴でを流し込んでやる。それでも十分に人は生きられるんだ。」
間宮が立ち上がるのを焦る様な口調で霧野が止め懇願するように見上げていた。
「待て…っ!…く、待って、くだ、さい……」
「なに」
間宮が脚を霧野のすぐ頭の横、テーブルの上に乗せ、膝の上に自らのひじを乗せて頬杖をついて霧野をじっと愉快そうに見下ろしていた。

「普通に…っ、ふつうにさせて、ください、電気は、キツイ…」
霧野はがたがた震えながら、珍しく泣き入るような声を出していた。
「んふふ、泣いちゃって。そうだぜ、ようやく素直になってきたじゃないか、婦警さん。どうやってイキたい?俺の前で自分でしこしこしてみせるか?」
応えようとする霧野だが、身体を貫く機械を止めてもらえず代わりに、情けない喘ぎ声をあげていた。

「今のアンタを一か月前のアンタがみたらどう思うかね。きっと軽蔑するぜ。俺は今の射精したいしか頭になくなっちゃった精子脳でクソ馬鹿な霧野さんの方が好きだけどね。」
「う゛ううう……」
「まあいいや、また俺が出来損ないのお前を使ってやるから、上手に奉仕しておねだり出来たらついでにイカせてやってもいいよ。どうする?やるか?やるんだったら、やりたいくらい言えよ。やらないのだったら、このまま続きをするだけだ。」
間宮はテーブルに乗せていた脚をスライドさせて、霧野の顎の下に入れて顔を上に向かせた。
「どーすんだよっ、……やらないんだな?」
「や゛る゛、っ…、やりたい、れす、」
「あはははは!よく鳴いた!自分で言ったんだからな、責任とれよエロ婦警。ぜひとも俺を逮捕するくらいの気概でヤってくれよ!」

一つ目の動画はそこで切れていた。
「……。最悪な野郎共だ。品性のかけらもねぇ。」

飽き飽きした気分で、二本目の動画を早回しで見ると、霧野が後ろからハメられ、突きに合わせて跳ねていた。撮られているというのに、間宮の指示するままに卑猥な言葉を次々に言わされ、それでも射精を許されないため、仕舞いには震えている語尾に怒気が混じり始めていた。まるで発情した大型犬のように強く求めるように唸っており、淫猥な音と共に、一物を咥え込んではまた吠えていた。汗ばんだ身体から肉の打つ音が鳴る。

「……、…ふざけやがって…。」

美里は動画の音量を上げてテーブルの上に置き、買ってきた食料品の中からペットボトルの水を取り出した。飲みながら視聴を続ける。
『遥のマンコをぶっ壊して』などと言わされても最早平気になってよがっている画面の向こうの霧野を、美里は表情を変えず淡々と、まるでゴミでも見ているかのように冷めた目で見続ける。流石に騒がしさに気が付いたのか、向かいのソファに座った生き物がもぞもぞと寝返りを打つようなそぶりを見えた。

「おい。」
「……、……」
『あ゛ああ…!!!!気持ちいれす!きもちい、間宮様の、』

寝ぼけ眼でこちらを見ていた霧野の表情が徐々に硬くなっていき、素早い仕草でテーブルの上の物に手を伸ばそうとした。美里がその前にスマホを叩き飛ばすとそれは回転しながら美里の側の床に落ちたが、再生は止まらない。美里は霧野の方に人差し指を差し向けた。

「勝手に動くな。そこに座れ。いいところ寝かせてもらったな、『間宮様』に。そこは人間用の場所だろうが。」
「……。」
霧野は伸ばしていた手をひっこめ、ソファに腰掛けようとする。美里の指先が霧野の方から床の方に向いた。
「少し俺がいない内におすわりの仕方さえ忘れて。一から躾けてやらないと思い出せねぇの?」

霧野は何か言いたげな顔をしながら、コンクリート打ちの床に座ったかと思うと、横目でスマートフォンの方を見ていた。嬌声が響き、画面の中で肉が前後に動いていた。美里がしばらく黙っていると、霧野は上目遣いに美里を見上げた。

「違うんだ、アイツが……まさか撮ってるなんて、あの野郎……」
「……。」
霧野は美里を見上げながら背中にだらだらと嫌な汗をかきはじめた。起きかけて怠い身体で聞くは耐えない、酷い音声に頭痛がしてくる。下半身が特にじっとりと湿っていて眠る前の出来事の余韻が残っていた。顔を擦りながら、「何してんだよマジで……」とぼやいて、再び美里を見上げた。

「アレを消してくれないか、」
「……。」

美里が顔をしかめて黙っている。怒っているようだ。霧野はその様子を見て怯えるでもなく「しめたものだな」と思ったのだった。確かに彼を怒らせたことでこれから酷い目に遭うことは避けられまいが、ここですべき正しい反応は「悦ぶ」だ。裏切り者がいたぶられていたら悦ぶべきだろう。自分だったらそうするし、美里だってそう言う素振りでもすべきではないか。こんなあからさまに怒られては面白くなってしまう。人の「好意」を利用することには良心が痛むが、どうだっていい。今までされたことを思い出せ。

「……。」
「何をにやにやしてんだ。」
一層苛立ちのわかる声が返ってきた。
「……、お前こそ一体何をそんなにキレてるんだよ。別に、いいじゃないか、俺が間宮と寝たことがそんなに気に喰わないのか?散々人がまわされているのは平気で見てたくせしてよ。嫉妬してんのか?」

「何だと。もう一回言ってみろ。誰がお前なんか。……お前ごときにムキになるのも馬鹿らしいな。あんな小汚いコソ泥野郎にヤラれて悦んでるお前を見てこっちはガッカリきてんだよ。なんだ?コレは。AVの方が品がいいぞ。汚ねぇことばっかりしやがって。すっかり変態野郎だな。誰彼構わず楽し気に腰を振るようになったか。それとも奴のチンポがたまらんのか?あ?下品で救いようのない奴だ。」

ムキになるのも馬鹿らしいと言いながら、美里はまくしたてるようにつづけるので、霧野はにやにや笑いを続けた。

「お前は何か誤解してるな、愉しんでなど」
その時ひと際大きな嬌声が傍らから響き、霧野の顔から波が引くように笑顔が消えていった。逆に美里が小さく笑みを浮かべる番になる。
「へぇ~、コレで?酷い声だぜ。犬以下の豚みてぇな汚ぇ声だしやがって。」
画面の中から断続的に腹から出るような声が続き、白い塊が痙攣して跳ねている。

「射精が‥‥」
「は?」
「射精が止まらなく、」
「……しゃせいが、とまらなく?」
「直前まで散々我慢させられ、電流で内臓を刺激させられてんだよコッチは!、誰だって、」

「知らねぇよ。逆切れの上言い訳か?見苦しい。人に忠誠を誓っておいて豚みたく人前で股を拡げて悦ぶ野郎のことなど知ったことか。誰だってと言いかけたか?誰だってそうなるわけねぇだろ。女装して巨根に突かれて悦ぶなんて、てめぇが淫乱なチンポのためになら誰にでも媚びるマゾホモ野郎になった証拠だろうが。いよいよお前をここじゃなく、事務所かどこかに設置してやらんといけなくなってきたな。ええ?俺から川名さんに言っといてやる。楽しみにしとけよ。」

「やめろ……」

「やめろだ?そんなこと言う権利お前には無いんだよ。大体、さっきから何を吠えてんだ。誰が口開いていいって言ったよ。俺がイラついてる理由は嫉妬なんかじゃなく、お前が俺の言いつけを忘れてすっかり腑抜けたことだ。中出しされすぎて脳まで真っ白になって馬鹿になったか?見損なったぜ。俺は俺に従順な犬は欲しいが、馬鹿は嫌いだからな。電流がなんだ。そんなものに負けて、情けがない。」

「……」

霧野はじゃあお前は今までどこにいたんだという台詞を飲み込んで、彼をじっと見上げていた。
美里は霧野がおとなしく黙ったことを確認して、床に転がっていたスマートフォンを取り上げ、動画を止めた。

美里はソファから立ち上がり、霧野の前にしゃがんだ。霧野は羞恥からか先ほどの生意気な表情と打って変わった躾けられた犬の顔をしていた。じっと目を見据えると軽くそらしかけ、また恥ずかし気に戻ってくる。いつ見ても思うことだが、誰も彼の顔をそこまで手酷くは傷つけないようだ。首から下に対して奇麗すぎる。川名に気を使っているのかもしれないが、抱くのであれば誰しも彼の顔をじっと見ていたくなるだろう。

傷だらけ痣だらけであることは常だが、湿った身体の上に見慣れない歯型がいくつもついて、ほのかに赤みを持っている。痣になってもおかしくないのにまだ黒くなく、赤いということは、まだつけられて一日もたっていない。よく見れば首筋に二つ、鎖骨に一つ、脇腹に三つ、そして脚の付け根に一つ。美里は閉じた口の中で歯を食いしばり、口の中でごりごりと頭蓋骨を揺らすような音がたった。

「口を開け。大きく。」

霧野は顔を上げたまま口をゆっくり開いた。はあはあとこぼれ出る息に唾液が交じり、だらだらと口の端から垂れていった。

美里の口は堅く結ばれたままだが、対照的に目つきが、帳が下りるようにゆっくりと細まっていった。表情の内、先ほどと違うところと言えばその瞳だけであるのに愉悦とも悦楽ともとれる気持ちが、彼の中に大きく昂っているのを霧野は感じていた。睫毛の先が小さく揺れるのが見えた。彼の白い手が顔の前に差し出され、霧野の舌を引っ張り出した。美里の指の味がした。美里の黒目が舌の上をじっと見据えた。

「ここか。」
「あ゛…」

ぴちゃぴちゃと舌で遊んでいた指が、間宮に針で突かれて穿たれた穴の上で止まり、細い爪が痕でもつけるように突き刺さった。ああ、ああ、と小さく声を上げるたびに開かれた口の端から唾液が漏れだし、口から滴り落ちて身体に這い、幾らか床に落ちていった。美里の反対の手がジャケットのポケットを探り始め、霧野の喉の奥からひぃひぃと細い息が漏れ始めた。舌を挟む指の圧力がきゅううと強まった。ポケットを探っている間も美里の瞳は霧野を捕らえ続けていた。

「お前のだらしのない口を戒めてやろう。上書いてやる。」

言い終わるが早いか、ポケットに入っていた手が白いタバコケースの半分程度の物を取り出し、霧野の舌にあてがった。霧野の舌は限界まで引っ張り出され、笑っているかのような表情になった。美里が指先に力をこめると、霧野の身体が軽く震えた。尖った金属の先端の様なものが当たった気がした。

ごり、と、パチ、の混ざったような音共に、焼け、痺れるような痛みが、口内を襲った。それは、何の前触れもなく霧野の舌を貫通し、舌を飾り付けた。美里の手が離れていくと、霧野はようやく美里から目を外し、顔を伏せて口元を覆った。指先を舌に這わせると、痛みが一段とじん、と響き、舌の上に小さな金属の球が張り付いていることがわかり、追って鉄の味が鼻を抜けていった。小さな呻きの混じった呼吸が続く。

「こういうものは一気にやらんと痛いんだ。下半身にされてんだから、もうわかってるだろ。」
「だ、」

だからって、と言おうとして、痛みに口を閉じた。話せなくはないのだがまた、呂律のまわらない、針で突かれた時の様な馬鹿の様な言葉使いになりそうであった。身体がまだふるふると震え、美里の足元をじっと見ていた。彼は立ち上がると片足をあげ、右足が霧野の肩の上に乗せられた。霧野は片に重みを感じながら、口を押えたまま顔をあげた。美里の細くしかしすらりとした肉のついた太ももがスラックスの下で張っていた。その向こう側に、勃起しているであろう膨らみが見えた。

「恨みがましい顔だな。お前の口は禍の元なのだから、定期的にそうして閉じさせてやったほうがいいのさ。」

足がのけられ、美里はポケットに手を突っ込んで霧野を黙って見降ろしていた。
黙ったまま「舐めろ」と言っている。こんな状態で。

美里は霧野の表情から「わかっている」と判断し、煙草を取り出し火をつける。吐き出した煙が霧野の全身に降りかかった。彼の前に跪いて、ベルトを外し、勃起した一物に口をつけた。ルーティンのように勝手に身体が動く。口の中の痛みは別だが。

当てつけのように裏筋にピアスの辺りをこすりつけると、美里がくすぐったそうな声を上げた。何故か少しだけ面白い気持ちになって、ふふ、と声が出ていた。しかし、遊んでいても終わらない。口の中に一気に肉棒を納めてしまうと「あ……」と小さな声が聞こえた。霧野の口の中に美里と精と己の血の味が広がって、いつもと違う感じに、くぐもった声が漏れる。その声が美里の下半身を余計にいきり立たせ、霧野の喉の壁を擦った。温かく和らい肉がきゅうとしまり、異質な硬い塊が、丁寧に裏筋をなぞっていた。

「へぇ、俺への態度は忘れた癖に、口マンコは上手くなってんじゃねぇか、マジで最悪だなお前。」
「ん゛……、んん、」

丁寧に、こりこりとした感触を感じながら美里の物を舐めていると、別の息が上がってくる。尽き果てたと思われた精力が目を覚まし、霧野の下腹部をじんじんと疼かせ始めた。口の中の脈打ちと連動するように。美里は空いた手で霧野の髪を撫でながら霧野の一物を頬張る様子を見降ろした。軽く目がとろんとし、口の端から血の混じった唾液が垂れていた。

「ピアスがあたってちょうどいい具合に気持ちがいい。性器への飾りが増えたな。お前の用途にぴったりだ。」

手の中の煙草が短くなった。美里は視線を霧野の顔から首筋に移し、歯型の痕の上から煙草を押し付けた。
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