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五章 帝国の洗礼

百九十三話 シエの怒り

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「暴風の荒波よ、万物を貫き、永遠を滅し、天を我が物とせよ……『天乱蒼覇』」
「なっ、まさか最上級レベルの魔術……!単身でこの速さだと……!?」

 シエが展開した魔術により、屋敷のある土地よりも大きな魔法陣が上空に現れる。

 その予想を遥かに超える魔術の展開の速さと魔術自体の性能を研究者は理解し、即座に妨害しようとするがそれをレインが許さない。

 シエが研究者に向かってスティックを振り下ろすと、魔法陣から莫大な量の蒼い槍が暴雨のように降り注ぐ。
 このままではテルやガイスどころかこの屋敷自体が消滅する。そう思われた直後、全ての槍が研究所に向かって集中する。

 実はこの魔術、実際は最上級魔術ではない。シエの創作魔術であるが、せいぜい上級魔術の中で上位の位置にあるぐらいだろう。

 しかし、シエの莫大な魔力と多属性の複合と広範囲への攻撃。そして何よりよ、その応用力こそがこの魔術を最上級クラスの効果を産んだ。

「ぐ、うぉぉぉ!?!?」
「あは~♪さぁ、まだまだ行くよ~?……『転々廻』!」
「「っ!?」」
「ブルルン!?」
「どわぁぁ!?」
「な、なんですかこれぇ!?」

 研究者は魔力球を自分の周囲に集め、何層に重ねながら回転させることで防御を固めたが完全には守れきれずにダメージを食らう。
 
 それでもシエの攻撃は止まらず、魔術の影響範囲に居たもの全ての平衡感覚を真逆にし、普通に立っているだけで落下しているような錯覚をする魔術が展開される。

 だがそれは副作用でしかなく、一番この魔術に影響された研究者は体の操作までも真逆になっており、通常なら立っているどころか寝そべることすらまともにできない状態であった。

「これは闇属性魔術……!お前、幾つの属性を持ってるんだ!?」
「へ~、これでもまともに喋れるんだ~♪」
「はっ、当たり前だ!僕が作った魔道具に僕自身の頭脳での並行思考だぞ?この程度……」
「なら、最後の一押し~♪……『炎槍銃《フレアランスガン》』!」

 そうして構築されたのは極限まで貫通力に特化した炎の槍。それはほとんど詠唱を省いた魔術とは思えない程に凶悪な槍であった。

 炎の槍は耳を劈くような爆音を奏でながら一直線に研究者に突き進み、何重にもなった魔力球の防壁を一気に貫通する。

「かっ、はっ……!?」
「お~、やっぱり魔力防御の魔道具もつけてるのかな?トドメを刺せると思ったのにな~」
「……なんかもう、シエの姉さんだけで良くないでやんすか?」
「そんなことは無いよ~。レインちゃんが居なきゃ、こんな魔術連発できないしね~♪」
「ぶ、ブルルン!」
 

 槍を放つ寸前に平衡感覚を狂わす魔術も解除しており、相手の情報量を増やすという徹底ぶりな攻撃だった。
 それが確実に決まらなくて肩を落とす様子にネルは呆れた様に突っ込んだ。
 
 レインが自信ありげ(?)な鼻息を鳴らしつつ、ゆっくりと地面に降りる。
 まだトドメはさせていないので油断は出来ないが、レインにも流石に休憩が必要であった。

 炎の槍が研究所の体を貫くことは無かったが、戦闘面への経験の浅い研究者ならそれなりのダメージが入ったはず。
 しかし、予想に反してすぐに復活して立ち上がった。

「ヒッ、まだ立でやんすか!?」
「ん~、あれはさっきも操ってた魔力の球で強引に支えてるだけだね~」
「……この道化師野郎!!何時まで遊んでるんだ!そいつはもう殺していい、さっさとこっちに来て手伝え!!」

 途端、まるで発狂するように研究者はテルと相対しいる事を呼び、まるで八つ当たりするように怒鳴り散らかす。

 追い詰められた事で余裕がなくなった彼は、そもそも戦闘に関しては任せるつもりで雇った者が一向に戦わないことに腹が立ち始めたようだ。

「うん?なんで僕ちゃんがそんなことをしなければならないのん?」
「……は?何を言ってる、僕の契約しただろ!」
「僕ちゃんが契約したのは、君ちゃんを邪魔をする存在の阻止だよん?殺害は契約違いだねん」
「こ、ここに来て屁理屈を……!」
「それに、この子は僕ちゃんと相性が悪すぎてねん……おっと、殺すどころか気を抜いたら直ぐに破られそうだよん!」

 研究者と謎の男の会話の途中、今まで棒立ちに近かったテルが一瞬だけ足を前に動かす。
 どうやら謎の男の言葉に嘘はないようで、強引に足止めしかできなくなっているようだった。

 そんな様子に何故かシエが誇らしそうな表情を浮かべながら、それが当たり前であるかのように高々と宣言する。

「ふっふ~ん!私のテル君がそう簡単にやられる訳ないでしょ~?じゃあそろそろテル君!そんなやつぶっ倒しちゃってよ~!」
「なかなか威勢のいいおなごだねん!僕ちゃんもそう簡単にはやられないよん!けど、僕ちゃんも流石に仕事をしないと怒られちゃうから、これは渡しとくよん!」

 そう言って謎の男は懐から取りだした何かを腕の力だけで研究者に投げ渡し、それを研究者は魔力球で受け取る。

 突然の事でシエ達は妨害することが出来なかったが、それが何なのか理解した途端に驚きと少しの後悔の表情をうかべる。

「なっ、いつの間に?!店長!」
「た、確かに抱えていたはず……。こ、これはあの時の偽物……!」
「店長さんがこちらに夢中になってる際、ちょっくらメイドさんを使って盗ませてもらったぞ!メイドさんには感謝だね!」

 気がつけば確かに店長の部屋にメイドはおらず、逆に謎の男の近くに今までいなかったメイドらしき人物が倒れている。
 恐らく幻術を使って店長と部下にメイドを認識されないようにし、偽物と入れ替えて運んだのだろう。

 手元の魔道具が欲していた物だと理解すると、一瞬の間の後に狂ったように笑い始める。

「……はっ、ははは!ははははは!!」
「うへっ!?なんかやばいでやんす!?」
「何笑ってるの~?それを取られても、絶対に逃がさないよ~?」
「はははは!!……逃がす?何を勘違いしているんだい?」

 まさに情緒不安定という言葉がピッタリ当てはまるように大笑いしていた状態から突然落ち着いたかと思うと、小さな魔道具のような物を店長の魔道具に差し込む。

 そのまま魔力を注ぎ込むことで店長の魔道具を起動させた直後、魔道具から魔力光の線が天に登る。
 魔力の線は破裂するように拡散してこの屋敷全体を包んだ。

「お前達は俺を怒らせた。例え他の冒険者が来ようと、今日この場で殺してくれるわ!」
「なっ、これは……私の魔道具を使用したのか!?」
「これは……結界かな~?」

 線が空中を描き魔道具からの光がとだえた瞬間に半透明な障壁が線と線の間に広がっていき、真夜中にふさわしくない光を灯した巨大な障壁が完成した。

「結界?違うね……これは君達を閉じ込める『牢獄』さ!」



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『【短編】殺戮に嫌気が刺した死神様は、純白少女に契約を持ち掛けられる』という作品も投稿してみました。
 二千文字程度なので良ければ見てみてください!
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