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第1部 四神と結婚しろと言われました

136.それは慇懃無礼だと思います

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 頭の中は?のオンパレードである。
 当の本人だけでなく皇后までやってくるとは何事? と思わざるをえない。
 しかも表からは、『お待ちください! こちらは花嫁様の私室でございます!』と慌てた声が聞こえてくる。
 香子は深いため息をつきたくなった。
 どうやら事はそう穏便に済みそうもない。
 香子は急いで立ち上がると寝室から居間に移動した。それと同時ぐらいに扉が開かれる。香子は眉をひそめた。
 扉を開けたのは四神宮では見ない女官のようだった。

『花嫁様におかれましては、ご機嫌うるわしく……』

 そう言う姿は堂々としていて、まさに慇懃無礼と言いたくなる状況だった。所作は洗練されているそれだが勝手に扉を開けるなどありえない。だから香子もはっきり言った。

『うるわしくありません。四神宮の取次は全て謁見の間にて行うことになっているはずです。私室にまで押し掛けるとは何事ですか?』
『たいへん申し訳ありません。ですが皇后娘娘と公主をあのような場所でお待たせすることははばかられますので……』

 女官の言葉に香子はかちーんときた。元々香子は非常に短気である。

(あのような場所……?)

「謁見の間」は四神宮に仕える者たちが香子や四神に不便を与えないように整えてくれた場所である。それを見ず知らずの女官に”あのような場所”なんて言われる覚えはない。
 香子が口を開こうとした時、

『これは一体何事ですか?』

 黒月が割って入ってきた。そして扉の前にいた女官を押しのけ香子を守るようにして前に立つ。黒月の後ろに四神宮の侍女の姿が見えたことから呼びにいってくれたのだと察した。ありがたいことである。

『なんと無礼な……』

 押しのけられた皇后や公主付であろう侍女や女官は一斉にきつい眼差しを黒月に向けた。だがそんなことで怯む黒月と香子ではない。

『無礼はどちらか。花嫁様に用があるならば宮の表まで下がられよ。取次は全て趙文英を介してされるはずだが……』
『遅くなりまして大変申し訳ありません!』

 そう言いながら息せききって駆けつけてきたのは趙文英だった。

『四神宮の中は花嫁様と四神の居室のみとなっております。どうか宮の表まで出ていただけますようお願い申し上げます』

 香子と黒月は顔を見合わせた。どうやら敵は趙文英が席を外している時間を見計らってやってきたらしい。

『なっ……! 宦官ふぜいまで皇后娘娘のお考えに異を唱えるか!?』

 女官が顔を真っ赤にして言い募る。香子は眉をひそめた。

(宦官……だと……?)
わたくしは宦官ではございません。畏れ多くも四神宮の主官を務めさせていただいております。私は皇帝陛下から直々に四神と花嫁様に何不自由なく暮らしていただける為に便宜を図るよう命令されています。どうか宮の表までお下がりください』

 毅然と言う趙に黒月は目を丸くした。香子としては当然だと思ったが、黒月の趙の評価は思ったより低かったようだった。
 女官の顔は真っ赤を通り越してすでに青くなりかけていた。

『なっ、なっ、なっ……』

 怒りのあまり言葉が出ないようである。

鄧女とうじょ、下がりなさい』

 すると女官の後ろから凛とした声がした。

『皇后娘娘! ですが……』
『下がりなさい』

 毅然とした声に女官がしぶしぶといった体で下がる。そして現れたのは豪奢な衣装に身を包んだ美女だった。

『とんだご無礼をいたしました。どうしても花嫁様ご本人に謝罪を受け入れていただきたくここまで足を延ばしてしまいましたこと、どうぞお許しくださいませ』

 そう言いながらも美女の目は決して謝罪をしているようには見えない。香子は趙を見やった。それに趙は香子の意図を悟ったようだった。

『皇后娘娘、恐れ入りますが宮の表までお下がりくださいませ』

 趙の科白に皇后は頬を染めた。それは明らかに怒りを含んだものだった。

『……わかりました。案内をお願いします』

 それでもどうにかそう言ったのは一応自分の立場というものを少しはわきまえているからだろう。

『ご案内させていただきます』

 趙が先頭に立って皇后以下女性たちを四神宮の外に連れていく。香子は黒月と顔を見合わせ、思わず嘆息した。
 趙の態度はたいへん好ましかったが、どうも相手の態度は謝罪に訪れたというかんじではない。

『どうしたらいいかなぁ……』

 思わず漏れた声に黒月は、『皇后だかなんだか知りませんが、あまりに無礼かと』と冷たい声で返した。
 その慇懃無礼が問題なのだ。

『うーん……』

 香子は困って首を傾げた。誰かに相談した方がいいかもしれない。
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